ツギハギワールド 繋がった世界で生きていきます
猫太郎
プロローグ 神と愚者の戯れと災難
「そこの
何処までも広がる草原に常に夕暮れ時の自分だけの庭。茜色の光に照らされる草花を無心に眺めていると、突如として虚空から明るく楽しげな、何処か芝居がかった声が聞こえて思わず目を見開く。
何故ならその声の主が自分を訪ねて来る時は、常に想像できない事を引き起こして、変わり映えしない退屈な
「ああ、そうだな、以前君と遊んだ事が公になって頭の御堅い上位神に大分怒られてね。君が訪ねて来たって事は、何かしでかす心算なのだろう?」
相手に問いかける声が昂ぶるのを自分でもはっきりと感じる。仕方がない途轍もなく待ち望んできたのだから。
生身の身体など持ち合わせていないはずなのに、自分の胸が熱く脈動しているのを感じる。
振り返るとそこには、白いローブにフードを目深に被った男がいた。顔は見たことは無いがフードから覗く三日月の様な笑みは相変わらずであった。
「それは大変でしたね、上手く隠した筈なのですが……まぁまぁ、それはさておき、また遊びませんか?面白い事を思いついたのですが?」
「聞かせてくれ」
若干食い気味に問いかけると、三日月の笑みが裂ける様に広がっていった。
「繋げるのですよ、私の二つと貴方の一つを」
_____________________________________
「暑いな………」
多分全ての学生に無意味だと認知されている終業式を只々眠気を抑えて終えた帰路で誰に問いかけるわけでもないが、高校一年生の葛城 仁の口から言葉が零れ落ちる。その言葉を問いかける予定であった、いつも一緒に帰路を共にする悪友は、あろうことか学校をサボったのだ。今頃は惰眠を貪り尽くして起き上がり、空調の効いた涼しい部屋で過ごしていることであろう。
友人に殺意を募らせていると、いきなり目の前が一瞬大きく歪んだように見え足を止めて目を擦る。気のせいだと思うが、得体の知れない違和感を感じる。暑さによる眩暈だと思い、再び歩みを進める。頭の中を触られるような不快感を感じるが、次第に消えて無くなっていく。
「暑い………」
常日頃、親代わりの祖父に大分鍛えられてはいるが、太陽から発せられるこの世の全てを焦がすような陽光には無意味であった。
この様な暑い日には昔、祖父に聞かされた九つの太陽を射落とす中国の神話を思い出す。俺にもその様な力が有れば迷わず頭の上で燦燦と輝く憎き太陽を落としていただろう。
だが俺にはその様な人外じみた御伽噺の様な力など有るはずもなく、俺に出来ることは、只々顔を顰めて暑さに耐え、足を早めることだけであった。日が高く暑さの絶頂であるこの時間に出歩く人など見当たらず、だがいつも煩く耳障りな音を奏でる蝉の声が聞こえない。辺りを支配する静けさに不気味に思いながら曲がり角を曲がると…………まさに御伽噺に登場する様なドラゴンが路肩に停められていた自動車を軽々しく踏み潰していたのだ。
「はぁ~………遂に暑さにやられたのか………」
目の前で自動車を空き缶の様に軽々と潰すドラゴンを見て、思わずそう呟く。
だが、陽光を鈍く反射する巨大な体表を覆い尽くしている生々しい赤黒い鱗、少し開いた口から覗く凶悪な牙、此方に向けられる瞳孔が縦に割れた爛々と輝く黄色い眼。何よりも心の底から感じる寒気や、向けられる殺意が今見ている光景が現実であると訴える。
「グァアアアアァアアア!!!」
「マジかよ!!」
一瞬の静寂の後にドラゴンが耳を劈く咆哮を上げながら仁に向かって駆け出してくる。辺りの民家の窓ガラスが割れて、何処からか悲鳴が聞こえてくるが、気に掛ける余裕がなく、三半規管が狂う程の咆哮から何とか立ち直り必死に駆け出す。
体力には自信があるのだが、段々と後ろから聞こえる足音が大きくなり背筋が凍る。
「くそ!!」
半ば自棄になりながら叫ぶと背後から風切り音が聞こえ、反射的にしゃがむと頭上に何かが物凄い勢いで通り過ぎる。
