魔物襲来編

第14話 気になるあの子は漁港の香り

 前書き



 残念魔女イリスちゃん



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 Dランク冒険者となったところで特にやることが変わる訳では無い。まずはデイルの馴染みの人間が出した依頼が無いかの確認。とは言っても馴染みと言えばエリナの薬草採取と建設現場の作業なのだが、建設現場は荷運びから具体的な作業を行うようになっていた。今は家を作る際に登る足場の解体作業を任されていた。ゆくゆくは組み立ても行ってほしいとのことだ。


 しかし、現在はどちらも出ていない。工事も割と工程が落ち着いたのでお呼びがかかることも減ってきたのだ。いいことである。


 さてそうなると手が空いてしまうのかと言われればそんなことはない。小さな町には仕事は山程あるのだ。


「ふむ、納屋の解体と荷物整理の手伝いか。キチンとした業者に任せた方がいいと思うが」


 暫し悩んで一応建設現場での経験も活かせるかもと考え、依頼を受けようかと羊皮紙を取ろうとした時だった。後ろにいた人物がデイルに体重を預けるようにぶつかって、そのままズリズリと倒れて行った。


 振り返ると、くすんだ長い銀髪をボサボサにした少女が地面に倒れ伏していた。


(確か試験の時の……)


 どうしようか悩んだ挙句、持っていた斧槍の柄尻で軽くつついてみたら動いた。生きてる。


「おい、大丈夫か?」


 しゃがみ込んで話しかけて見るも反応はない。暫くあちこちつついてみたが反応は無い。


「死んでる?」


 デイルがそう呟いた時だった。倒れていたデイルの丸太のような腕ぬらっとした動きで手が掛けられた。擬音を使わず表現するなら地を這うナメクジ。もしくは水底より出、亡者の手の様な動きだった。


「……何か食べさせて」


 そして消えそうなマッチの様な声で目の前の少女はそう言った。





ーー





 数分後、ギルドの酒場で骨までしゃぶり尽くす勢いで肉にかぶりつく少女。皿を重ねる間もなく、次の料理が吸い込まれていった。

 対するデイルも負けては居ない。運ばれてきたボアの香草焼きが魔法の様に消えていく。遠く座る受付席では栗色の髪を後ろで束ねた受付嬢が先日とある大男に財布を軽くされたトラウマを刺激されたように身を震わせた。次々消えゆく皿に朝とは思えない賑わいを見せるギルドの酒場。

「どんだけ食うんだよ……」

「ヤバい見てたら気持ち悪くなってきた」


 そんな言葉がちらほら聞こえるが当の二人は柳に風だった。目の前の栄養をひたすらに消化器官に詰める作業で忙しい。雑音にかまっている場合ではないのだ。


 ひとしきりテーブルの料理を片付けた二人は人心地つく。


「助かった。本当に助かった。有り難う。死ぬかと思った」


 少女にあるまじき形状に隆起した腹部を叩きながら言った。


「急にそんなに食って平気なのか?」


「大丈夫、内臓は強さには自信があるの」


「そうか。内臓が強いのはいいことだ。食えば全て栄養になる」


 裏付けはない。ただのデイル理論である。権威も何もない。


「いや、無理して宝石なんて買うんじゃなかったわ、本当」


 ゲンナリした顔で言う少女。



「確かこの間の試験に居たわよね。私の次にやってた、えっと……」


「デイルだ」



「イリスよ。試験の時に消費した宝石を無理して補充したら素寒貧になったの……」


「我慢すればよかろう」


「いえ、でも凄く質のいい宝石が……」


「我慢すればよかろう」


 にべも無いデイルの態度にイリスは一度俯くと黙る。





「……わ、私だって」


 黙ったかと思えば突如息を吹き返し突然プルプルと震え出したと思ったらデイルの方を勢いよく見上げた。


「私だって好きて宝石集めてる訳じゃないの!魔法の触媒に宝石以上のものがないから仕方なく!本当に仕方なくお金をつぎ込んでるの!ねえ、高いお金を払って、物凄い手間暇掛けて、ようやく出来た魔法石を使用する時の私の気持ちが分かる!?ねえ分かる!?」


