二話 汚れた俺と綺麗な君


「あの…此処って何処なんですか?」

「日本だよ」

「ニホン?聞いてことが無くて具体的に何処の辺りですか?森に帰りたくて……」


ルミネが小首を傾げながら聞いてくる。

襲いかかってきた紅焔竜、今までのルミネの言動等を鑑みて自分の中である結論が浮かび上がる。だがそれは余りにも荒唐無稽で、この状況について何も知らない道行く人に言えば確実に苦笑いと共に病院を勧められるだろう。


「あくまでも俺の予想で正しいか分からないが、多分君が今居るのは君が元々居た世界とは別の世界だと思う。この世界に竜は御伽噺の中にしか存在しないし……君のように耳が長くて尖った人も居ない」

「え?……」


そう言うとルミネが呆然としたように固まり宝石の様な目に涙が溜まりやがて真珠の様な雫が布団に落ちる。


「違う世界…じゃあ…もう帰れないの?.....お母さんとお父さんには会えないの?......お姉ちゃん達とも.....」


 ルミネが大粒の涙を零しながら掠れた声で呟く。

 その痛ましい様子を見て心がとても締め付けられる感覚と、不安を煽るような不用意な発言を深く悔やむ。

俺は本当に駄目だな……


 「帰れないと決まった訳では無いだろ。俺の言ったことが間違えている可能性だって全然あるし....こっちに来てしまった原因が分かったら帰る方法だってきっと見つかる。俺だって精一杯手伝うからさ....」


 慌ててそうルミネに言うと、涙は止まったが赤くなった目を俺にに向けて顔をいきなり近づける。あまりの距離の近さにやや体を後ろに逸らせる。


 「ジンは何でそんなに優しいの?..見ず知らずの人に..なんでそこまで…」


そう問われて、言葉に詰まる。確かに何の対価も無しにこのような事を言われれば誰しも何か裏があるのかを勘繰りたくなるだろう。

だが俺は裏でやましい事を考えたり、損得勘定をして打算的にこの申し出をしたわけでもない。

だが、目の前の苦しんでいるルミネの為を思って、純粋な善意で助けを申し出た訳でもない。俺はそんな良い人ではない。寧ろ汚くて屑で軽蔑されて然るべき人だからだ………そんな俺がこれ以上俺を嫌いにならない様に、生きる価値位はあると自分を安心させるために、自分でも失笑する程に甚だ見当違いだと身に染みるほど理解してはいるが自分が犯した罪を償いたかった。

