第11話 日向の狙い

 日向と朱雀会構成員との距離は、メガホンを使わないと声が聞き取れないくらいに離れている。

 しかし、話を聞いてくださいと構成員に呼びかけたとき、日向は特に大声を出したりはしなかった。

 いつも通りであり、どちらかといえば人並み以下の声量。

 なのにその声は、中庭にいた構成員すべての耳に届いた。


「大事な話です。あなたの横にいる人は、あなたのことを怖がっています。いなくなればいいって、そう思ってる」


 いきなり何を言うんだと首を傾げる構成員たち。

 日向は警告する。


「気をつけてください。あなたの横にいる人は本当は僕じゃなくて、あなたを撃ちたいんです。眼を見ればわかります」


「……?!」


 何人かの構成員がぎょっとした顔で隣を見る。

 そのうつろな視線に気づいた仲間が違う違うと激しく首を振る。

 そんな状況があちこちで起こった。


 日向の呪詛が朱雀の男たちの意識をかき乱していく。


 現場のリーダーが慌てて叫んだ。


「イヤホンの出力を最大に上げろ! 呪われるぞ!」


 防呪対策として耳に突っ込んでいた特殊なイヤホンが呪力を遮断してくれるはずだったが、


「もう上げてます!」

「効果がありません! 声が突き破ってくる!」


 構成員が口々にわめき出す。

 日向の声は耳を通らず直接脳内に流れ込んでいるようだった。


「後ろにいる人もそうです。僕にはわかります。あなたの背後にいる人は今、こっそりナイフを持っていて、あなたの背中を刺そうと隙を狙ってる。ほら、いま、ナイフを取り出しました」


 この直後だった。


 ひとりの構成員が、真後ろにいた別の構成員を銃でぶん殴った。

 不意の一撃を食らった構成員、鼻血を流しつつ、殴ってきた男を見上げるや、


「やっぱりお前か……!」


 発砲してしまった。

 ゼロ距離状態だったため、放たれた麻痺弾は相手の肩を貫通した。


 これをきっかけに朱雀会は総崩れになった。

 仲間割れと同士撃ちだ。


 理性が決壊して、暴力が溢れる。

 あちこちで銃声が鳴り、あちこちで悲鳴がわき、あちこちで罵声が飛び交った。

 

 もはや止める人間もいない。

 最後の一人になるまで戦い続けるバトルロイヤルが始まってしまう。

 

 朱雀会のドタバタを日向は他人事のように眺める。

 今の自分ならこれくらいのことは容易にできるんじゃないかと想定していたが、思いのほか上手くいった。


「それじゃ失礼します……」


 殴り合う男たちの間をすり抜けながら、日向は宝物殿に入っていく。



――――――――――



 これら一連の流れを、熊南は車内のモニターで見届けた。


「突破されただと……」


 乱闘する部下を見て金縛り状態だが、こうしている間も少年は動いている。 


 宝物殿にいた来客や一般スタッフは既に地下シェルターに避難させているので、一階の広間はもはや少年の庭と同じ。

 段積みにされたパンフレットを手に取り、熟読しながらグッズ売り場へと向かって、何か物色している。


「何やってんだ……?」


 モニターに映る雨宮日向はただの不審者である。


 グッズ売り場にあった朱雀宝物殿の目録を手に取り、ながら見しながら歩くが、目録はとても分厚くて重いから途中で落としてしまい、その巻き添えを食らったグッズの一部が床に散乱し、日向は大慌てでそれを拾い集める。


 熊南は失望した。

 こんな奴に朱雀会の精鋭がやられたのかと。


 やがて日向はエレベータの前に立ち、ボタンを押した。

 熊南は大慌てで指示を飛ばす。


「エレベータ、稼働停止!」


 指示はすぐに実行された。


 日向がいくら待ってもエレベーターが来ることはないが、待っている間に目録を熟読しているようで、まだ気づいていない。

 

 熊南はそのわずかな時間を使って残った部隊に指示を出す。


「奴が乗るエレベータを地下二階に移動させろ! フロア35で迎え撃て! 必ず仕留めろ!」


 日頃の訓練がしっかりしているので、部下たちは迅速に命令を遂行する。

 

 やっとこさエレベータのドアが開き、日向は乗り込んだ。

 展示場がある二階に行こうとボタンを押したが、エレベータはそんなの無視して地下へと潜っていく。

 しかし日向は気づいていないようだ。

 手にした目録を読むことに夢中になっている。


 地下二階は従業員専用の場所であり、フロア35とは日向がエレベータから出た先にある通路のこと。

 エレベータの扉が開くと、既にそこには大勢の武器を持った構成員がいた。


「あれ?」


 思っている場所と違うところに出た。

 しかもたくさんの人が自分に向かって銃を向けている。


 熊南は無線機に向かって吠えた。


「やれ! やっちまえ! もう殺っていい!」


 さっきは「俺が殺すから生け捕りにせい」と言ってしまったことで、隊員に遠慮があった。その隙をあいつに利用された。

 

