第8話 火花散る
熊南は部下に尋ねた。
「次の弾が用意できるまで何分かかる?」
「九十秒です」
弾に術をかける部下たち。
熊南は頷いた。
「時間を稼いでくる」
ゆっくりと、それでいて弾むようなステップで、熊南は日向に近づいた。
「エラいことになっちまったなあ、坊や」
その大きな手を日向の背中にパンと置いた。
「あのおっさん、逃げたくせになんで戻ってきたか、わかるか? 考えるまでもねえな。坊やが呪ったからだ」
日向は動かない。
「来るな逃げろなんて、そんなデカい声で叫んだら、逆効果になっちまうよな。坊やの場合、呪っちまうからな」
それから、優しい話し方だった熊南の態度が一変する。
いきなり日向の襟をつかんで持ち上げ、壁に貼り付け、脅しをかける。
「お前がやったんだ! お前が殺した! 無関係の人間を、お前が巻き添えにしたんだ! わかってんのか、ええ!?」
これが熊南のやり方。
自分の力を見せつけて、恫喝して相手を萎縮させ、支配する。
そして日向をゴミのようにポイ投げする。
「お前はもう生きていい人間じゃない。今度はじっとしてろ。すぐ楽にしてやる」
チラリと部下を見ると、部下は準備出来ていると片腕を上げる。
熊南は、動かなくなった日向を満足げに眺め、部下たちの元へ戻った。
その時だった。
「こんな気持ちは生まれてはじめてだ……」
日向が呟いた。
「ああ?」
思わず振り返る熊南。
日向の手から小さな炎弾がひょろひょろと飛んで、熊南の肩に当たる。
熊南からこぼれたのは失望の溜息だ。
「なんだその狐火は。こんなしょぼい狐火、今まで見たことねえぞ。そもそも俺がどこの神さまの力を借りてるか、学校で習わなかったのか……?」
朱雀会が支持する朱雀神の属性は炎である。
朱雀の力を身に宿す熊南に炎を当てたところで効くはずもない。
熊南は自分の胸を叩いた。
「ほら撃てよ。ここに穴を開けるくらいのどでかいのをよ。ここまで俺らを振り回したお前なら撃てるはずだろ? てか、撃ってくれや」
四神会をここまでかきまわしたのだから、それなりに優秀な術者であってほしかったと熊南は思っているらしい。
しかし日向は撃たない。
熊南を睨み続ける。
「……」
熊南もまた、ぼうっと日向を見続ける。
銃撃隊と日向の間に熊南がいるせいで発砲が出来ない。
ただただ時が流れ、やがて熊南は言った。
「よし終わった、帰ろう」
熊南は日向に背を向け、部下に微笑んだ。
「お前らもご苦労だったな。見事な腕前だ」
「え、いやしかし」
「生きてますよ?」
当然戸惑う部下。
「何を言ってる。やつはもう死んだだろ。花火みたいにパーンだ」
辻褄の合わないことを得意げに語る上司を見ているうちに、部下の目がトロンとしてきた。
「わかりました」
「帰りましょう」
「お疲れ様でした」
満足気に来た道を戻っていく。
熊南ご一行がトンネルの奥に消えていくのを見届けた日向は、やがて地面を何度も殴った。
後悔だけが彼を襲っていた。
「もっと早くこれをやってれば……!」
遅い。どうしていつもこうなんだ。
日向は何度も地面を殴った。
――――――――――
それからすぐ、長さんがいなくなったと知った火野医師たちが大慌てで事故現場に駆けつけた。
そこら中に飛び散った大量の血液。
見覚えのある服の切れ端。
彼らはがく然とした。
天藤長吉は朱雀会に射殺されたのである。
そして、その場所に雨宮日向はもういなかった。
――――――――――
日向を処理したと思い込んだ熊南たちは、ゴルフの話などしながら地上に出たのだが、そこで驚くべき事態を見た。
地下街にいたホームレスが、朱雀会の構成員に襲いかかっている。
「おい、こりゃどうなってんだ?」
唖然とする熊南に部下が事態を報告する。
「長さんの仇だと、一斉に襲いかかってきたんです」
「長さん……? さっきの花火おじさんか?」
熊南は地下街で一番からかってはいけない人物に手を出してしまった。
朱雀会への日頃のうっぷんも相まって、大切な仲間をためらいなく殺した連中に地下街の住人は怒りをむき出しにした。
「さすがに民間人なので手を出せず、やられる一方で……」
歯切れの悪い部下。
あたりを見れば、誇り高い朱雀会の構成員がホームレスに一方的に襲われている。水をかけられたり、石を投げられたり。
「あーあ、くだらねえ……」
熊南は天を仰ぎ、こう言った。
「奴らもやっちまえ」
「え?」
部下たちは硬直する。
「し、しかし……」
「いいんだ。俺が許可を出した。連中にわからせてやれ。俺らに逆らうとどんな目にあうかをな」
すると熊南は、暴れていたホームレスの青年に近づき、その大きな手で青年の顔をわしづかみにした。
「今まで黙ってたけどな、お前らを見ていると本当にイライラするんだよ」
ぐいぐいと指が青年の顔に食い込んでいって、青年は悲鳴を上げた。
助けて、やめて、許して。
青年がそう叫んでも熊南は止まらない。
「汚えし! 臭えし! ただのゴミのくせして、あれはいやだ、これはいやだ、あれをよこせ、これをよこせ、ごちゃごちゃ文句ばかりだ! いいかこの際だから言ってやる! お前らなんぞこの国には必要ないんだよ!」
熊南の言霊が、その太い指に火をつける。
ホームレスの青年は顔面を焼かれ、真っ黒な顔になって地べたに這いずった。
両手で顔を覆いながら、熱い熱いと叫び続ける。
仲間達が大慌てでやって来て、彼の全身に水をかけていく。
その光景を得意げに見つめながら、熊南は部下に言う。
「奴らを一掃する良い機会だと思わないか? あの小僧の逃亡を援助したって理由で、襲ってきた連中、全員やっちまおうぜ、なあ?」
いやに機嫌のいい、にこやかな会長に、部下もなんだか笑顔になる。
「会長がそう言うなら……」
「やっちまいますか!」
そして暴力が拡がっていく。
――――――――――
玄武会の長、河北草薙は、雨宮日向に関する捜査権を朱雀会に譲渡したあとは、自身が住んでいるタワマンの最上階で、のんびりゲームをしていた。
リアルな戦闘は強いのに、格闘ゲームは絶望的に下手なので、画面上では自身の操るキャラがボコボコに殴られていた。
そんな中、彼に長年仕える秘書の相馬老人が部屋に入ってきた。
「坊ちゃん、青龍会の海東さまから連絡です。至急話したいと」
しかし草薙は言った。
「今日の仕事はもう終わってる。明日にしてくださいと伝えてくれ」
「そうは言いますが、朱雀会の方々が地下街のホームレスを襲撃しているそうで、至急対策を練りたいとのことです」
その報告に草薙は肩をすくめた。
「やっぱりそうなるか。どうせ大した呪いじゃないと思ってろくな対策しなかったから、まんまと彼の呪いにかかったんだろ」
相馬秘書は首を傾げた。
「それは一体、どなたさまのことで……」
「熊南だよ。あいつが彼の呪いにかかって、地下街の住人を襲えなんて、ありえない命令を出したに決まってるさ」
秘書は深い溜息を吐いた。
「そこまで予測しておきながら、なぜ会議でそれを説明しなかったのです?」
草薙は笑った。
「こう見えて、俺は今、大きな賭けをしているんだよ。だから緊張している。ごらんよ。いつもよりスティック裁きに冴えがないだろう?」
現在、草薙はネット対戦35連敗中であるが、秘書は何の反応もしない。
それはいつものことでしょう、とは言えないのである。
「海東さんに伝えてくれ、熊南の方から歩み寄らない限り、玄武会は雨宮日向の案件についてはこれ以上関わるつもりはない」
草薙はそれ以上、この件に関しては何も言わなくなった。
ちなみにそれから30連敗した。
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