第11話 昇格試験2

 アミーの掛け声からまず動いたのはリエナだった。杖を会場床にカンカンと打ち付けるとそこから陣が広がり。彼女とイリスを囲むように魔力の障壁が出来上がる魔法の撃ち合いで流れ弾が周囲に行かないようにとの配慮だった。


「さぁ、魔法を使うのが見せてよ」


 ニコニコと告げるリエナにイリスは軽く青ざめる。

(ああ、ヤバい奴だ……)


 理論も工程も完全無視。膨大な魔力に任せた魔法展開。巨大なマナプールを持つもののみに揺らされた魔力の浪費。


 まぁ、ないものねだりをしても仕方ない。自分は自分に出来る事をするのだ。


「Dico! Ignis esto, manifesta, globum flecte, massam cape, mitte!(告げる!炎よ顕現せよ、火球となり重くなり、対象へ飛べ)」


 目を閉じ世界に干渉すべく詠唱する。


「ファイアボール」


 翳した杖の先に火球が生成される。戦闘で使う炎は、ただ燃え広がるだけではない。質量を帯び、絡みつくように粘る――それが常識だった。


 イリスの放った火球も例外ではない。決して特別ではない、誰もが習う基本の炎。


 だが標準的であっても十分な脅威にはなる。


 赤い尾を引きながら、灼熱の塊は一直線にリエナへ迫った。


 しかしリエナは杖を軽く打ち鳴らすだけ。光の障壁が立ち上がり、炎はそこにぶつかって揺らめくだけで終わった。


「どれどれ」


 彼女は障壁越しに手を伸ばし、敵の魔法に触れてみせる。じゅう、と熱が伝わり観衆がどよめいた。

 まるで玩具でも確かめるように火球を撫で、指先で粘土のように形を変えていく。


「込められた魔力も充分。……合格点だね」


 そう言って炎を握りつぶすと、音もなく掻き消えた。残ったのはわずかな熱だけだった。


(魔力ブルジョアめ……)


 浪費しても尽きることのない魔力は潤沢な資産を連想させる。


(私はいつも倹約に倹約を重ねてるのに……)

 リエナのキャッシュフロー、ではなく魔力フローか兎に角羨ましい。


 リエナはイメージを膨大な魔力という代償を払い事象を改変する。

 ならば、とイリスは懐から小さな赤い宝石を取り出した。そして手にした宝石を、暫し未練がましく見つめる。


「……手間とお金がかかるから本当はやりたくないのよ」

(私が払う代償は労力と財布。ほんと、資産家に生まれたかった……)


 覚悟を決め、宝石から手を話す。イリスから離れた宝石が床に沈むと同時に、背後に幾重もの術式が浮かび空間に展開された。展開された術式の数は十を越えるがそれらは互いに干渉せずにそれぞれの術式としての形を保っている。

 術式格納。術式を宝石に仕込む手法自体は決して珍しいものではない。だがイリスの魔法式は違っていた。


 普通なら一つ込めるだけで限界の宝石に、彼女は三つも四つも平然と押し込む。

 それは魔力量で押し切る者には真似できない、研究者としての才覚の証だった。

 格納術式限定ではあるが イリスの魔法式は猥雑でもあった。


 前提として術式が雑なほど魔力消費は大きくなる。リエナがいい例だろう。

 しかし、イリスはリエナとは対象的に術式を徹底的に分解する。


 本来なら三行で済む術式を、彼女は二十行にまで分解して書き上げる。

 その冗長さゆえに即時の発動は難しい。だが、本来短所たり得る術式の猥雑さは魔法を“仕込む術式格納と組み合わせると強烈なシナジーを発揮する。


 そこに金銭的な逼迫もあるのは彼女の名誉の為に言わないでおこう。


「ーーそんな宝石に、どんだけの魔法詰め込むの。ちょっと普通じゃないね」

 そう言ってニヤリと笑うリエナをイリスは羨望を込めた眼差しで見つめる。


(あの試験官も魔法使いの姿の一つではあるけど、私が目指す魔法はもっと……)