 しかし今は違う。

 遠慮なくフルパワーで行ける分、殺す方が生け捕りより簡単、というのが熊南の考え方なのだ。


 彼は勝利を期待した。


 宝物殿を長きにわたって護り続けてきた頼れるベテランたちによって、生意気な小僧は間違いなく始末される。その瞬間を待った。

 

 しかし、結局は総崩れになった。


 殴り合い、つかみ合い、自分の頭を壁に何度もぶつけたり。

 ひとりがおかしくなると、そばにいた別の奴がおかしくなる。

 狂気が連鎖していって、理性が失われた動きはもはやダンスである。

 

 日向はエレベータの中に戻ると、元々行きたかった地上二階のボタンを押す。

 そこには一般公開されている宝物の展示場がある。

 エレベータの扉がゆっくり閉まった。


 硬直していた熊南は慌てて指示を出した。


「エレベータを止めろ!」


 しかし絶望的な返事が返ってくる。


「操作不能です……」


「な……」


 もう日向を止める者はいない。

 とうとう展示場に入ってしまった。


 熊南は当然頭を抱える。


「まずい……、まずいまずいまずいぞ!」


 現在、展示場には国宝が七点公開されていた。

 紫式部直筆の源氏物語とか、空海が朱雀会に書いた感謝状とか、平将門が使っていた刀とか……。

 これがもし壊されたりしたら……。

 

「ってか、まだ宝物殿に着かないのかよ!」


 怒鳴り散らす上司に運転手は震え上がった。


「すいません、渋滞が激しくて……」


「じゅうたい……?」


 なんのために警報鳴らして東京を静かにさせたと熊南は苛つくが、本部ビルからほぼすべての構成員を宝物殿に向かわせたので、彼らがそれぞれ乗っている車両だけで渋滞になるという間抜けな事態が起きていた。

 先祖代々続けてきたやり方はビシッとこなせる部下たちだが、熊南がする勢い任せのアドリブ命令になると、たまにこういう馬鹿な展開になる。


「いかん……」


 熊南の頭に「責任」と「進退」という文字が暴れ出す。

 さすがにこのままだと無事ではいられない。


 そんなとき、熊南のスマホが鳴った。

 青龍会の長、海東からだ。


「あいつか……」


 熊南はますますイライラしてきた。

 

 千の眼を持つ男と言われるほどに海東は膨大な情報網を持っている。

 ここで今起きていることも筒抜けなのだろう。

 

 電話に出るなり、海東は警告した。


「悪いことは言いません。核兵器でも無限炎でも、なんでもよろしいから、朱雀会が持っている最大火力であのビルごと少年を焼き払った方がいい」


「なに言ってんだ貴様……」

 

 いくら何でもそれは出過ぎた意見だと熊南は鼻息を荒くした。


「あのビルにあるものがどれだけ貴重か、わかってないのか?」


 怒りが溢れすぎて、かえって声が小さくなる。


「その物言いだと、少年の狙いをわかっていないようですね」


「狙い? そんなもの、宝物使って命乞いだろ……」


「あの子はそんな幼稚な真似しませんよ。彼は気づいたんです。毒をもって毒を制するという言葉の意味をね」


「はぁ? 何が言いたい……?」


「彼の狙いは滝夜叉たきやしゃですよ」


 熊南の息が一瞬止まった。

 その後、激しく咳をした。


 滝夜叉とは、朱雀会が所有する日本最高峰の宝物であり、日本最強の法術具であり、世界最悪の呪具である。

 術者の言霊を大幅に強化すると同時に、その術者の生命力を奪う両刃の剣。

 

 現在でもその呪いはビンビンに放出されているので、宝物殿のとある場所に厳重に保管され、一般公開などされたこともない。

 なにせ近くにいるだけで生気を奪われてしまうからだ。


 ゆえに熊南は言った。


「奴の狙いが滝夜叉ならかえってありがたいね。あれに近づいてみろ。触れることも出来ずに死んでいくだけだ」


 しかし海東はのんびり口答えする。


「何もわかっていませんね。雨宮日向はね。呪われて死にそうになってる子供じゃないんです。彼自身が呪いなんです。草薙氏がそう言っていたじゃありませんか」


「……」


「いいですかよく聞きなさい。呪いが、呪いの武器を持ったところで、呪われますか? 呪われないでしょう、だって呪いなんだから。もう一度言いましょうか、呪いが、呪いのアイテムを持ったところで、呪われますか?」


「……」


 熊南は一言も喋れない。スマホを持つ手が震えてきた。


「ですからもう一度言います。手遅れになる前に宝物殿ごと燃やしてしまいなさい。もったいないとか言ってる場合ではありません。もし少年が滝夜叉を手にして、彼の身体に異常が起きなかったとき、それは四神会の敗北を意味します。世界は彼の気分次第でコロコロ変わっていくでしょう」


「ああ、そうかい……」


 わずかな沈黙の後、熊南は言った。


「金言、誠に痛み入るが、宝物殿を燃やすわけにはいかん」


 そしてこう言った。


「あんな小僧に滝夜叉が使いこなせるわけがない。滝夜叉があいつを拒む」


「ではもし、そうならなかったら?」

 

 熊南はすぐ言った。


「俺が責任を取る」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る