「魔法とは金が掛かるのだな」


「そう、とんでもない金食い虫なの!」


 そう言ってバンとテーブルに手を付き身を乗り出したイリスが、何やらデイルに鼻を近づけてスンスンと臭いを嗅ぎ出した。


 デイルは後ろに椅子を引いて後ろに下がる。

 理由は彼女から変な臭いがしたからだ。


「デイルさん、あなた、魔法を使ってるわね!」


「使って無いが」


 即答である。デイルは生まれてこの方魔法など使ったことが無い。


「いえ、私の鼻は誤魔化せないわ。あなたからは魔法使い特有の臭いがする!」


「風呂は入った筈だが」


「体臭じゃないの魔法臭ーーああ、なんて言ったらいいかな……」


「イリスからする変な臭いも魔法臭なのか?魔法使いは大変なんだな」


「いえ、魔法臭は本当に微細な臭いだから……私臭い?」


「濡れた仔犬みたいだ」


「……デイルさん。お金貸して下さい」


「何故?」


「お風呂入る」


 水は高い。風呂となればなおさらだ。流石にデイルも風呂代を工面してやる謂れはなかった。


「川にでも飛び込め」


「乙女に野外で裸になれっての?」


「服ごと丸洗いで良いだろ。服も臭い」


「なんだと?」


「服からも腐敗した魚みたいな臭いがする」


「マジで?」


「マジだ」


「でも、川の水は……ほら魔物の糞とか入ってるかもだし。ご飯食べたし……魔力も回復してるかしら」


「魔法で水が出せるのか?」


「魔力が戻ってれば」


「俺に金を借りる前に試せばよかろう」


「出せなかったらどうするのよ」


「待てばよかろう」





ーー







 結局イリスは人気の無い場所まで行くと魔法で風呂を造り、魔法で水を出して丸洗いとなった。途中で魔力が足りなくなったらしく。身体から滲み出した血液を触媒に何とか水を工面したらしい。


 詳しい理屈は分からないがそれは汗を水にしただけなのではないのかという突っ込みは流石にデイルもできなかった。目の前で恥ずかしげもなくインナーとカボチャパンツを剥き出す少女が余りにも必死だったからだ。これが肌を出す事を躊躇っていた乙女だろうか。片腹痛い。


「えっくちゅ!!」


 流石に水を温めるだけの魔力は無かったようで何故かデイルが起こした焚き火の炎に当たりながら不思議発音のくしゃみをした。汗……もとい身体から滲み出した血液を使用した事で軽度の貧血を起こしているらしいイリスと向かい合う。脱水症状と間違いだろう。取り敢えず水は渡した。


「……帰る」


 カボチャパンツの銀髪少女を一人残し帰ろうと背を向けるデイル。


「ちょっと待って」


 デイルにしては珍しく。物凄く嫌そうに振り返る。


「今度はなんだ」


「何かお礼を」


「……いやいい」


「大丈夫、心配しないでお金が絡む事は無理だけど、そうだ!体で……」


「……帰る」


「違う、言い方が悪かった。暫く同行してデイルさんの依頼を手伝う」


「報酬は?」


「折半!」


「帰る」


「待ってお願い置いてかないで……寒い。淋しい。ひもじいの!」


 さてどうする。正直トラブルの臭いしかしない。だが危なっかしい。物凄く危なっかしい。よくこれで今まで生きてこれたものだと思う程度には危なっかしい。


(人の役に立つか)


 デイルは一度溜息を吐くと目の前の少女の前に腰を下ろした。


「俺が魔法をと言っていたがあれは本当か?」


「ええ、デイルさんからはさっき言ったように魔法臭がするのデイルさんは間違いなく、何かの魔法を行使してる」


 そう言ってまた近づいてスンスンと鼻を鳴らすイリス。


「間違いない何か使ってる」


「使って無いが」


「無意識に使ってるケースかしら。戦士型の人によくあるパターンね。多分身体能力の強化……何を強化してるのかしら……反射神経?視力?筋力?治癒力かしら……ここの設備じゃ推測するしか…………」


 胡座をかいて顎に手をやり、勝手に思考の坩堝にはまりだしたイリスをみて改めてデイルは思う。危なっかしいと。しつこいようだが下着姿である。


 おそらく、母親の腹の中に社会性とか羞恥心とかを置き忘れてきたに違いない。


 その後、彼女と話して分かった事、彼女は魔法意外のスキルが壊滅的だと言うことだった。

 魔法バカ。取り敢えずデイルは彼女をそのようにラベリングする事にした。そして思う、魔法臭とはなんぞやと。


 こうして危なっかしすぎる少女は何故かデイルと行動を共にする事となった。

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巨人の足跡 宇治金時 @namari00

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