 道理をねじ曲げ超常の力を行使するのも魔法である。しかしそれで良いのだろうか、魔法は限られた天才のみが行使出来る超常の技術なのだろうか。

 否。現象を分解し細分化し細かく設定する事で凡人でも超常に届くのだ。魔法は超常にあらず、学問である。


  混沌の中にこそ秩序は宿る――彼女はそう信じていた。猥雑に積み重ねた術式こそ、凡人が超常に届く唯一の梯子なのだ。


「体系化された魔法の美しさ、見せてあげる――」


「うん!実力はDランク以上ありそうだね。問題なし!ってことで合格!」


「ぇ゙!? 宝石もう使っちゃったんだけど!?」


「また買えばいいじゃん」


「馬鹿なーー魔力だけじゃなくて資産までブルジョアだと……」


 膝から崩れ落ちるイリス。脳裏に財布から金貨がざらざら零れる音が鳴り響く。


「え!? どしたの!?」


「私のヘソクリぃ……」


「……なんかごめん。 じゃあ、ほら」


 そう言って手を広げるリエナ。


「ーーなによ……」


 干からびた泉のような目でそんなリエナを見据えるイリス。


「撃って来ていいよ。」






「……いや、いい」


 これでは自分が駄々っ子ではないか。ちくせう。イリスは深呼吸で気持ちを落ち着けながら自分に言い聞かせる。


 幸いあの宝石はイリスのヘソクリ四天王の中で最弱。一週間程倹約すれば何とかなるかもしれない。


  こうして、後の大魔法使いにして魔道具の祖――イリスは、なんとも締まらない形で昇格を確実にした。


 だが、この時、肩を落として歩くイリスに同情の目を向ける観衆は誰も気づかなかった。

 彼女が積み重ねた猥雑な術式の一行一行こそが、やがて凡人をして超常に届かせる“梯子”となることを。




 ーー





 戦場の魔法兵にはデイルも割と手を焼かされた経験がある。遠距離からの魔法攻撃は数が多くなればやはり脅威だった。


 しかし、リエナのような魔法兵は戦場で見た経験はない。イリスのように丁寧に詠唱し発動するようなタイプが殆どだ。そのイリスも何かの隠し玉を持っている節があった。がっくり肩を落としながら部屋の隅に歩くイリスを眺めながらデイルは自分がまだ知らない事が多い事を知った。


 イリスとリエナが部屋の隅に移動すると今度はダグザが腕を回しながら前に進み出た、視線は真っ直ぐデイルを見つめていた。


(あの男、強いな)


 獰猛に笑うダグザを見たデイルは彼をそのように評した。

 ダグザと目が合うとさらに笑みが深められたその表情は見るものが見れば怒ったようにも見える破壊的な笑顔に変わる。


「おい、そこのデカブツ、お前だ」


 視線は真っ直ぐとデイルを見ていた。デイルは立ち上がると無言で前へと歩き出した。二人の巨漢が向かい合う。


「おい、あのデカイ得物は使わないのか?」


「あれはいい。人に向けるものではないと言われた」

 デイルの言葉にダグザの目が細められる。


「テメエ、舐めてるのか?」


「いや、お前は強い。これでは勝てんかもしれん」


 そう言って腰の剣を引き抜く。


「アレンが言うから楽しみにしてたんだかな」」


 ダグザは会場隅で腹を押さえながら陽炎のように立つアレンを見て溜息をつく。


「良いだろう好きにしろ。ただし、腑抜けた真似したら即不合格だ」


「分かった」


 短いデイルの言葉に短く鼻を鳴らしたダグザは固唾を飲んで見守るアミーに言った。


「おい、合図出してくれや」


 それを聞いたアミーはバネ仕掛けの人形のような動作で立ち上がると言った。


「そ、それでは第二試合初め!」

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