第14話 最後のあいさつ
日向は横に走った。
と同時に、背後に隠れていた一枚の札がうねるような動きで宙を舞い、朱雀火にぶつかっていく。
朱雀火は八方に弾け、消失した。
「おおっ!?」
熊南が仰け反って驚くその隙に、日向は消えた。
自分の隠密スキルを使って、熊南の視界から消えようと考えたのだ。
身を低くしながら、熊南の横方向へと移動する。
熊南の視線は日向を追うことはない。
朱雀火が爆散したことに驚いたことでわずかな間ができた。
日向はその隙を突いて自らの得能「隠密」を発動させた。
「おっと」
日向の姿が消えたことに気づく熊南。
「なるほど、そうするよなあ」
正しいことだと言わんばかりに何度も頷く熊南。
その間に日向は男の背後に回り込んでいた。
チャンスが来た。
このまま気づかれないうちに接近し、呪詛してやればいい。
しかし、朱雀火を爆散させた札が戻ってきて日向の顔面に立ち塞がる。
これ以上進むなと言わんばかりにくるくる回った。
なぜ滝夜叉が日向を止めたのか、すぐ理解できた。
熊南は両目を閉じた。
刀を上段に構えながら、ゆっくりと呼吸しつつ、精神を高ぶらせて日向の気配を探っている。
「わかってる。お前は俺に近づきたいんだろう。呪力は効かないし、唯一の飛び道具の狐火だって武器にはならない。お前にはもう捨て身の特攻しか残ってないんだ」
さすがにプロ。百戦錬磨。
素人の浅知恵などお見通しである。
「来いよ。返り討ちにしてやるから」
目を閉じたまま凶暴に笑う。
日向は動けなくなった。
息することもためらわれる。
気配の消し方なんて学校では習っていない。
どうやってあの男に接近するべきか考えがまとまらないうちに、かすかな衣擦れを熊南は察知した。この男にはそれで充分だった。
熊南の目がカッと開く。その瞳はしっかり日向を捕らえていた。
「そこだ!」
刀を豪快に振り下ろす。
切っ先から吐き出される炎がこっちに襲いかかってくる。
焼けるような熱さと共に、日向は壁に吹っ飛ばされた。
「しまっ……!」
逆にこっちが隙を見せてしまった。
一度攻撃を喰らうと勢いを抑えられなくなる。
背中が激しくぶつかって、壁の一部が崩れる。
飛び散ったガレキが日向の頬に切り傷を作った。
しかし。
「あれ……?」
それ以上の痛みはない。
あんなに激しくぶつかったのに、ほぼノーダメージ。
なぜかは想像が付く。
滝夜叉の札が後ろに回り込む姿が一瞬見えた。
「これは……」
札が僕を守ってくれている。
朱雀火を防いだときは滝夜叉にそうして欲しいと頼んだからだが、今回は滝夜叉の方から勝手に動いてくれた。
「……」
わかってきた。
滝夜叉をどう扱えばいいのか。
滝夜叉とどう戦えばいいのか。
「いける……」
そう呟いたはいいが、熊南は攻撃の手を緩めなかった。
「おらっ、こっちに来たいんだろ?!」
身体が熊南の方に引きずられていく。
抵抗できない。凄い力だ。
滝夜叉札が慌てたように日向の手に貼りついて日向を引き戻そうとするが、日向はあえて首を振ってその助けを拒んだ。
札と目が合うという表現は妙であるが、この瞬間、滝夜叉と日向の狙いは同じになった。
日向から離れ、上空へ飛んでいく札。
札のサポートがなくなった途端、日向はゴロゴロと熊南の方へ転がっていくが、ポケットに突っ込んでいた滝夜叉の木箱を手に取っていた。
一方、熊南にとっては待ちに待った瞬間が近づいている。
「このガキが!」
日向の頭をサッカーボールのように蹴り上げる。
体が宙に浮く。
全身が天井にぶち当たる。
しかし木箱から飛び出た札が日向と壁の間に入ってダメージを打ち消す。
痛みはなかったが、天井から床まで真っ逆さまに落ちる。
顔から落ちたので鼻血が大量に出てきた。
日向はその血を手に塗って、体のあちこちに付着させた。
効いていると熊南に思わせたかった。
効果があったかどうかはわからないが、ここから熊南のラッシュが始まった。
「おらおらおら!」
また術で引き寄せ、今度は腹を蹴る。
「いくら滝夜叉を手に入れてもな……!」
日向の髪をつかみ、その大きな拳で何度も殴る。
「お前みたいな無能が手にしたところで人並みになるだけだ!」
殴る、蹴るを繰り返す。
ひたすら日向をいたぶった。
それを熊南は楽しんだ。
死ぬギリギリまでいたぶって最後に首を切り落とそうと考えたのかもしれないが、やがて熊南は気づく。
思っていたより効いていない。
かすり傷ばかりだ。
日向は壁によりかかりながら静かに言った。
「そろそろ終わりですか……?」
手や顔は傷だらけだが、それは飛び散ったガレキで出来た切り傷であり、熊南の攻撃は一切効いていない。
熊南は舌打ちした。
「滝夜叉の守護か、随分と忠犬な術具だな……」
しかしこの男はまだ余裕だ。
