第9話 下を見る男、空を見る子供
熊南会長の指示の下、朱雀会の構成員が地下街のホームレスに対して激しい暴力を振るう姿が、SNSや報道番組で一斉に公開された。
この瞬間に朱雀会は悪者になった。
一体何でこうなったか、経緯なんてどうでもいい。
フル装備の朱雀会員が、戦うという行為に関しては素っ裸同然の素人をよってたかってボコボコにする時点で、どっちが悪いか、あっと言う間に世間の審判が下る。
この暴力は二時間も続いた。
日向に呪われた熊南が我に返るまでにかかった時間だ。
地下街のホームレスのほとんどが、パトカーあるいは救急車に乗せられていったので、周辺は驚くほど静か。
地下へと続く階段に熊南は腰掛け、頭を抱えていた。
自分がやらかしたことにはもう気づいている。
地下街の住民には元々から嫌悪を抱いていたものの、このやり方はあまりにも極端で、批判は殺到するだろう。というか、もうなってる。
それでも、しくじったとは口に出せないし、自分の過ちも認めたくないから、とりあえず捕らえたホームレスは留置所に押し込んでおけという指示は出した。
それ以上に熊南を動揺させているのは、雨宮日向が消えたことだ。
状況報告をする部下の知らせに、熊南は失望する。
「影も形もないだと……?」
部下は熊南が暴れないよう祈りながら現状を報告する。
「実を言うと、六十分前に六本木で路上鑑定機を使用したことが判明しまして」
鑑定機とは、自分の得能や術力がいかほどかわかる判定機のこと。
マイナンバーカードやパスポートにそれらを書き込む必要があるため、証明写真機と同じく街の至る所に置いてある。
どの鑑定機も必ずネットに繋がっているので、雨宮日向が鑑定機を使用したのであれば、すぐにその情報は四神会に届くし、実際そうなった。
だからこそ熊南は驚きを隠せない。
「そこまでわかってたのに取り逃がしたってのか……?」
部下は熊南から目をそらしつつ報告を続ける。
「自動通報が届いて一分後には現場に到着したのですが、その時点でもうどこにもいなくなっていて……、まさしく影も形も無いのです」
「なるほどね……」
熊南は脱力しすぎたのか、とうとう笑い出した。
「海東の報告書は間違ってなかったわけだ。ガキの隠密スキルはフルパワーになると厄介だってな……」
疲れ切った上司を見て、部下はおそるおそる話しかける。
「もう死んでいるのでは……」
「東京湾に飛び込んだってか? そうあって欲しいけどな。これから死のうとする奴が鑑定機なんか使わねえよ」
熊南はポンと部下の背中を叩いた。本人は軽い力のつもりでも、部下は一瞬息が止まり、激しく咳をした。
「ああ、悪い。またやっちまった」
苦笑しつつ熊南は部下に指示を出す。
「生きてようが死んでようが見つけないと解決にはならん。白虎の衛星を使うぞ」
「は……」
あからさまに「嫌だなあ」って顔をする部下。
衛星を使うとは、つまりめちゃめちゃ金がかかるってことなので、要するに今年のボーナスが減るかもしれないということになる。
「やるしかないだろ。急げ」
「はい……」
無念そうに去って行こうとする部下を熊南は慌てて呼び止めた。
「ホームレスを一番ボコったのが誰か、後でデータをまとめておいてくれ」
「それはなぜ……?」
「後で表彰するんだよ」
なるほどと頷いて部下は立ち去る。
熊南は嘘をついた。
ホームレスに対して一番暴力的だった男をすべての元凶にしようと企んでいるからである。
どちらにしろ、雨宮というクソガキを見つけてからの話だが。
「あの野郎……」
日向への殺意は増すばかりだ。
生きてたら今度こそ首の骨を折って殺してやる。
生きてなくても同じことをしてやる。
そのイメージを脳内で再生させて自らに活を入れた後、熊南は現場に戻っていった。
――――――――――
夜中になった。
東京は眠らない。
ずっと光っている。
日向は六本木にある高層ビルの屋上にいた。
地下に逃げて見つかるくらいなら、高いところに逃げようと思った。
キラキラの夜景を見ながらいちゃつくカップルだらけのスカイデッキに、ジャージを着た子供が張り詰めた顔でずっと星空を見ている。
そんな怪しい少年に誰も気づかない。
朱雀会のヘリコプターが何台も空を飛んでいるのに、日向に気づくことはない。
日向は今、鑑定機の結果が書かれた用紙をじっくりと眺めていた。
狭い部屋の中にあるレンズに両目を当てて、ここに手を置けといわれた場所に手を置いたら、十秒くらいで自分の「才能」が判明した。
言霊力 2
得能
一、隠密 気配が消える。
二、攪乱 自分の周囲にいる人間を無差別に混乱させる。
三、修羅 所有者の精神状態が正常から大きくかけ離れたとき、所有者の言霊力が大きく向上する。
四、不明 効果不明
注意:二から四の得能は穢れによって付着した呪力の可能性があります。ご自身の生命を守るため、お近くの病院で至急穢れを浄化してください。
とまあ、二枚目の用紙には、ご丁寧に近隣の病院がずらりと書かれていたが、いまさら浄化される気にはならないし、浄化できるはずもないだろう。
日向は用紙を見て笑った。
「めちゃくちゃだ……」
言霊力が少なくて、得能が隠密だというのは前からわかっていた。
だから月一で学校でする鑑定検査が嫌いだった。
自分に才能がないと月一で思い知らされるからだ。
しかし今や、聞いたこともない得能が三つもくっついている。
撹乱に、修羅。どれもおぞましい内容。
さらに得能の四に関してはなんもかんも不明だ。
これは四神会が作った得能リストにないってこと。
四神会が結成されてから千年経っているが、その歴史において今まで見たことのない得能を持った奴、それが自分なのだ。
「こんなあぶない奴、そりゃ殺すよな……」
草薙会長の判断は間違ってなかった。
こんな奴、生かしておくのは危険だ。
自分が逆の立場でもそう考える。
自分のせいでこれまで何人、血を流しただろう。
あの救急車の事故に巻き込まれた人たち、天藤さんを助けるために呪ってしまった若い男。
自分がいなければ、彼らは今も無傷でいた。
そして何より、天藤さんだ……。
彼はもういない。遺体すら残らなかった。
日向は両手で顔を覆った。
「僕のせいだ……」
銃口を向けられたとき、死にたくないと願った自分の呪いを浴びたことで、天藤さんは僕を庇うなんておかしな真似をしてしまった。
僕が生きている限り、同じようなことが何度も起きるかもしれない。
これ以上、誰かを巻き込むのは嫌だ。
だとしたら……。
ここから飛び降りるべきだろうか。
それが世のため人のため、って気がする。
しかし……。
「まだだ」
身体の奥から怒りが湧いてくる。
この怒りを沈めないと次に進めない。
熊南の顔が浮かんでくる。
天藤さんを呪ったのは確かに僕だが、撃てと命じたのはあの男だ。
あの男が許せない。
相手は朱雀会の大物だってのは知っている。
だけど、それがどうした。
「死ぬのは、あいつを倒してからだ」
ならばどうする?
どうやってあいつに近づく?
ダル校の落ちこぼれが、朱雀会最強の戦士をどうやって倒す?
考えろ。
夜は長い。
きっと答えは見つかる。
「朱雀会の本部は東京にあるんだよな」
確か東京にある建物の中ではスカイツリーの次に大きなビルだと学校で習った。
スカイデッキから東京を見回す。
ニョキニョキとタケノコのように伸びるビルの中に、朱雀会のビルがあるはず。
「追われるくらいなら行ってやる」
鑑定機の結果を日向は熟読する。
隠密。
人から気づかれにくくなるだけのハズレ得能。ゴミスキルだ。
しかし、これまでのことを考えれば、誰にも見つからずにこんな所まで来れたのは隠密スキルのおかげとしか思えない。
これはつまり、修羅というおっかないスキルのおかげで、自分の隠密得能が飛躍的に向上しているからじゃないのか?
だとしたら……。
修羅という恐ろしい得能が、こうしている今も発動してるってことだ。
だとしたらだ……。
今の自分は結構強い。そう考えていいかもしれない。
「ってことはだぞ……」
あの最悪な攪乱という呪力得能もフルパワーで使えるってことになる。
少しづつ答えが出てきた。
どうすれば熊南を倒せるのか。
そのためには何が一番必要なのか。
「殴り込みだ」
日向は決意した。
その顔は笑っていた。
こんな気持ちは生まれて初めてだった。
朝が怖くない。
むしろ待ち遠しい。
「やってやる」
日向の中で何かが変わりはじめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます