第6話 地下街にて
お前みたいなワケありの人間が行く、ワケありの病院に連れて行ってやる。
天藤はそう言って、地下街と呼ばれる場所に日向を案内した。
戦前は術者の訓練施設、戦後は地下鉄の駅、もうひとつの戦争のあとは悪鬼の家となり、悪鬼が失せた今はホームレスのねぐらになっている。
本来は関係者以外立ち入り禁止だが、東京の景観を損ねるくらいなら、ワケあり連中は地下に潜って貰おうという暗黙の了解で、地下街は放置されていた。
地下街へと続く階段を降りているうちに、日向はまた体調が悪くなってきた。
目まいと熱で足がふらつき、地下から漂う悪臭のせいで、咳が止まらない。
何度も階段から足を滑らせて転がり落ちそうになったので、
「こりゃいかんな……」
天藤はとうとう日向を背負うことにした。
その過程で日向は気を失った。
――――――――――
目が覚めたときにはベッドの上にいた。
もともとは駅のホームにあった売店で、今は地下街にある唯一の病院。
一体どこから金を調達したのか、普通の個人病院に負けない設備が揃っていた。
日向はベッドから起きると、壁に掛かった時計から時刻が夜の六時を過ぎていると知った。
草薙が言った「毒が暴れ回る時刻」はもうとっくに過ぎている。
「生きてる……」
死を覚悟したほどの体調不良が嘘のように消えていた。
カーテンがシャッと開いて、穴だらけの白衣を着た男が顔を見せる。
「起きたか。顔色も良いな」
三十代くらいの男性が、探るように日向を見る。
彼が医者なのは間違いなさそうだが、日向を検査した大病院の医師と比べて、愛想がまるで無い。
真一文字にきゅっと結ばれた口を見ると、なんか怒ってるみたいで、日向は何度も何度も頭を下げた。
その姿を見て医師は頷いた。
「そういや喋れないって長さんが言ってたな」
長さんとは日向をここまで連れてきた天藤長吉のことだ。
「俺は
もう一度、頭を下げる日向。
「俺は何にもしていない。解熱剤と栄養薬を飲ませてそこで寝かせただけだ」
そしてこうも言った。
「これくらいで金は取らん」
日向が気にしていたことを先に伝えてくれる。
さらに火野はぶっきらぼうに言う。
「喋っていい。普通に話すくらいじゃ人間は呪われない。それにここは大昔、術者の訓練場だったんだ。防呪に関しちゃ今もなかなかのもんだぞ」
「……」
どうやら火野医師は日向の症状を理解しているようだ。
「先生、僕は……」
しかし火野は日向を遮った。
「今から長さんを呼ぶ。まずはあのおっさんに礼を言え」
医師はスマホを片手に病院を出て行った。
それからすぐ天藤がやって来た。
「なんだよ、兄ちゃん、喋れんのかーい!」
とんっと日向の肩を突く。
「ごめんなさい。何から何まで……」
「いいんだいいんだ。最初に助けたのは兄ちゃんじゃねえか!」
天藤はガハハと笑いながら、両手に抱えたレジ袋からいろんなものを出してくる。
コンビニのおにぎり、惣菜、飲み物、菓子、今日の新聞、人気のマンガ雑誌。
そして新品のジャージ上下。
「いつまでもパジャマじゃおかしいからな」
ほら食えと、スナック菓子を差し出す天藤。
近づいてきた火野医師がチョコパイを取ろうとしたが、
「喝!」
天藤のチョップで追い払われた。
日向はジャージに着替え、おにぎりを少しずつ口に含んでいく。
「本当にありがとうございます……」
ただただ申し訳ないという思いで日向は改めて頭を下げる。
「だけど、今の僕では何もお返しが出来なくて……」
天藤は静かに笑った。
「気にすんな。これはまあ、新人歓迎会みたいなもんでな」
「新人……?」
「そう。ようこそ地下街へ、これからよろしくなって意味だよ。だからここで買ったもんは俺ひとりじゃなく、ここにいるみんなでちょっとずつ出しあって買ったんだ」
「……」
「兄ちゃん、どこにも行くあてがないんだろ? わけは言うな。イエスかノーで答えてくれりゃいい」
「……」
うつむく日向。
言葉が出ない。