ここまではいわば今までのお返しで、ただの余興。
彼はまだ本気を出していない。
朱雀会の長にしか出来ない究極の技が残っていた。
「朱雀、降りてこい」
朱雀召還。
日本を守ってきた四神の一つ、朱雀の力をその身に宿す。
言霊力だけでなく身体能力も百倍以上強化される。
熊南の目が赤く染まる。
毛が逆立って揺らぐ。
熊南が持っている霊剣の刀身が紅くきらめけば、熊南は神と融合し人を超える。
はずだったのだが。
「む……?」
熊南が持つ刀に無数の札が貼りついていた。
「滝夜叉……?」
唖然とする熊南。
彼はわかっていなかった。
滝夜叉はひとつの武器ではない。
あの箱に入っていた札の一枚一枚が滝夜叉であった。
中に札がたくさん入っていると日向から聞かされたとき、彼はこうなることを予測しておくべきだったのだ。
日向をボコボコにしている最中から、日向が持っていた木の箱から札が勝手に飛び出し、彼を守っていた。
だけでなく、熊南の持つ霊剣にも取り憑いていたのだ。
刀のあちこちに穴が開いている。
滝夜叉は霊剣の生命を吸い尽くし、枯れ葉のようにした。
ポトリと床に落ちる霊剣をがく然と見つめる熊南。
霊剣が失われた以上、朱雀召還は成立しない。
その身に宿った炎の力も失せる。
日向はその一部始終を見た後、熊南に言った。
「さっきわかりました。滝夜叉はそのすべてが僕の手足で、盾なんです。僕の脳と直結して、思ったとおりに動いてくれる」
日向はゆっくりと手を伸ばす。
「それに滝夜叉も僕の力を扱える。たくさんの札が飛び出したのにあなたがまったく気づけなかったのは、彼女が僕の隠密スキルを使ったからです」
「彼女だと……? どういうことだ……?」
どうして滝夜叉を彼女と表現したのか自分でもわからないので、日向は熊南の追求を無視することにした。
もう戦いは終わりに近づいている。
「あの刀が無くなった以上、あなたにとっての盾は無くなったはず」
その小さな手から狐火が飛び出す。
いつものようなひょろひょろ弾を見て熊南は呆れかえった。
「お前も学習しねえな……、そんなもんが俺に……」
余裕でいられたのはわずかな時間だけ。
哀れなまでにショボい狐火は、熊南に近づいていくうちに、徐々に勢いが強くなり、またどんどん小さくなっていく。
それはまさに銃弾だった。
熊南は青ざめた。
「いかん!」
両手をクロスして防壁を作る。
しかし遅かった。
炎の銃弾は熊南の肩を射貫いた。
「おっ……」
地面に膝を突く。
口から血を吐く。
全身が震える。
「馬鹿な……」
狐火など、術者一年生が最初に習う基礎の基礎である。
朱雀火が頂点なら、狐火など最低ランクだ。
なのに、熊南が目にしたものは狐火を遙かに越えた別の何かだった。
滝夜叉のそもそもの効果は、術者の能力を大幅に向上させるが、その生命力を奪う呪いがあるというものだった。
しかし雨宮日向にその呪いは効かない。
それでいて術者の能力を向上させる効果だけは普通にかかった。
ただの狐火が、滝夜叉によって朱雀火を越える炎弾となり、熊南の肩を貫通した。
血が流れる傷口を手で塞いだまま動けない熊南を見て、日向は言った。
「さてと」
ゆっくり熊南に近づくと、自分の口に手を当て、ペリペリと札を剥がす。
熊南はがく然とした。
「自分の口に滝夜叉の札を貼ってたのか……?」
「はい。これをすると呪いが人にかからないんです。しかも普通に会話できるし」
「……」
日向はトラップを仕掛けていた。
刀が重くて持てないはずだと言ったときは、そもそも滝夜叉の札を口に貼っていたから、呪いがかかるはずがなかった。
しかし熊南は自分が日向の呪いを克服したと勘違いして、またも本気を出さなかった。戦いを楽しんでしまった。
どうすれば熊南に舐めプさせることができるか、日向は目まぐるしく変わっていく戦況の中、その機会を伺い、モノにした。
もはや熊南に抵抗するすべはなかった。
日向は奴の耳元でこう囁いたのだ。
「熊南さん、僕と一緒に死にましょう」
熊南の身体がびくっと震える。
その目が虚ろになる。
日向はなおも言った。
「僕と一緒に死んで、先に逝った天藤さんに謝罪しましょう」
熊南は瞬きひとつせず、口は半開きのまま、唾液を流し続ける。
日向は、抜け殻同然と化した熊南の足をつかみ、エレベータまで引きずる。自分より二回りもデカい筋肉のかたまりをいとも簡単に引っ張っていった。
日向は屋上に行って、熊南と一緒に飛び降りるつもりだったのだ。
次の更新予定
ボクはノロイ ‐ 呪い子だと追放されてホームレスになりましたが、呪いの力で最強になったみたいです。 はやしはかせ @hayashihakase
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