第10話 昇格試験

 昇格試験当日、掲示板の前で依頼を物色する比較的真面目な冒険者達とは別に、朝のギルドには珍しく酒場の机に腰掛ける冒険者たちの姿が目立つ。しかし、酒は飲んで居ない。皆これから始まるであろう昇格試験にそなえてる者たちだった。


 その集団の中で一際皆の目を引く大男は、前日までの労働者のような出で立ちとは全く違う重武装を身につけて椅子に座っていた。彼に見出された哀れな椅子はミシミシと悲鳴を上げ、その耐用年数をすり減らしてた。


 一応の備えで超重量の斧槍を持ってきたのも椅子へのダメージを加速させる要因だった。重量の問題でその辺に立てかける訳にもいかない。結局考えた結果デイル自身に立てかけると言う間抜けな選択をせざるを得なかった。デイルの体重、防具の重量、そして斧槍の重量を一身に受ける椅子へのダメージは計り知れない。


 デイル自身もそろそろまずいと腰を浮かせたのとほぼ時を同じくして淡い桃色の髪を赤いリボンでサイドテールにした少女にも見える受付がデイル達の元へやってきた。


「皆さん。お集まりのようですね。本日の試験を担当するギルド事務員のアミーです。と言っても既に顔見知りの方もいらっしゃいますね」


 その言葉にデイルが周りを見回す。全員かは分からない。だが鼻の下をだらしなく伸ばしている連中を見れば誰が“顔見知り”かくらいは容易に察せた。


「では早速、試験会場に案内致しまーす。皆さん。あたしの後に付いて来てくださーい」


 舌っ足らずな話し方はわざとだろうか。等とどうでもいい事をデイルが考えているとアミーと一瞬目が合ったような気がした。無論気がしただけだ。確証はない。






ーー






 アミーがデイル達、昇格試験組の元へ向う少し前の事だ。


「リサ先輩。来ましたよデイルさん」


 今回の試験の担当職員のアミーは先輩職員である。リサに言った。


「そりゃ来るでしょ。試験なんだから」

 何を当然の事をと言わんばかりに目を細めるリサ。

「大体あんたいつまで油売ってるのよ。とっとと試験の準備してきなさいよ。アレン君達は来てるの? 打ち合わせは済んだの?」


「打ち合わせならもう昨日のうちに済ませてますよぅ。 アレンさんももう間もなく到着の予定です」


 腕を組み、ドヤ顔で言う後輩受付嬢の鼻が若干伸びた気がしたリサはその鼻先を指で軽く小突いてやった。


「そいつは重畳。 万事抜かり無いなら私じゃなくて受験者の所に行きなさい」

 

 小突かれたアミーはと言えば「フガ」等と彼女のファンにには到底お聞かせできない声を上げていた。


「いたた……。  先輩、あたしだって無駄に先輩の所に来てるわけじゃないんですよ。アレンさんに言われたんです。 『デイルさん、試験必要ある?』って」


「ほう……」



 アミーから視線を外し暫し思案の海に沈む。リサは内心で感心していた。 やはり若くしてAランクの高みに至った冒険者だ。相手の力量を測る目も持ち合わせてるらしい。

(死んでしまうとか思ってごめんなさい)

 ひっそりと、アレンの評価を上方修正したリサ。


「合否の判断はアレン君に一任してるんだから彼が要らないって言うならいいんじゃない?」

 リサはアミーから視線を外したまま手もとの書類を処理しながら言う


「うーん、そんなもんなんでかねぇ……」

 釈然としない声のアミー。しかしふと思い出した様に続けた。

「そう言えば、アレンさん達遅いですね。もう来てもいい頃なんですけど」


「ちょっと大丈夫な……大丈夫ですか?アレンさん」


 余りにのほほんとしたアミーに苦言を呈そうとアミーに視線を戻したリサは見た。普段は精悍な光を宿す肌が乾燥キノコのようにカラカラに乾燥した金髪のAランク冒険者アレンの姿を。

 土気色々の肌に脂汗を流し。大地を踏みしめる足は産まれたての子鹿の如き危うさを宿している。手は腹に添えられ。体はくの字に折れ曲がっていた。


 アレンの横には彼のパーティーメンバーの赤茶色の髪をボブにした魔法使いリエナが頭痛を堪える様に額に手を当てている。


「ーーやぁ、アミーちゃん、リサちゃん。ーーおはよう……」


 絞り出すような声だった。


「アレンさん!?」


 尋常じゃない様子のアレンに気がついたアミーが珍しく狼狽した様子でアレンに駆け寄る。

 アレンは駆け寄ろうと近寄るアミーを手で制すると生気の失せた顔を上げて言った。


「ーーごめん、トイレ貸して……」


 この瞬間リサはアレンの評価を下方修正したのだった。


 腹を押さえながら小股の内股でトイレへと向うアレンの姿を見送った一同の間になんとも言えない空気が漂った。


 口火を切ったのはアレンの横にいた魔法使いリエナだった。


「アミーちゃんごめん。アレンの奴、昨日変なキノコ食べてさ。起きてからあれなのよ。一応薬は飲ませたんだけど今日は使いものにならないと思うから……ごめん。代わりに私とゴンザが試験官でいいかな?」


