第5話 守る四神の会
雨宮日向がホームレスの天藤に、ワケありの病院に案内されているとき。
日本を守護する、白虎会、青龍会、朱雀会、玄武会で構成される「守る四神の会」通称、四神会において、二年ぶりに緊急会長会議が開催された。
国家の運営を揺るがしかねないヤバい案件が起きたとき、四神会の長だけが参加し、あれこれ意見を出し合う重要な会議である。
ごく一部の関係者しか知らない極秘の会議場は、窓もなければ、机もなく、椅子すらもない。ただの薄暗い広間。
朱雀会の長である
「玄武! 俺をなめてんのか!」
名は体を表すというか、クマみたいにでかく、毎日筋トレを欠かさない熊南の一撃を食らえば、さすがの草薙も壁に吹っ飛ぶ。
熊南は一発ではやめない。
何度も何度も草薙を殴り続けた。
「今の今になっても俺を無視しやがって! なんで朱雀に報告しなかったんだ!」
殴るだけでは飽き足らず、床にびたんと投げ、今度は腹や足を蹴る。
しかし草薙はノーダメージだ。
日本の防衛を担当する玄武の長らしく、防術に関しては右に出る者はいない。
草薙の身体には傷ひとつ付かず、むしろ熊南の方が息切れしてくる。
だが熊南も暴力を止めない。
いくら攻撃を喰らってもびくともせず、おまけに「なに馬鹿なことやってんだ」と言わんばかりの嘲笑を続ける草薙がムカついてしょうがないのだろう。
それを冷めた目で見るふたりの大人たち。
「朱雀さん、そろそろ気が済んだでしょう。会議を始めませんか」
マッチ棒のように痩せ細った身体に、女性顔負けにキラキラ光る黒髪ロングストレートの男。
学者のような知的な印象を抱かせるこの男が、青龍会の長、
熊南はジロリと海東を睨んだ。
止めるならもっと早く止めろ、と言いたげな恨めしい顔で草薙から離れるが、息も絶え絶えで、汗もびっしょり。
これまでの段階で、一言も発しない女性が、白虎会に所属する
本来の長である
しかし身分的に何かものを言える立場ではない。
白虎会の構成員の中で一番ルックスがよく、ついでに記憶力が良いという、しょうもない理由で選ばれているだけ。
ゆえに藤間は常に会議の内容を記録するだけで発言はしない。
そういうわけだから、今も藤間はこの会議で起きたことをせっせとメモに書いていた。だから熊南はこう言うしかなかった。
「ここまでの記録は消せ」
藤間はメモを破り、自身の術でメモを燃やした。
「さ、そういうわけで会議を始めましょうかね」
海東がのんびりと議事を進める。
「何が起きたかはもう皆さん知っていると思いますけどね。玄武さん。あなたはいったいどうして、こう、手順を色々すっ飛ばしたのかな?」
さっきまでボコボコに殴られていたとは思えないくらいに草薙はキビキビと答える。
「朱雀に任せると録な事にならないからです」
「てめえ……」
鼻息を荒くしながら熊南がケンカを売りに行くが、今度はすぐに海東が鋭い眼差しで制する。
「会議が始まったら、その場を動かない決まりです」
声は穏やかだが、視線は鋭い。
熊南は舌打ちしつつ、元の場所に戻った。
「しかしねえ玄武さん。国の内のことは朱雀、外のことは玄武。そういう決まりだったでしょう。あの学校から連絡があった時点で、朱雀の関係者に一報入れるべきだったんじゃないですか?」
海東の指摘に、そうだそうだと頷く熊南。
しかし草薙は堂々と自分の意見を主張する。
「そんなことをしたらあの学校で血が流れましたよ。やるでしょう熊南さんなら。堂々と子供らのいる前で、雨宮という子と屍人を同時に蜂の巣にして」
「当たり前だ。呪いってのはな、見つけたら即効で処分するもんだ。先祖代々そうしてきただろ」
「それはそれで良くない考えですねえ」
海東は頭を掻く。
「今と昔は違いますよ。未成年の前で流血沙汰を起こしたら、理由なんか関係なく、我々は批判に晒される」
