第13話 戦う

「宝物殿にいるのは俺たちだけだ。あとはみんな外に出した」


 周囲を見回す熊南。


「空気が軽いな。滝夜叉の呪力が失せている。お前ってやつは、本当にあれを自分のモノにしたようだ」


 熊南は笑っていた。


「俺たちはな、千年も滝夜叉を護ってきた。今ある場所から1ミリも動かすなって掟に真剣に従ってきた。そいつがどんな形してんのかわからねえまま、ひたすらだ」


「はい。さっき本で読みました」


 床に置いた宝物殿目録を指差す日向。

 熊南は苦笑する。


「なら知ってるよな。自分なら滝夜叉を使いこなせると勘違いした連中がどんだけいたか。ヤバい貴族、ヤバい坊主、ヤバい殿様、ヤバい術者、ヤバい軍人……、ご先祖さまは命がけでそいつらから滝夜叉を守ってきたんだ」


 偉大なる先人の苦闘を思い出し、熊南は天を見上げた。


「それだってのに、まさか、こんなガキにやられちまうなんて。俺は伝説になるよ。悪い見本としてよ」


 珍しく自分を卑下しても、その表情は晴れ晴れとしている。

 やることはひとつしかないとわかったから、かえって気が楽になったのかもしれない。


「この際だから教えてくれ、滝夜叉ってのはどんなんだ?」


「これです」


 ポケットから黒い桐箱を取り出す。


「おいおい、ずいぶん小っちゃくないか……」


 距離が離れているせいで熊南はそれが何か識別できず、腰袋から単眼鏡を取り出して確認した。


「ただの箱?」


「中におふだがたくさん入ってます」


「そんなんかよ! 俺はてっきり、どでかい刀か、ごつい甲冑だと思ってたのに……」


 失望を隠せない熊南であったが、それを引きずることはなかった。


「まあ、なんだっていい。形がどうあれ、滝夜叉がべらぼうに強いのはこれまで散々わからされてきた。東京が他と違ってバケモノに襲われなかったのはこいつがいたからだ。滝夜叉はその呪力で、人間だけじゃなくバケモノまで遠ざけてたんだよ」


 熊南は刀の柄に手を置き、姿勢を正した。


「お前が滝夜叉を奪ったことで、東京を千年護ってきた呪いは失われる。これから東京がどうなるか、考えなくても分かるだろう?」


 日向は頷く。


「持ち出すつもりはありません。目的を果たしたら、ちゃんと返します」

 

「目的ねえ……、何がしたいんだ?」


 日向はじっと熊南を見た。

 それが答えだった。

 熊南の口が狂気を感じる笑みへとゆがむ。


「昨日とはまるで別人になったな。いい顔だ。いかれてきやがった!」


 熊南は華麗な動きでさっと長刀を抜いた。


「強くなるってのは狂ってくってことだ。どっちの頭がおかしいか、ここで決めようじゃねえか……」


 熊南の眼が赤くなる。

 術力全開。本気モードだ。

 

「お前の首を切り落としたら、その頭は俺の部屋に飾る。俺は目覚める度にお前の頭を見て、今日を思い出す。わかるだろ、いい気になるなってな」


 日向は動かない。

 棒立ちだ。

 しかしその眼差しはしっかり熊南を見据えている。

 恐怖はない。緊張もない。

 

 かといってリラックスしているかと言えばそうでもない。

 冷静でいられるわけもない。

 

 日向は集中していた。

 これから起きることすべてを、見逃してはならない。

 好機がきたと思ったら、すぐ飛びつくのだ。


 まず仕掛けてみる。


「その刀、重くないですか?」


「ああ?」


 熊南の巨体がピクッと震える。

 構えに緊張が走ったのを日向は見逃さない。


「そんなに重い刀、持てないでしょう?」


「……」


 刀の切っ先がかすかに揺れた。

 熊南は一瞬だけひるんだのだ。

 日向の呪いを喰らって刀を持てなくなるんじゃないか。

 その懸念が、わずかでも熊南を狼狽させた。


 熊南も無策だったわけではない。

 ただの子供に二度も呪われるなんて無様がすぎるから、徹底的に準備した。

 戦闘用ボディスーツ、胸当て、下着、靴、無線機など、身につけたすべての装備にこれでもかと防呪処置を施した。

 ここまでやれば大丈夫だという思いはあっても、実際のところはわからない。


 果たして日向の呪力は熊南のフル装備を突き破るのか。


 静寂。

 熊南も日向も動かない。


 次第に熊南の顔が紅潮してくる。

 刀は今もその手にしっかりと収まっていた。


「効かなかったようだな……!」


 歯をむき出しにして喜ぶ。

 熊南が唯一恐れていた「呪われる」心配はなくなった。

 であれば、やることはひとつだけ。


「今度はこっちから行くぞ!」


 呪力さえなければ相手はただのガキ。ひねりつぶせる。

 勝機は自分にあると熊南は確信しただろう。


 しかし日向は冷静だった。

 呪いが効かないことも予定通りだ。


 むしろ、呪いを克服したと相手に勘違いして欲しかった。

 それがあの男の油断になり、日向の勝機に繋がる。


 日向の狙いは変わっていない。

 熊南に呪いをかける。ただそれだけ。

 

 さっきのような遠距離ではなく、これ以上ないくらいに接近して、耳打ちするくらいの距離で決める。

 言わば呪いのゼロ距離射撃。

 これならどんな対策をされても呪いは効く。

 効かなければ部屋の飾りになるだけ。


 別にそれでもいい。今さら失うものもない。


 であれば、どうやって熊南に近づくのか。

 それはこれからの展開次第だ。

 

 熊南は片腕を突き出し、力を込める。

 

朱雀火すざくび……、膨れ上がれ……!」


 朱雀会の長しか使えない最強の炎術が、熊南の言霊によって発動する。

 丸太のような熊南の腕に、赤い炎がまとわりつく。

 やがて炎は鳥のような形に変貌していった。

 

「奴を喰らえ!」


 熊南の雄叫びと共に、朱雀火が日向目がけて飛んで行く。


 日向もまた叫んだ。


「滝夜叉、頼む!」

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