第8話 悲しき魔物

 スライムの討伐――というほど大げさなものでもないが、ギルドでレンタルした革製のツナギに着替えた俺たちは、薬草採取のときに使った門とは反対側の門から街道へ出て、スライムが大量発生している現場へ向かった。


 たどり着いたのは街道沿いの平原。なるほど、確かにスライムが多い。


 赤、青、黄色、その他諸々のスライムが、平原内をゴム毬のように跳ね回っていた。半透明の体の中心には、これ見よがしに魔石がきらめいている。


「スライムの魔石って、コボルトと比べて小さいんですね」


 レオンがスライムをまじまじと見つめながら言った。


「魔石は強力な魔物ほど純度が高いらしい。

保有魔力がどうこうって話だったが、詳しいことは知らん。

ひとつ分かるのは、強い魔物を倒したほうが金になるってことだ」


「じゃあ、スライムはそんなにお金になりませんね」


「一匹一匹は大したことねえが、これだけいるとそれなりに稼げるんじゃねえか?」


 クズ石をごまんと持ってこられるので測りにかけられるが。


「これだけいると大変そうですね……」


 レオンがげんなりと周囲を見回す。


「馬鹿。危険も少なくて報酬も出て魔石もあるんだ。駆け出しにとっちゃ、かなり好条件だろ」


 ぶーたれるレオンを小突きながら言う俺の背に、「あの……」と控えめな声がかけられた。


 サラである。そろそろ被っている猫の皮は脱ぎ捨てて欲しい。


 こいつのテンションギャップに俺か戸惑う。


 振り向くと、自分の着込んだ革のツナギを指差しながらサラが言った。


「私たち、なんでこんな格好してるんです?しかもお金払ってまで。町の人にすごく見られてました」


 サラの疑問は、スライムを処理したことのない奴なら至極当然のものだった。


 レンタルしたツナギも、ギルドから金を払って借りたものだ。使い古された革に、汗の染み込んだ臭いがする。


 別にツナギの装備理由等隠すことでもない。俺はサラの疑問に答える。


「スライムの体液から身を守るためだ」


「ああ、確かスライムの体液は物を溶かすんでしたっけ。……普通の装備品じゃ不足なんですか?」


 サラが当然の疑問を口にする。


「スライムが普段何食ってるか知ってるか?」


「食べ物?」


「まぁ、口に入りゃ割と何でも食うわけだが、小型の魔物の死骸、排泄物……なんかを食べる個体もいてな。一言で言うと、スライムの体液、めっちゃ臭い」


「え……」


 サラが顔を引きつらせる。


「個体によっちゃ、間違って浴びたら暫く臭いが取れねえぞ。

自分の服とか装備に臭いがつくのが嫌だから、わざわざこいつを借りたわけだ」


 そう言って俺は、自分のツナギをポンと叩いた。


 それでも貫通してくる訳だが。


「ちなみにこのツナギ、買うと高いから壊すなよ。

水洗い可で、汚れの落ちやすい素材が使われてる」


「ちなみに……臭いって、どれぐらいですか?」


 俺は道具袋から重ねられた布を取り出し、口鼻を覆い隠すように結びながら答えた。


「肥溜め」


 そう言って、サラとレオンに同じ布を差し出したのだった。







 スライムはひ弱な生き物だ。伸縮する透明な外皮の中に液を溜め込み、それが消化液の役割を果たしている。


 外皮には口にあたる部分があるが、歯も顎もない。


 ただ獲物を取り込んで、ぐつぐつと消化液に沈めるだけだ。


 取り込まれた物は数日かけて分解され、わずかな脳と臓器の燃料になる。


 燃費はいいが、存在意義は薄い。たまに思い出したように分裂しては数を増やす。


 基本的に何でも食うが、口より大きなものは入らず、小動物にすら返り討ちにされる。


 さらに他の魔物を捕食するような魔物からしてみてもスライムは栄養も臭いも最悪らしく見向きもされない。


 ――食物連鎖のアウトロー。それがスライムだ。


 ただ、時折妙な連帯感を見せて、一斉に分裂を繰り返すことがある。


 普段見向きもされないスライムたちの、声なき存在証明……などと一部では呼ばれているが、真相は分からない。


 もっとも、増えすぎれば増えすぎたで邪魔者扱いされ、結局は駆除される。


「――てのがスライムだ」


 俺は新人二人に簡単に説明してやった。


 話を聞き終えた二人は、なんとも言えない顔をしてから、ぽつりと口を開く。


「……悲惨すぎません?」


「魔物の生態聞いて泣きそうになるなんて、思いもしませんでしたよ……」


 気持ちは分かる。


 自分がもしスライムなら、などと考えても仕方ないことを考えるのが人間なのだ。


 しかし湿っぽい話はこれまでだ、スライムに取り憑かれたこいつらに、ここから少し希望を与えてやろうか。


「まぁこうして毒にも薬にもならないと言われてたスライムだが、昨今、人間たちによって存在意義が見出された」


 2人が唾を飲み込むのを確認した俺は、先を進める。


「下水路に放って、水をある程度綺麗な状態に保つという重要な役割だ」


「……人間は勝手だ!」

 と吐き捨てるレオン。


「エゴの塊」

 と、被った猫の皮を脱ぎ捨てて冷ややかに言い放つサラ。


 それも人間である。


 アンチ人間寄りになった2人に、俺は言う。


「まぁ、気持ちは分かるが、これ以上スライムに取り込まれるなよ。

あまり情が移ると殺せなくなるぞ」


 俺の言葉に、何か物言いたげな目を向ける2人。


「リカルドさんの説明に情感こもり過ぎなんですよ!」


 レオンの言葉に、小さく肩をすくめる。


 俺は詩人なんだ。今だけだが。






 その辺で拾ってきた長い木の棒の先端をナイフで尖らせて作ったお手製の木槍でスライムの外皮を突く。


 これがスライム駆除法である。


 武器? 臭いが移るから却下だ。


 外皮が破かれたスライムの中に押し込まれた消化液が、臭いとともに周囲に飛び散る。


「鼻が曲がる!こっち来んな!!」


「うう、スライム、害獣……」


 木の棒を片手に、少しでもスライムから距離を取ろうとする2人の姿は、先ほどまでスライムの生態に心を痛めていた奴らと同一人物とは思えない。


 レオン、サラ。無事に人間サイドへの帰還を果たした瞬間だった。お帰り。


 ちなみにスライムは魔石を抉り出す必要はない。


 なぜなら外皮を破けば勝手に爆散して、魔石が転がり出すからだ。実に楽でいい。


 スライムを倒して残るのは、なんかプニプニした玉だ。


 建材用の接着剤の素材になるとか。お前らの命は人間が有効活用しようじゃないか。


「クソ! スライムの呪いがこうも厄介だなんて!」


 鼻をつまんだレオンが、くぐもった声で叫ぶ。


「なんで、消滅しても臭いだけは据え置きなんですかこの害獣!」


 サラがスライムの理不尽な生態に憤る。


 弾ける外皮、飛び散る液体、魔石を失い消滅した後も残る臭気。


 スライムの呪いである。本当に呪いなのかは定かではない。


 死後、強烈な存在感を放つのもスライムである。


 それでも死んだ目で魔石を拾う新人たち。冒険者なんてそんなもんだ。


 だから英雄志望みたいな奴は続かないか、身の丈に合わないことをやろうとして死ぬのだ。


 俺が最初にあの2人に安心したと言ったのも、そういう理由だ。


 金が目的で冒険者になる奴は、基本的に無理しない。仕事だと割り切った考えもできる。


 冒険者は仕事だ。生き方じゃない。そんなのは他で見つけりゃいいんだ。


「本当リンダにしては、いい依頼を回してくれたもんだな」


 俺は、今も受付で胡散臭い笑顔を浮かべているであろう女を思い浮かべたのだった。

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