第12話 滝夜叉
天藤さんを撃った熊南を倒す。
普通に考えれば不可能なことをどうやって可能にするか考えていたとき、日向は思い出した。
救急車で運ばれているとき、草薙の部下がぽつりと言った言葉。
朱雀会が持っている滝夜叉を超える力が僕にはあるんじゃないか。
この時、閃いた。
もし自分が滝夜叉を手に入れることが出来たら逆転するかもしれない。
追う側と、逃げる側の立場が。
倒す側と、倒される側の立場が。
それしかないと思った。
そして動いた。
宝物殿には簡単に入れた。
グッズ売り場にあった目録で滝夜叉のことも調べた。
確かに異常な武器だった。
平安末期の頃だ。
ヌエという強大な悪鬼が都を荒らし続けた。
朱雀会の長だった三代目の熊南が滝夜叉を手に取ってヌエと戦った。
ヌエは倒されたが、三代目も滝夜叉の呪いによって死んだ。
事実上の相打ちだった。
滝夜叉は三代目の死骸の上で無作為に呪力を放出し、民の命を大量に吸った。
結果、ヌエに殺された数より滝夜叉の呪いで死んだ数が多かったという皮肉な結果になった。
このままでは都から人がいなくなるとして、青龍、白虎、玄武それぞれの長が協働して滝夜叉を封印し、東国の地に運び、塔を造って最上階に保管した。
それぞれの長は都に戻ると一週間も経たずに力尽きて死んだ。
四神会の長すべてを呪殺した最狂の術具、滝夜叉。
滝夜叉が保管された塔は現在も「
長い時間を経て夜叉柱は何度も補強されてきたが、滝夜叉そのものに触われない以上、現場から動かすことも出来ない。
そこで、奈良の大仏のように、大きな屋根付きの建物を夜叉柱にかぶせ、その建物をどんどん大きく、さらにガチガチに硬くしていくというやり方で夜叉柱を守ってきた。
そして今、夜叉柱は朱雀宝物殿と呼ばれる立派なビルの中にある。
つまり朱雀宝物殿ビルは夜叉柱を守るために作られた建築物だった。
そして朱雀会が誇る最大の宝物が滝夜叉であり、夜叉柱なのである。
滝夜叉は宝物殿の地上五階に眠っている。
今もその力は失われていないから一般公開なんて不可能だし、封印されてから一度も滝夜叉を見た人間はいない。
なにせ近づくだけで死んでしまうからだ。
朱雀界の重鎮ですら、滝夜叉が眠っている一室の扉を開けたことがない。
というか開かない。
扉を作った三人の術者が、その血で結界を書いたからだと言われている。
しかし、その扉こそが朱雀宝物殿、最大の売りだった。
いわばモナリザだ。
平安末期に作られた木製の扉が今もなお健在で、そこには数多くの高名な術者によって書かれた封印札がそこかしこに貼り付けられていた。
そして札の文字はすべて、その術者の血で書かれている。
見れば見るほど恐ろしいが、なぜか美しくもある。
何より、今の自分が生きているのは、長きにわたって妖魔と戦ってきた四神会のおかげだと染み入る。
その扉の前に雨宮日向がいた。
「ここか」
とんでもなく広いホールだ。
五階にあるのは夜叉柱の最上階だけ。
扉を開けたその奥に滝夜叉が眠っている。
いつもならここは大勢の入場客でごった返しており、離れた場所からあの扉だけを見て帰っていく。
「体調が悪くなった方は申し出てください」というメッセージボードが生々しい。
日向は立ち入り禁止ゾーンを平然と進んで、扉に近づく。
千年の時を経ても全く古びない観音扉。
大量に貼りついた札。札に書かれた赤い文字。
扉の前で激しい戦いがあったと思わせる刀の傷。火の痕。
扉に手を触れる。
すべすべした木の柔らかさが心地よい。
押してみる。
びくともしない。
ならば引いてみようと思っても、取っ手がないからできない。
ならばと、お札を片っ端から剥がしていく。
一枚一枚に術者の名前があって、学校の授業で知った有名な人物の名前もあったが、お構いなしに取っていく。
剥がす度に札は塵になった。
最後の一枚は扉の真ん中に貼りついていた。
この一枚だけ、剥がすときに抵抗があった。
本気以上の力を出さないと剥がれなかった。
札には安倍晴明という名が記されていたが、お構いなしに投げ捨てた。
札が無くなると扉は勝手に開いた。
中は真っ暗。
霧が渦巻いている。
ひんやりとしていて、冷凍庫みたい。
「お邪魔します……」
ゆっくり入る。
霧の中を進んでいくと、奇妙なものを次々に見た。
小さな女の子が侍に抱っこされて笑っているとか。
綺麗な女性が髪を振り乱して何か叫んでいるとか。
法術を着た小さな男の子が真剣な眼差しでこっちを見ているとか。
どうやら滝夜叉という呪具に関わってきた人たちのエピソードを見せられているようだが、
「すいません、忙しいんで……」
特に気にせず歩き続ける。
やがて霧は晴れ、幻は失せ、暗闇だけが残った。
どこへ行けばいいのか、途方に暮れる日向の前に、さっき幻で見た男の子が立っていた。
小柄な自分よりもさらに小さい男の子だったが、その態度は堂々としていた。
「覚悟があるのかないのか定かではないが、その意思は認める」
男の子はそう言うと、ある方向を指さした。
「歩け。女の形見はその先にある。しかし進めば、もう戻れない」
日向は男の子に答えた。
「もう今の時点で戻れないんで、行きます」
男の子は消えた。
彼が指さした方向に歩き出す。
コツコツと足音だけを響かせて闇の中を歩く。
どれだけの時間が経っただろう。
とうとう辿り着く。
滝夜叉。
それは手の平で包めるくらいの小さな桐箱だった。
光沢のある黒がとても美しい。
日向の顔が写り込むほどだ。
箱を開けてみると、無地のお札が何枚も入っていた。
「……」
吸い寄せられるように日向は札を一枚とり、その口に貼り付けた。
札は日向の身体に吸い込まれていく。
どうしてこんなことをしたのか自分でもわからない。
けれど初めからこうなることが決まっているように思えた。
「これでいい」とまで言った。
それが合図だったのだろうか、一枚の札が勝手に浮き上がり、日向の周りを衛星のように回り始める。
日向は笑顔になった。
「やあ、よろしく」
挨拶をした途端、暗かった室内が明るくなった。
照明や窓なんてひとつもないはずなのに。
「狭かったんだな……」
自分の部屋と同じくらいの広さでしかなかった。
あんなに歩いたのはなんだったんだろう。
違う世界にでもいたのだろうか。
札が「もう出ましょう」とばかりに扉まで飛んで行く。
日向はそのあとを追い、扉を開けて外に出た。
離れた場所で、熊南が立っていた。
エレベータの前にいる。
「とうとう手に入れたのか……」
熊南は静かに言った。
日向は返事をせず、後を着いてくる札にこう言った。
「あの人と戦うよ」
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