一話 ルミネ・エルフェンリート


「本当に何が起こってるんだ………」


ドラゴンを撃破して目の前の住居と道場を兼ねている自宅である大きな和風の屋敷を見上げる。

少し遡る。

ドラゴンを何とか討伐した後に、片手にルビーの様な大きな宝石、片手に切先から血が滴るレイピアを携えながら暫く呆然としていたところ、視線を感じて我に帰る。

住宅地でドラゴンが暴れまわれば注目されないわけもなく両脇にある数々の家の窓から多くの住民にスマホを向けられたり、奇異な視線を向けられていたのだ。

面倒な事になるのを恐れて急いでルビーをポケットに捻じ込み、エルフ?を放っておく訳にもいかず、担ぎ上げ自分でも驚くほどの身体能力を駆使し、その場から離れて自宅に帰ったのだ。


モダンな住宅が連なる中で一際異様な雰囲気を放つ、いつ見ても立派な大きな門の脇には『天真正伝麗峰神道流』と書かれた札が掛っていた。室町時代から続く流派で、剣術、棒術、居合術など、幅広い技法を総合的に学べることが特徴な流派である。両親を亡くして引き取られた時から師範である祖父、葛城 円明に厳しくしごかれてきたものだ。

門をくぐり抜けて敷地に入ると和風の整った庭園に巨大な錦鯉が一匹悠然と泳いでいるやや深緑色に濁った池を尻目に玄関に続く砂利道を歩く。

両引き戸の引手に手をかけて開く。鍵は掛かっていないということは祖父が家に居るということだ。


「ただいま」


返事はない恐らく離れにある道場にでもいるのだろう。

先ずはこの多分エルフを介抱しなければ………

廊下の突き当たりにある階段を上がり自分の部屋に入る。

十畳 程の広さの部屋には、中央には丸型のテーブルの上には緑茶が入っているピッチャーにコップ、壁際に大きな本棚が配置され、参考書や漫画、小説などが所狭しと並べられていた。

一旦背負っていた多分エルフを一旦畳の床ににゆっくり降ろす。脈や呼吸は正常だが、まだ意識は戻っていなかった。

エルフを背負っていたため、前に背負っていたリュックを壁際に放る。

押し入れから布団等の寝具を取り出して床に敷いてエルフを横たわらせる。

顔を再び見るとスッと通った鼻筋、花弁を散らしたような小さな唇と、長い淡い金色の髪、長い睫毛、恐ろしいほど整っている容姿に思わず息を呑む。

女性の顔を不躾に見るのは憚れるので顔を逸らし、情報を集めるためにスマホを取り出して、ニュースサイトを開こうとするが………画面には圏外と表示されていた。

首を傾げて試行錯誤するがインターネットにもWi-Fiにも繋がらず諦めて机の上に置く。


「んん………ん」


声が聞こえてエルフに目をやると、睫毛が震えて瞼がゆっくりと開く。

オパールの様に様々な色が煌めく様なとても綺麗な虹彩に目を奪われる。

布団の上で何度か身じろぎした後に上体を起こして、とても美しい虹彩が俺に向けられる。


「大丈夫か?」


言葉が通じるか不安になりながらエルフに向かって問いかける。


「あ………だい……じょうぶ」


エルフが怯えた様子で周りを見渡しながら震えた声で行ってくる。

言葉は通じることが分かり、安堵して机の上に置かれていた冷えた緑茶が入っているピッチャーを手に取り二つのコップに注ぎ、俺を注意深く眺めるエルフにコップを手渡し、もう一つのコップをに注がれた緑茶を一気に飲み干してエルフを見る。

エルフが俺が飲んだのを見て、おずおずとコップに口を付けて一口飲む。


「君が路上で倒れていたから俺が連れて来た。何故君はあんなところで倒れていたのか?それとあのドラゴンについて何か知らないのか?」


そう言うとエルフの顔が青ざめたて唇がわなわなと震えながら何とか言葉を紡ぎだそうとする。


「精霊樹の…森で………紅焔竜と遭遇して………逃げようとして……その時にいきなり意識を失って…それからは分からない」


紅焔竜?精霊樹?分からない言葉だらけだ、あの襲いかかってきたドラゴンやこのエルフも異世界からでもやってきたとでもいうのだろうか?

有り得ない事だが実際に起きていることだ 。


「死んだ人は居ない…紅焔竜……っていうのか、そいつなら死んでいるから安心しろ」

「え!!何故死んだの?!!」

「何故って………俺が殺したから」


そう言うと目を大きく見開くと、次第に形の良い目が鋭くなっていく。


「嘘つかないで!!!今まで何百人の戦士が犠牲になってると思ってるの!!……下らない事言わないで!!」


責める様に声を荒げてそう言うエルフのに気圧される。

とても綺麗な人にこんな凄みがあるとは…とても迫力あるな……

紅焔竜を殺した後に眼尻から落ちた拳ほどのルビーの様な宝石を思い出してポケットから取り出した瞬間、それを捉えたエルフのが驚愕の表情を浮かべる。


「それ…………」

「これは、殺した時に紅焔竜の眼尻から零れ落ちたもので………」

「竜の涙………」


竜の涙?恐らくこの宝石のことを言っているのであろう。

竜の涙と言われたものを差し出すと、真剣に見つめ始める遊色の光彩が淡く光っているように見える。目が限界まで見開かれて、次第に気まずそうに目を伏せる。


 「君の剣を勝手に使ってしまった、申し訳ない」

 「謝るのは私の方だよ、本当にごめんなさい………命の恩人なのに……救って貰った癖に……疑う様なことを言ってしまって」


本当に申し訳なさそうにエルフが目を伏せて謝ってくる。

長く尖った耳がしょげているように下がっていた。本当に着け耳なんかじゃないんだな………。


「いいや、別にいいさ」


安心させる為に軽く笑いながら言うと、エルフの表情が多少和らぎ少し微笑むが、表情はまだ暗かった。


「あー…そう言えば名前まだだったな、俺は葛城 仁。葛城が名字で仁が名前だ。君の名前は?」


名前をまだ知らなかったなと思い聞くと、目を上げて浮世離れした美しい顔を向けられる。


「私は、ルミネ・エルフェンリート。クライシュテルスの森の守り人エルフェンリートの末娘。カツラギ ジン?聞きなれない響きだね、それと氏名を先に名乗るんだ珍しいね、ジンって呼んでいい?私のことはルミネって呼んで」

「わかった、ルミネ……いい名前だな」

「ふふふ、ありがとうジン」


そう言うと花が咲いたような眩しい笑顔を向けてくる。思わず身体の芯が熱くなり思わず顔を背ける。

この笑顔一つで今までの苦難が全て報われた気がした。

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