第9話 素行不良は癒しを求める
スライム討伐を終えた俺達はスライムの残り香を漂わせながらギルドへと戻った。
すれ違う人々が皆俺達を避ける程度には臭かった。人通りの多い通りなどの人垣が割れる様は正に圧巻だった。
ギルド内でも俺達が入った瞬間異臭騒ぎが起こる。リンダによる事前通達が功を奏して混乱は起きなかったのが救いだった。
「臭えからとっととそのツナギ脱いでこい!」
顔馴染みの冒険者が鼻を摘みながら心無い言葉を投げかけてくる。
ふざけて近寄ろうものなら拳が飛んで来そうだ。
気持ちは分かる。俺でもそう言う。
「ある意味英雄様のご帰還だ。臭えから来るんじゃねえ!」
「リカルド!今日の摘みはスライム風味か?安上がりでいいじゃねえか!後、俺の飯に近寄るな!」
「なんか癖になるわ。この匂い」
彼に続けとばかりに他の冒険者からもヤジなのか労いなのかわからない言葉が飛んで来る。
ーーなんかよくわからん感性を持っているやつも混ざっていたようだが。
それでもどこか町中より当たりが弱いのは皆この道を通ったからだろう。
そう、これがスライムを討伐せし者の凱旋風景である。俺も奴らの立場ならそうする。
様式美ってやつだ。
まぁ、実際こうなるから危険は少ない割に依頼料は割と貰える。
スライムの魔石も素材も売れば金になる。だから俺にとってはいい依頼の部類に入る。新人2人がどう思ってるかは知らん。
着替えを済ませ。臭い消し用の香水をぶっかける。冒険者の間でスライムの臭いと相性がいいという謎すぎる理由で使われている香水だ。かけすぎると本当に異臭騒ぎになるので塩梅が難しい。
サラがこんなのあるなら町の外でーーとか言ってたが、臭いの強い時に付けると激臭であることを伝えたら悲しそうに黙ってた。
魔法より魔法っぽい香水パワーで肥溜めからフルーティーへと変化した匂いを引っ提げ、俺達はようやく受付にて完了の報告を済ませた。
受付たのは知らん顔の男性職員。毎回リンダに当たってたまるか。
ザラザラと袋から出された小指の先程度の大きさの魔石の山を見た職員の顔が引き攣っていた。
律義に数えようとしていたので秤にかけて、おおよその個数を出してくれればいいと言ったらほっとしていた。
新人だろう。慣れた職員は聞きもしないで秤にかける。いちいち文句を言う冒険者もいない。スライムは一山幾らの存在なのだ。
臭気に耐えてスライムを倒した新人共は秤で雑に計上されるスライムのなれの果てを物悲しげに眺めている。
お前らさっきまで害獣扱いしてたけどな。
そんな一幕もあり諸々の精算金を受け取り分配を終えた所でサラは解散である。
スライム臭くないかしきりに確認するサラに多分大丈夫と言ったら。
サラに何か言いたげな目を向けられたが、俺は知らん。
結局、臭いに不安を感じたまま魔法講師カリナの元へ向かうサラの足取りは物凄く不安そうだった。
サラには言ってないがカリナなら大丈夫だろ。何かに没頭すると体を洗うのも忘れる奴だ。臭いへの耐性はある筈だ、知らんが。
さてそんな姿を見送るレオンを見ると、サラを応援したい気持ちなのか焦燥なのか嫉妬なのか、なんとも人間味のある表情でサラの後ろ姿を見送っていた。
「何ボサっとしてんだ!お前はこれから剣だよ」
いつまでもサラが出て行った扉を見ているレオンの頭に拳骨を落としながら言うと鳩が豆鉄砲を食らったような顔でこちらを見あげていた。
なんだその顔は……。サラは魔法、俺の管轄外。お前は剣、俺の管轄内だ。
曲がりなりにも、教導なのだ。仕事はする。後、レオンが強くなれば俺が楽になるのだ。いつまでもおんぶに抱っこでいられると思うなよ。
「戦い方を教えてやる。ついてこい」
返事も聞かず。歩き出すと。暫し呆然と立ち竦んでいたレオンが勢いよく駆け寄ってきた。
「はい!よろしくお願いします!」
ちゃんとついてきて良かった。あれだけ格好付けて返事を聞かずに歩き出したのだ。ついてこなかったら滅茶苦茶恥ずかしいではないか。
リンダに断りを入れて、修練所までやってきた俺達は木剣を手に向かい合っていた。レオンは使っている両手剣くらいの大きさの木剣を、俺はまぁ、片手剣くらいのやつだ。
何時も使ってる重斧とは違う感じなので若干感覚が違うがまぁ仕方ない。
「俺の剣は殆ど我流だからな。剣術なんて教えられん。それは自分で何とかしろ」
「はい!」
「だが、戦い方は教えてやる。取り敢えず好きに打ち込んでこい」
言った瞬間レオンは剣を振りかぶると俺に向かって駆け寄って来た。殺意高いなおい。
袈裟斬りに振り下ろされる剣撃を半歩ズレながら半身に躱すと、その背中を足で押すように蹴り飛ばす。レオンはそのまま勢いよく転んだが、直ぐに身を起こしたレオンは今度は剣を横に構えて走ってきた。
振り下ろしよりは力の要らない薙ぎ払いに変えたか。まぁ頭はちゃんと使ってるようで何よりである。
レオンが間合いに入り剣を振り抜く直前、間合いを潰す為、俺は大きく踏み込んだ。急な接近に驚いて目を見開くレオン。剣を横薙ぎに振り抜こうとした奴の腕を押さえ、レオンが動揺してる間に、もう片方の手の平で顎をカチ上げると、レオンは膝から崩れ落ちる。
加減はしたが、まぁ、脳を揺らされたから暫くは動けんだろう。
「取り敢えず。予備動作がでけえ。武器の引き戻しが遅え。体力が足りてねえからだ。体力をつけろ。体力がつくまでは頭で補え」
「はい!」
ダメージから回復したレオンがゆっくりと立ち上がる。顔には好戦的な笑顔が浮かんでいた。
案外戦闘民族かもしれん。……面倒なことになりそうだ。
その後レオンとのど付き合いは1時間程続き。レオンの体力切れでその日は解散となった。
ーー
これからは大人の時間である。ガキのお守りから解散された俺は、軽い足取りでめくるめく夜の町へと繰り出していく。
「マリーちゃーん♪」
新人共のお陰で中々時間が取れなかったが、澱の様に溜まったストレスを彼女に洗い流してもらうんだ。ぐふふ。
くるりとターンを決めた時、サラみたいな姿が視界に入った。
見間違えだよな。
サラだった。バッチリ目が合った。なんか窒息しそうな魚みたいな面白い顔でこっちを見ている。
なんでこんなとこにいるのあいつ。ってそういえばカリナの宿はこの辺りだったな。
まぁ年頃の娘が色町と目と鼻の先で話しかけられても困るだろうし、放っといてやろうか。
そして俺は今プライベートだ。
もう今日は仕事はしねえ!
サラをスルーし軽やかな足取りで俺はマリーちゃんの元へ向かった。
サラが翌日から暫く、よそよそしくなった。
サラよ、男なんてそんなもんだ。早く慣れろ。
あと、ふざけてレオンを誘ったら本気で足を踏まれた。ごめんて。
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