閑話

第13話 ある魔法使いの原点

 前書き


 魔法馬鹿の産声


ーーーー            ーーーー




 イリスが学園にいた頃熱とはなんぞやというのが研究テーマだった。


 しかし研究はとんと進まない。

 講師に聞けば熱は炎だと言う。しかし負に落ちない。我々人間だって熱を持っている。人間が燃えるか?燃えないだろう。燃えたら死んでしまう。


 要は熱に対して明確な答えを持っている者など居ないのだ。では自分が考えよう等と気楽に考えたのが間違っていた。


 全くわからなかった。熱が発生するメカニズムが。


 研究に行き詰まり、ある時何気なく魔力で強引に手のひらに取り敢えずの熱を発生させ眺めていた時、小さな地震があった。急な揺れに驚いてイメージが乱れた瞬間、それは起こった。掌に宿した熱が震え、わずかに揺らいだように感じたのだ。


 次の瞬間、熱はふっと強まり、まるで自ら跳ね上がったかのように温度が上がった。

「……振動?」

 イリスは小さく呟き、胸の奥がざわめいた。これは偶然の錯覚ではない――そう直感させる何かがあった。


「熱が揺れる……なら、その揺れを加速させたら?」


 イリスは古代の言語で掌の熱に「加速」を唱える。


 次の瞬間、空気がチリ、と焼けた。

 赤い火花が散ることもなく、ただ掌の周囲の空間が歪んだように見える。そこには炎ではなく、目に見えない「熱そのものの奔流」があった。


「……できる……熱の、振動に加速を……」


 胸の奥で震えるのは恐怖ではない。未知を掴んだ確信だった。


 さらに加速させるには――そう考えかけて、思考がまとまらない。もういい!


 イリスは強引に、熱が超振動しているイメージを押し付けた。


 才能ある魔法使いがよくやる強引な事象改変。非才の身ではあるがそんな事はどうでもいい。今は兎に角、熱の振動の加速が必要だった。


 強引な魔法行使の代償に体中の魔力がごっそり持っていかれた。指先が凍え。気分が悪くなるがどうでもいい。熱を限りなく振動させた先にあるのが炎だ。確信めいたものがあった。


  次の刹那、掌から放たれたのは炎ではなかった。

  掌に宿った熱が限界を超えて跳ね上がり、炎ではなく光そのものへと変じた。

紫がかった閃光は、炎のゆらめきではなく、空気を裂く稲妻のように瞬き――

 羊皮紙は燃え上がることなく、紙の形を保ったまま灰に変わり崩れ落ちる。

 机の板はじわりと黒く窪み、縁がガラスのように透き通って固まっていた。


「……熱はーー炎じゃない……」

 イリスは焼けつく痛みに顔をしかめながらも、目を逸らせなかった。胸を満たすのは恐怖ではなく、未知を掴んだ確信だった


「………っ!」


 掌にジクジクとした痛みを感じ確認すると酷く火傷していた。


 慌てて道具入れから虎の子の回復剤を取り出して服用した。


 それでも――胸を満たすのは恐怖ではなく確信だった。


(もう一度……試せるだろうか?)


 回復剤を飲み干し、手の痛みが和らいでも、あの光景は瞼に焼き付いて離れなかった。

 知りたい。理解したい。


 ヒントは掴んだ。熱と振動と加速。これが先程の現象を解明する糸口だ。後はもっとコントロールを繊細にせねばなるまい。


 おそらく熱というのは何かが振動しているのだ。何が振動しているのかは分からない。しかし絶対に解明する。じゃないといつまで経っても熱よ顕現せよから抜け出せないのだ。


 偶発的に起きたこの事象がそう近くない未来、イリスを魔道具の祖たらしめる事になるとはまだ誰も築いていない。

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