一瞬でもしゃがむのが遅れていたら、など考える暇もなく只々、全力で走り適当な曲がり角を曲がり、必死に撒こうとする。
がむしゃらに走ると、道に人が倒れていた。
後ろにドラゴン、放っておけば必ずドラゴンの餌食になるだろう。もしかしたら倒れている人を囮に何とか……………
「ってそんなこと出来るわけないだろ!!!」
スピードを落とさず、姿勢を低くし、素早く抱き上げて担ぐ様にして全力で走る。
体を触れる手からは温かく柔らかい感触を感じ、女性だと判断する。触れているのは不可抗力だ、と自分に言い聞かせながら走る。
痺れを切らしたのか、ドラゴンが大きく跳躍し頭上を通り過ぎ、アスファルトを大きく割りながら着地する。
「ック………!!」
女性といえども人を担いでいるため、ドラゴンが着地した強烈な衝撃で堪らず体制を大きく崩して地面に倒れこむが、自分をクッションにして女性を庇う。
ドラゴンが爛々と輝く不気味な目をこちらを見下ろす。
………絶体絶命とはこのことだ、こんな所で死ぬのか……絶対に嫌だ、死んでたまるか。
必死に考えを巡らせるが、強烈な死の気配が思考を鈍らせる。
未だに意識が戻らない女性に目を向けるとエルフだった、とても綺麗で腰ほどまである艶やかで、陽光を反射して煌めく淡い金髪に、アニメやゲームなどで居るエルフの様な目立つ長く尖った耳、息を飲むほどに整った顔、そして目に止まったのは腰に携えていたレイピアのような剣であった。仁が無意識に凝った装飾が施されていた柄を掴み抜くと曇りが一切ない眩しく光を反射する刀身が露になる。誰が見ても一級品だと分かるレイピアを片手に立ち上がり、祖父に何度も教わった構えをして、ドラゴンを見上げる。
祖父には得体の知れない相手や一目で格上の相手には尻尾を巻いて逃げろと教わってはいるが、こうなれば仕方がない、やってやる。
余りの恐怖で自棄になった訳ではない。
先程まで感じていた寒気や恐怖で滅茶苦茶になった心が自分でも不思議なほど、一気に冴えわたり、鮮明になる。武器があるだけで、これ程までに心が落ち着くのかと思う。
ドラゴンが口を開き、凶悪な牙を覗かせながら仁を噛み殺そうと巨大な頭部が近づく。
何故か動きが途轍もなく遅く見える、こちらを噛み殺そうとする口の端から垂れて地面に落ちる唾液の雫までゆっくりと地面に向かって落ちていく。
その瞬間自分の体を形容しがたい全能感や、行き場のない強大な力の奔流が駆け巡る。
今なら太陽でも落とせそうだと錯覚する。
その刹那地面を蹴り砕く様にしてドラゴンの頭に向かって跳躍する。
こちらの動きにドラゴンが一瞬驚愕の色が浮かんだように見え、こちらを噛み殺そうと限界まで開かれた顎が空を噛みしめ、頭上が完全に無防備になる。
脳天だ、脳天辺りにある目立つ大きな鱗と鱗の間、落下する勢いに任せて刃で貫こうと狙いを定める。一瞬分厚い頭蓋骨によって刃が阻まれるかもと、考えがよぎるが一瞬でその考えが霧散する。
今なら何でもできると何故か確信する。
自由落下によって勢い付いた刃が狙った所に寸分たがわず突き刺さる。一瞬硬い感触を感じるが、難なく白銀の刃が通り刃の根元まで深く突き刺さり巨体が一瞬痙攣するように震える。
鱗が覆う頭を足場に跳躍と共に刃を抜き、後方に降り立ち構えを解かずに硬直するドラゴンを見上げる。
やがて弛緩した様に一気に巨体が崩れ落ち、ドラゴンの眼尻から、とても紅く輝く拳程の大きさの涙のようなものが地面に落ち、こちらの足元に転がる。
おずおずと拾い上げると太陽のように自ら光を発している様に輝く鮮血のような息を呑むほどに美しく妖艶な輝きを放っているルビーのような紅い宝石だった。
「一体何なんだ………」
思わず呟くが当然ながら答える声はなかった。
昂る心臓が静まり分泌されていた脳内麻薬が薄れ始めて麻痺した感覚が戻り始める。
暴れまわっていた巨体が死に絶えた事により、再び辺りを静寂が支配していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます