第7話 パラダイムシフトの予感

 サラの魔法方面の教育をカリナにアウトソーシングすることに成功し、一夜明けた今日。


 早めに出たことが功を奏して、ギルド内でハルナに絡まれることもなく、新人2名を連れて依頼を物色していた。


 二日目ではあるが、依頼の受注までの流れには慣れておくに越したことはない。そして単純に、いつまでも俺がやりたくない。


 まぁ、俺の面倒が減ることは、奴らが冒険者として成長しているということでもあるのだから、俺が楽になるように奴らを誘導するのは、あながち的外れでもない……はずだ。


 実際知らんが、手順書があるわけじゃねえしな。そして早速、問題に直面した。


「字が読めねえって不便だな」


 そう呟く俺の前には、しょげるヒヨッコども。


 失念していた。こいつらは字が読めない。そして書けない。読み書きに関しては、サラ自身の強いゴリ押し――もとい要望により、今は俺が2人に教えている。


 時期に読み書きも可能にはなるだろうが、それは今じゃない。かと言ってじゃあ依頼が受けられないかと言われれば、そんなことはない。


 ギルドの受付があるんだ。依頼の選別・斡旋を職員にぶん投げればいい。それが奴らの仕事だ。


 じゃあ、なんで俺がその方法を取らずに、わざわざ掲示板で依頼書とにらめっこしてるかというとだ。


 ギルドの職員が斡旋する依頼がどんな内容かわからないからだ。


 奴らはプロだが万能じゃない。とんでもない地雷を掴まされることもある。


 選択を間違えるにしても、自分で選べた方がマシだった。あとは、ギルド職員と良好な関係を築くのに変な気を使うのが面倒だった。


 だから、俺は金を払って読み書きを覚えたんだ。


 本当に面倒だ。


 だが結局、生きる以上面倒事には巻き込まれるわけだ。


 面倒なのが変わらないなら俺は数ある面倒の中からよりマシな面倒を選ぶ。


 そんな感覚が染み付いてたもんだから、つい普通に掲示板に連れて行って「お前らで決めてみろ」とか言ってしまったわけだ。


 これは俺のミスであって、ヒヨッコ共のミスではない。


 なんでこいつらがしょげてるのかはわからんが、一日二日で読み書きできるわけねえだろうが。読み書き舐めんな。


 そんなに簡単に覚えられたら。オレの立つ瀬がねえんだよ。


「まぁ、できねえもんは仕方ねえ。とりあえずギルドのカウンターで依頼の斡旋を受けてみろ。新人なんだ、変な依頼は掴まされねえ筈だ」


 いつ読み書きができるようになるかは奴ら次第だが、それまでは職員の胸三寸に頼らなきゃならんのだ。俺がいるうちに職員との関係を構築した方がいいだろう。


 ぎこちない歩みでカウンターに向かった2人はよりにもよってリンダの座るカウンターに向かった。


 自殺志願者だろうか。奴らにリンダの有害性をちゃんと教えておくべきだった。


 近寄る2人を確認したリンダが、少し離れた俺を発見。いつもの胡散臭い笑顔を浮かべた。


 いや、いかにリンダと言おうと、新人に面倒な仕事は持ち込まねえ筈だ。……そう思う事にしよう。


 夜闇に煌めく焚き火に飛び込む虫のように、リンダのカウンターに行き着いた新人共は、数分リンダと話し込むと、一枚の紙を持ってこちらにやってきた。


 とりあえず、リンダという炎に焼かれることなく生還したようで何よりだ。


「もらって来ました。いやぁ、リンダさんって優しくて話しやすい人ですね。美人だし」


 レオンがテレテレしながらそんなことを言う。


 顔の筋肉が溶け落ちたかの如く緩んだ表情。


 鼻の穴が彼の心臓の鼓動を代弁するかのようにヒクヒク動いている。


 レオン城、陥落である。


 リンダの毒気に当てられたようだ。


 もう助からないかも知れない。


 隣でサラが何かを言いたげな、じっとりとした目でレオンを見ているが俺は知らん。


 サラにしてもレオンにしても同じ事が言えた。


 恋は盲目である。


 サラはまぁ頑張れ。


 俺に対して文字を教えて、とせがんだ時のアグレッシブさを思い出せ。面だって悪くねえんだ。


 男なんて押せば何とかなる。いざとなったら押し倒せ。特にレオン城は簡単に陥ちるぞ。


 さて、どんな依頼を押し付けられたのかと、依頼書の中身を確認する。


「……なんだ、これは」


 リンダにしては意外なほど普通だった。


 付近に発生した弱い魔物の間引き依頼。町からの依頼だ。


 高い報酬に加えて、間引いた魔物の数だけインセンティブが発生する。


 まぁインセンティブは倒した魔物の魔石なわけだが、その間引く魔物もスライムだ。


 初心者でもそう苦労せずに倒せる奴だ。


 普通どころか、ある一点に目を瞑れば意外にいい依頼だった。


 もしや、数々のクソ依頼を俺に押し付けてくるのは、単純に間が悪かっただけなのか?


 実はそんなに悪い奴じゃない可能性が出て来たぞ。


 そうだ、リンダは今でこそ胡散臭い受付と成り果てたが、新人の頃は何かと可愛い奴だったじゃないか。


 それならリンダに謝らねばなるまい。


 俺がリンダに抱く確固たるイメージがぐらつき始める。


 リンダの座る受付へ、重い足取りで向かう。


「リンダ、お前、結構いい奴なのか?」


 リンダの返答次第では俺の認識が根底から崩壊し再構築されかねない。


「……え?なんですかいきなり。気持ち悪いですね」


 リンダが書類束を机でトントンと揃えながら、胡乱げな視線を向けてくる。


「いや、お前にしちゃ上等な依頼を紹介したもんだからよ……

てっきり新人に面倒な依頼を押し付けるもんだと思ってたもんでな。

意外に普通の依頼で驚いたぜ」


「新人にそんな難易度の高い依頼、斡旋しませんよ。

ギルドの信用もあるんですから。

面倒事を押し付ける人は、私の方でちゃんと選定してます」






「――俺もその中に含まれてるわけか?」


 リンダは答えない。代わりに、いつもの胡散臭い笑顔を浮かべたのであった。


 ……良かった。安心した。リンダは俺の天敵のままだ。


 諸行無常は世の理なれど、人は変化を嫌う生き物なのだ。

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