目の前で不思議そうに見つめてくるルミネに言いたい、俺は優しくないと。

重い口を開く。ルミネの宝石以上に綺麗で、どの美術品にも勝る美しい様々な色を湛える目を見る。


「俺は…」

「仁、帰ったの…………か」


ドアが開くまで分からなかった、驚き振り返ると自分の育ての親であり俺を鍛えてくれた師範でもある祖父が驚いた表情で至近距離で見つめ合っていた此方を伺っていた。

道場で鍛錬でもしていたのか深い紺色の道着を着ていた。

祖父の目線は驚きで硬直する麗しいルミネにやがて俺を何回か往復してやがて意地悪く…心なしかどこか安心したように笑いドアをゆっくり閉める。

絶対勘違いされている……


「爺さん!違うからな!」


ドア越しに祖父に言ったが聞こえているか分からない。後でしっかりと言っておこう。


「ジン、あの人は?」

「俺の親さ……母も父も昔に死んだ時に父方の祖父が引き取ってくれたんだ」


問いに答えるとルミネの表情が一瞬歪み申し訳なさそうに上目遣いで見上げてくる。


「ごめんね……」

「別に謝る必要はない。それより何か食べるか?」


丁度十二時半を指す時計を見ながらルミネに言った瞬間おお腹が鳴る音が聞こえる。

ルミネの顔は耳まで真っ赤でとても恥ずかしそうにしていたのを見て思わず吹き出してしまう。


「笑わないでよ!」

「あはは、ごめん、可愛くてつい…」


そう言うとルミネの顔がより一層赤みが増す。

あまりの赤さに蒸気が出ているのかと錯覚する程だ。何せこの容姿だ数多くの人からこの手合いの言葉を飽きるほど言われているのかと思っていたが、そうではなかったらしい。


「祖父と一緒だけどいいかな?」

「いいよ……」


不貞腐れたのか頬を膨らませながらそっぽを向きながらルミネが呟く。


______________________________________


一階の居間でくつろいでいた祖父にドラゴンに襲われた事を伏せて説明して台所へ向かう。説明している間に祖父は終始生暖かい笑みを浮かべていた。

ルミネは外国から来た留学生ってことにしておいて事情があるから暫く家に泊めていいか祖父に聞くと二つ返事で了承してくれた。

祖父は俺が言いにくい事情があると察して何も聞かずに、要望を聞き入れてくれた。ルミネは物凄く申し訳なさそうにしていたが。

祖父は今まで俺の数少ない信頼がおける人物だ。

こんな俺を引き取って育ててくれた大恩がある。

後ろからは居間で待っていてと言ったはずなのだがルミネが付いて来た。


「私も何か手伝いたい」

「客人にそんなことさせられないよ」

「命を救ってもらったのに何もしないなんてこと出来ないよ、恩人に何もかもさせるなんて出来ないな、私にも何か手伝わせて」


確かに逆の立場ならとても申し訳なく思い、たいそう心苦しく思うだろう。

 何か手伝わせたほうが良かったな。


「じゃあ、料理が出来たら運んでもらおうか」

「わかった、それと私に手伝える事があったら何時でも言ってね」

「そうするよ」


そう答えてルミネに凝視されているなか冷蔵庫を開き今朝作り置きした肉じゃがとひじきと豆の和え物が詰まったタッパーから取り出して肉じゃがを三枚の皿に均等に盛り付け電子レンジに放り込む。


 「何してるの?」


 不思議そうにルミネが俺の後ろから前に出て電子レンジをまじまじと眺める。


 「その道具で料理を温めているんだよ。後で詳しい使い方を教えるよ」

 

 そうルミネに言うと顔を輝かせて詰め寄ってくる。

 ルミネの世界にはそういったものが無かったのだろう。


 「こんな魔道具初めて見た!こんな便利なものがあるなんて!」

 「魔道具?それはなんだ?」


 そういうとルミネが小首を傾げながら電子レンジから目を離して俺に目を向ける。


 「魔道具はね術式が刻まれた魔石が組み込まれた道具の事だよ、魔力は術式が刻まれた魔石から魔力を消費するから、魔力が弱くて魔術が行使できなかったり、適性が無い魔術を使うときだったりする時に使うんだよ。大抵は武器や防具に使われていて性能は魔石や仕様によって全然違うんだよ、術式が刻まれた魔石の魔力を使い切ったら使えなくなったり、術式が刻まれた魔石とは違う動力を供給するための魔石を交換すれば何度でも使えたり....後者の技術はアルトリウス工房が技術を独占していて凄く高いんだよ。」


 魔道具か.....その様な創作物の中にしか存在しない筈の単語を聞いていると益々ルミネは異世界から来たんだなと深々と思う。

 ルミネの説明を聞く分ルミネの世界は魔法というものが確実に存在しているのだろう。

 何処か俺の心が躍っている様に感じる。


 「そうか....この世界には魔道具や魔術なんてものは存在しないんだ。それだって電気で動いているんだ」

 「え!!ここらへん結構マナが充満しているのに誰も魔術が使えないの!?それに電気で動いてるんだ、電気の利用はギアス研究所で試験段階って知ってるけど....電気でこんな魔道具の様な効果を得られるなんて....」


 ルミネがとても驚いたように声が一段と大きくなる。

 なによりマナなんて異世界チックなものがそこら辺に充満しているなんて驚きだ。

 ルミネにそう言われると裏では魔術使えます、なんて人がいるかもしれない。


 「その、ルミネは魔術とか使えるのか?」


 電子レンジを再び目を向けるルミネにそう聞くと振り返ったルミネが手のひらを天井に向けて新雪の様に純白で美しい炎を出す。白い炎は理科の実験でマグネシウムを燃やした時にも見たが、その時にはない神聖さや美しさを孕んでいた。

 思わず見とれていると、ルミネが楽しそうに笑っていた。


 「ジンってそんな子供みたいな顔もするんだ」

 「子供ってなんだよ.....」


思わずムッとしてそう言うとルミネが少し表情を曇らせる。


 「ジンの瞳は....黒くて透き通って綺麗だけど、なんていうか......冷たくて凪いでいる海みたいな感じがするんだ.....上手く言えないけど....初めて会ったときに少し怖くて....なのにそんな顔もするんだって安心して.....ごめんね!変なこと言って気分を悪くしたよね.....ごめん」


 冷たく凪いでる海か.....言い得て妙だな。

 ルミネの言葉に安堵して思わず頬が緩む。


 「いいや、気分悪くしてない....寧ろ安心したよ」


 ルミネは俺の言葉に疑問を感じた様だが安心したように息を吐く。


 「俺も魔術とか使えるのか?」

 「絶対何か使えると思うよ!寧ろその魔力量で使えないとかおかしいから!」


 ルミネが食い気味にそう返してくる。

 魔力量?俺に魔力があるのか?絶対魔術が使える?

 段々と気持ちが昂るのを感じる、創作物の中にしか存在せず、魔術なんてこの世にあるはずがないと思っていたが.....俺は魔術が使えるのか....。

 高ぶる俺の気持ちを察したのかルミネが笑みを浮かべながら顔を寄せてくる。


 「私が手取り足取り教えてあげる。さてジン、物事を教えてくれる人のことは何て呼ぶんだっけ?」

 「師範よろしくお願いします!」

 「よろしい」


 間髪入れずにそう言うとルミネが得意げに豊かな胸部を張りながら得意げに鼻を鳴らす。その仕草が大変可愛らしい。

 御年六十三歳になるが衰えを感じさせない筋骨隆々で貫禄があり只ならぬ雰囲気を醸し出す長年自分の親であり師範であった祖父とは正反対のルミネが自分の師範だと思うと、思わず笑いが込み上げてくる。別にルミネ見くびっているわけではないが、自分が思う祖父によって植え付けられた『師範』のイメージとはあまりにも乖離しているだけである。


 「何で笑ってるの!?こう見えても私一級認定されているんだよ!」


 笑いを堪えていたつもりではあったが、どうやら気づかれたらしい。

 ルミネが頬を膨らませて俺を睨みつけてくる。舐められて本気ではないだろうが怒っているのだろう。

 ルミネの様な控えめに言って絶世の美女がその様な仕草をすると、怖さも凄みなど一切無く唯々可愛いだけである。

 事実俺はルミネの大変可愛らしい仕草に思わず零れそうになる笑みを必死に押し殺している。その俺の様子を見たのか益々ルミネの機嫌が悪くなったのか益々頬が膨らみ目尻には涙が浮かんでいた。

 おっとこれは拙い。


 「別に見くびっているわけじゃあないよ。唯凄く可愛くて.....」


 これ以上ルミネの機嫌を損ねれば魔術を教えてくれない可能性もあるのでルミネにそう弁明する。

 見くびってないのは事実だし可愛いと思っているも事実だ。お世辞ではなく俺の本音である。


 「え.....あう....」


 思わぬ不意打ちに面食らったルミネは顔をとても真っ赤にして、可愛らしい声を上げる。


 「そう......ならいいよ」


 料理を持ってくるのが遅いことを不思議に思った祖父が台所に来るまで、照れてそっぽを向くルミネを微笑ましい気持ちで眺めていた。




 



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