Yellow
「これは私の友達のお姉ちゃんの彼氏の弟が通っている塾の講師の大学の友達の話なんだけど」
「おう、お前は自己評価が低いけど、話もおもしろいし、芯があるからガンガン行っていいと思う」
「恋愛界の藤井聡太?」
水曜五限のコミュ英で行われるペアワークは、食事後の眠気と、週中の気だるさが合体して、クリーム色をした教室を滞留している。そのせいか、誰も英語を話さないし、ペンも握らない。
「黄色のカーテンの花言葉ってさあ、幸福だよな」
「まあ、疑似結婚式みたいなとこあるよね」
この前の席替えで運良く窓際の後ろをゲットしたので、肌触りのよく、ひんやりとあたたかいカーテンが、毛穴が見えてしまうほど近くにある。すぐ右にいるペアワークの相手は、三限のときに取れたらしいブラウスの第一ボタンを、二人のくっつけた机の隙間に立てて、転がしている。
「うーん、ねむい!」
「先生に聞いてみようぜ」
「寝ていいか?」
「いや、黄色が幸福を意味しがちなのってなんでですかって」
「まだ諦めてなかったんだ」
英語の教師は新婚の男性で、一番前の席を自ら志望した席替え界のジャンヌダルクにちょっかいをかけて、奥さんからの株を下げている。いつも絵ばかりを描いている三列目の工藤の、ピンクの水筒は、飼い主が美術に没頭しているばかりに自分をモチーフと勘違いして、健気に陽光を浴びて静止している。
「なんかさあ、眠くなくなるような話、してよ」
「……わかった。これは俺の話なんだけど」
「本人の場合あるんだ」
カーテンタッセルを解くと、ゆっくりそのひだがほぐれて、体育終わりの制汗剤の匂いが、夢の波飛沫の先端に乗って、脳の感覚だかを司る部分を刺激する。
「目の前にいる人が好きなんだよね」
「は!?」
「どうすればいいかな」
「ちょっと、ちょっと、え?」
カーテンをつかんで、それにくるまって自分の体を隠す。グラウンドを隔てた道路になっているナンテンの実を、ちぎってみる。目をつぶると、それができる。
「せんせえ、ハッシー、なにしてんの?」
北の島から声がする。英語の先生が笑いながら、黒板を棒で叩く。
「これはテストに出さないけどな、Yellowはスラングで、臆病者を意味するんだ」
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