天藤の言うとおり、僕はもう家には帰れず、学校にも通えない。
それどころか、表を歩くことすら出来ないのだ。
ゆっくりと首を縦に振ると、天藤は立ち上がって日向の背中に手を置いた。
「しばらくは身体を休めな。落ち着いたらおっさんが色々教えてやる。ここで生きるコツ、稼ぐコツって奴をな」
天藤はそう言うと、火野に「頼むな」と声をかけ、病院を出て行った。
その姿を見送った火野は、ぼんやりと日向に言った。
「おかしな人だろ。お前と同じくらいの子供がいるらしくてな。何年も会ってないらしい。やたらお前に構うのはそのせいだろうな」
日向はさっきまで天藤がいた場所をじっと見た。
「あんな良い方がどうしてお子さんと離ればなれに……」
「ワケは知らん。ワケを聞かないのがここのルールだ」
火野はパイプ椅子を持ってきて、日向と正面から向かい合う。
「だからあんたについても詳しくは聞かない。ただわかったことだけを伝える」
出来たばかりの日向のカルテをめくりながら火野は淡々と話し始める。
「あんたの身体に突っ込まれた毒は、悪鬼討伐に使用された危険なもので、今は使用を禁止されている。それどころかすべて廃棄され、現存しているはずのないものだ。それを持っている奴がいるとしたら、その毒を開発した玄武会の関係者としか考えられない」
火野は優れた医者だった。
優れているからこそ、こんな無法地帯で病院を経営しても罪に問われないし、たまにやって来る金持ちから膨大な医療費をせしめても許される。
「こんなヤバい毒を盛られたら、あんたはとっくに死んでいたはずだ。全身にボツボツができて、傷んだジャガイモみたいになる」
日向はうつむきながら言葉をこぼしていく。
「毒を盛られたのは知っています。だから、ここで目が覚めたときはビックリしました。いったいどうしてそんなこと……」
「毒をもって毒を制す。簡単に言うとそういうことだろう」
火野は鋭い眼差しを日向にぶつける。
「あんたの身体にある尋常じゃない力が、玄武の毒を体内でぶっ潰したとしか考えられない。その尋常じゃない力が何なのか俺にはわからんが、地上で起きた、ひどい交通事故は、あんたに関係しているんじゃないのか?」
「そうです……、あの救急車に乗ってました」
火野は溜息を吐き、頭を抱えた。
「今まで診てきた患者の中で最大級のワケありだ。ワケありすぎて、この街じゃ抱えきれない……」
すると火野は、日向のカルテをクシャクシャに丸め、ゴミ箱の中に突っ込み、火をつけて燃やし始めた。
「朱雀会があちこち嗅ぎ回っている。奴らが探しているのはきっとあんただ」
「朱雀……!」
今の日本国民が朱雀会に抱く印象はあまり良くない。
街の治安を維持するには暴力も辞さない。野蛮な連中。
「奴らはあんたがどこにいるかわかってるはずだ。長さんはああ言ったが、俺としてはあんたにここにいて欲しくはない。ひとりを守るか、大勢を守るかの判断だ」
日向は静かに頷いた。
なんというか、こうなる予感はあった。
だから不思議と落ち着いている。
「裏のドアを開けたら、ホームから降りて線路に沿って歩き続けろ。もうこの路線は使用されていない。いずれどっかの古い駅にぶちあたるから、階段登って外に出ろ。そこにあるカードキーを使えばドアは開く」
日向は立ち上がり、机に置いてあったカードキーを手に取った。
その横には分厚い封筒があり、かなりの大金が納まっていた。
「それも持っていけ。金がないと東京から出られないからな」
「でもこんな大金……」
すると火野は日向の腕をつかんで力強く言った。
「遠慮なんかしている余裕はない。あんたはもう今までの生活には戻れない。ひとりで生きてくしかないんだ。どうにかして東京から出ろ」
「……」
火野の言うとおりだと日向は思った。
「ありがとうございます。お世話になりました」
日向は深々と頭を下げ、病院から出て行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます