第7話 導火線
トンネルをひとり歩き続ける。
ここまで来るともう笑うしかない。
昨日まで歩いていた道と、今日歩いている道が、あまりに違う。
暗くて、臭い。
僕の通学路はどこに行ったんだろう。
今となっては、日課のように自分を蹴ってきたあいつらまでもが懐かしく思える。
これからどうするか。
歩きながら最善を考えた。
火野から貰ったお金で東京を出よう。これが最優先事項。
近くの駅で電車に乗って、新宿まで行って、特急に乗って、あるいはバスか。
ダメだ。
先のことを考えれば考えるほど、緊張で吐きそうになってくる。
こんなことなら、いっそ見つけて欲しい。
抵抗しないから、どうにもでもして欲しい。
なんならここで電車でも走ってきてくれれば、自分から飛び込んでいくだろう。
いやだめだ。
確か電車に突っ込んで死ぬと、あとで凄いお金を請求されるって聞いたことがある。死んだ後も家族に迷惑をかけるわけにはいかない。
そういえば草薙は、このまま僕が死ねばたくさんのお金が家族に振り込まれると言っていた。
だったら……。
「海にでも飛び込むか……」
そんな捨てばちな考えが良いアイデアに思えるくらいに、日向は病んでいた。
しまいには考えることすら放棄して、線路の上をトントン歩くだけになる。
しばらくして、強烈なスポットライトが日向を照らした。
あまりのまぶしさに身体を反らし、歩みを止める。
遠くから声が聞こえる。
「間違いありません。あの少年です」
「なんだよ生きてたのか。あの野郎、ドヤ顔で言っておいて毒なんか効いてねえじゃねえか……」
日向は気づかないが、それは朱雀会の熊南とその部下の声だった。
部下がしっかりと防呪服を着込んでいるのに対し、熊南は普通の戦闘服しか着ていない。彼ほどの術者なら防呪服の必要がないのだろう。
一方、追っ手に見つかったと気づいた日向はその場を動けないでいる。
抵抗する気力などとっくに失せていた。
もう逃げなくていいんだと感じるだけである。
熊南は、相手が精神的に参っていると気づいた。
「カウントする。構えろ」
なんの迷いもなく指示を出し、部下もすぐさま腰を落として銃を構える。
三つのレーザーポインタが、日向の頭、胸、腰に止まった。
熊南の口が開く。
「10」
日向は動かない。
「9、8」
日向がいる後方から、足音が聞こえる。
「おい兄ちゃん! どこに行くんだよ!」
天藤が追いかけてきた。
彼の声を聞いたとき、日向はようやく我に返った。
焦りが全身を貫く。
「来ないでください!」
大声で叫んでも天藤は笑顔だ。
「何を聞いても火野はだんまりだしよ。ここじゃねえかなと試しに行ってみたら一発で見つけたよ。いや~俺にもまだ運があるな」
天藤の乱入に気づいた熊南。
カウントが少し止まった。
しかしそれも少しの間だけだった。
「7,6……」
日向は全力で叫ぶ。
「近づかないで! 逃げて!」
さらに両手を挙げて熊南に訴えた。
「投降します! 何もしません! 射たないでください!」
しかし熊南は命乞いを無視した。
「5」
一方、射たないでという日向の声で、天藤はようやくヤバい状態に気づいた。
「あ、あいつらなんで銃を構えてんだよ!」
気づくの遅いよと日向は苛立つが、
「だから早く、逃げて!」
顔を真っ赤にして叫ぶ日向を見て、天藤は慌てたように来た道を戻っていく。
「よかった……」
去って行った天藤を見て心から安堵する日向。
カウントは続く。
「4,3……」
日向は両手を挙げたまま、動かない。
目を閉じ、呼吸を整え、すべてを覚悟した。
熊南はその姿を見て、ふうっと息を吐いた。
「ビビらせちゃわりいな。もう射っていい」
タタタンっと三発の銃声。
そして爆発。
朱雀会が使った銃弾は、対象の体内に入った途端に爆発して、対象の身体を木っ端微塵にする炸裂弾だった。
雨宮日向という危険人物が、死してなお呪いを撒き散らさないための手段だったわけだが。
銃弾は日向には当たらなかった。
どういうわけだか、天藤が再び日向の方へ走ってきて、壁になったのだ。
銃弾を三発浴びた天藤の身体は高く浮き上がり、その後、爆発四散して、トンネルのそこらに飛び散った。
日向は、天藤が着ていた服の切れ端が落ちているのを見て、何が起こったか理解したが、その場を動くことが出来なかった。
どういうわけか、日向の身体には天藤の血肉はひとつもかかっていなかった。
その事にはまだ気づいていないが。
「嘘だろ……」
逃げろと言ったのに、どうして戻ってきた……?
「そんな……」
地面に突っ伏し、震える。
盗んだ財布を得意げに見せびらかす天藤や、フラフラになった自分を背負ってくれた天藤の背中の熱を思い出す。
もうあの人はいない。
欠片もなくなった。
人間って、こうも簡単に無くなってしまうんだ。
「なんで……!」
考えるまでもない。
僕のせいだ。
僕の呪いがあの人にかかってしまったから、あの人は戻ってきたのだ。
死にたくないと強く思ってしまったから……。
「くそ……!」
全身にのしかかる罪悪感に日向は潰されそうになりながら、地面を何度も殴った。
それを熊南はじっと見ていた。
まるで汚物を見るような冷めた眼差し。
「さて、そろそろ始末するかね……」
熊南はそう呟いた。
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