 要は毒キノコを食べて猛烈に腹を下したらしい。


「ああ、はい。代理でやっていただけるなら有り難いです」


 力の抜けた顔でアミーは言った。


「本当ごめん……アレンには後できつく言っておくから」


「えっと、お大事に」


「それで、アミーちゃん。受験者の中にデイルっている?」


「え?デイルさんですか?」


 突然のリエナの話題転換にリサとアミーが顔を見合わせる。


「あそこに座っている大きな人です」


 アミーが遠くで椅子に腰掛けるデイルを指さした。随分と椅子が小さく見える。


「ああ、あの人が……」


「デイルさんがどうかしましたか?」


 アミーの問にリエナが頭を抱えた。


「いや、アレンが怪我するからあの人とは戦うなって言ってたんだけどダグザの奴がやる気になっちゃってさ。ほらアイツちょっとおかしいから。それで?強いの」


「リサ先輩どうなんですか?」


 アミーがリサに回答を丸投げしたことでリエナの視線がリサへと移行する。


「まず、前提として決してリエナさんやダグザさんを軽く見てるつもりはないっていうのは先に言っておきます」

 一度言葉を区切って。息を吸い込むと。椅子に腰掛けるデイル眺めながらリサは言った。

「やるならくれぐれも、気は抜かないようにして下さい」





ーー





 紆余曲折はあったがDランクへの昇格試験は開始される事の相成る。デイル達が案内されたのはギルドの地下に設けられた巨大な空間だった。


 といっても特に面白いものはない。異様に高い天井を除けば何もない石造りの部屋だった。地下に設けられた空間だというのに普通に周囲の状況が分かるのは光源がしっかり確保されている証明にほかならない。


 試験会場にはデイルを含めた受験者とアミー。そしてその横に冒険者と思しき男女3名が立っている。そのうち一人、金髪の男性冒険者は見るからに衰弱している。


 残り二名だが大柄な燃えるような赤い髪に浅黒い肌をした大柄男性が一人。動き安さを目的に作られたような軽装備の冒険者だ。何やら腕を組んで首をゴキゴキと鳴らしている。


 最後の一人は赤茶色の髪をボブにしたこれまた軽装に黒のローブを羽織った女性冒険者が居た。手には杖を持ち泰然と立っていた。


 デイルは知らないが、冒険者の中には彼らを知るものが多いようで周囲がざわめいている。


「はーい、ここは本来は緊急時に町の住人を避難させる目的で作られた区画です。と言っても広いだけで何もないんですけど。今回はこの区画を使用して模擬戦を行ってもらいます」


 ざわめく受験者達を黙らせるように声を張り上げ、担当のアミーがこの巨大空間の用途を軽く説明する。


「それで、試験なんですが、本来の試験官が体調不良の為、代理の方に試験官に来ていただきました。ご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、ご紹介致します。Aランクパーティー、黒鉄の翼のリエナさんとダグザさんです」


 アミーの言葉の後、腹を押さえてフラフラしてる男以外のニ名が前に進み出た。


「リエナでーす。 模擬戦で当たる方は宜しくねー」


 リエナはにこやかに告げると、とっととアミーの隣へと戻って行った。


「ダグザだ。俺と模擬戦する奴は殺すつもりでこい!俺を楽しませたら合格だ!つまらなかったら不合格だ!」


 獰猛な笑顔を浮かべ周囲を睥睨するダグザ見たリエナが後ろからジト目で眺めていた。に受験者は皆思った。自分が当たる試験官がリエナで合ってほしいと。


 そんな一幕があり、その後、アミーからさらに試験についての説明がなされた。


 纏めるとこうだった。試験官二名態勢なのでリエナから始まり。ダグザ。そしてリエナと交互に模擬戦を行う。


 試験官が受験者を指名し模擬戦を行う。

 

 模擬戦は試験官の中で合否の判断が出たら終了。


 試験の合否は試験官の判断に一任されている。


 試験とは言え武器や魔法を使っての模擬戦なので死んでもギルとは責任を負わない。試験官が事故で受験者を殺したりその逆があっても罰則はない。


 故意だと判断されたら。除名処分。


 この説明には周囲も多少どよめいていた。

 デイルも多少驚きはしたが、らしいと言えばらしいのかと死ぬなら自分は所詮そこまでである。





ーー





 模擬戦第一試合。

 試験官のリエナが進み出て相手を指名した。

「そこの銀髪の子。いい杖ね。やりましょうか」


 呼ばれた人物が前へ進み出た。長い銀髪がサラリと揺れた。全体的に華奢な印象を受ける少女だった。


「イリスです宜しくお願いします」


 両者向かい合う。リエナが目配せするとそれを受けたアミーが言った。


「それでは模擬戦第一試合始め!」

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