熊南はわざとらしく万歳をした。
「はいはい、コンプラコンプラ。大人しくします……。なんて冗談じゃねえ!」
がんっとコンクリートの床をぶっ叩く。
草薙には傷を付けられなかったが、床にはヒビが入った。
「現実を見ろ、結果を見ろ! 玄武の手ぬるさが今の事態を引き起こした! あの小僧は一体どこに隠れたんだ!」
熊南の大声が広間に反響し、海東と、筆記の藤間は耳を塞いだ。
「あの小僧は毒ガスと同じだ! 置いておくだけで人がバタバタおかしくなる! 放っておいたら東京は壊れるぞ!」
「まあ、確かにその通りなんですが、玄武さん、レポートにあるとおり、ちゃんとあの少年に毒を盛ったのですよね」
「ええ。部下は確かに注射したと言っていますし、部下が使った注射針の先端には少年の血液がはっきり付着しています」
「毒が彼の中で爆発するまでどのくらい?」
草薙は時計を見るが、その手首には時計などない。
こういう真似が熊南を苛つかせるのだが、草薙は止めない。
「とっくです」
海東はすぐに尋ねた。
「つまり彼は死ななかったんですね」
「はい。毒が効かなかったようです」
このスカスカな答えには海東も熊南も呆れかえり、筆記に徹していた藤間もボールペンを落とすくらいだった。
海東は溜息を吐く。
「玄武さん、もう少し補足を」
草薙は申し訳なさそうに頬を指でひっかいた。
「アプローチの仕方を間違えました。彼はもう呪いであって人間じゃなかったのに、人間として扱ったことが問題だったんです。毒をもって毒を制したというか、呪いに毒なんか効かないというか、そういうことです」
海東は天を仰いだ。
「玄武さん、実を言うと私は君にガッカリしているんですよ。あれだけ見事に外圧からこの国を守ってきたあなたが、あのダル校のなかでも特に落ちこぼれな子供にまんまと逃げられるっていうのがね」
草薙は肩をすくめる。
「それは申し訳ない。実のところ油断しました。なにせ、虫一匹殺せないような大人しい子に見えたもんで」
その弁解に、藤間がピクリと反応する。
彼女はメモに補足を入れた。
あの草薙氏がそんな油断をするわけがない……と。
「では、雨宮少年は玄武の毒で死ななかった。今もどこかに隠れているとしてこれからのことを考えましょう。彼がどんなふうに動くか先読みしなければ」
草薙はスッと手を上げた。
「待ってください。あの子に関していえば、こちらが刺激しない限り、あの子も動くことはないと思うんですよ」
海東は首を傾げる。
「何が言いたいんです?」
「彼は毒を盛られたことを知っています。俺がそう宣言したんです。今からお前に毒を盛るぞと」
「なんとまあ、酷いことをしましたね」
「それにですね、彼は自分の身体にある呪う力について知ったあとは、自分から言葉を発することをやめました」
「他人に被害が及ばないように?」
「でしょうね。現に、彼の呪いが原因で起きたと思われる事件はあの救急車の事故だけです。彼は今も必死で逃亡を続けているでしょうが、その間もずっと、誰かを呪わないように口を塞いでいると思いますよ」
海東は腕を組んで考え込んだ。
「であれば……、雨宮という子は自らの最後においても、誰の迷惑にもならないように行動する。あなたはそう判断しているのですね」
草薙は何度も頷いた。
「海に飛び込むか、自分の身体を火で焼くか。なんにせよ、彼はきっと雨宮日向という人間なんて初めからいなかったかのようにするはずです」
海東は下を向いた。
「可哀相ですね。素直にそう思います」
草薙はここで笑う。
「呪う力の所有者が彼で良かったと心から思います。これが熊南さんだったら、今頃、日本中がおかしくなってる」
この危険な冗談に熊南は引っかからなかった。
「だろうな」
笑うことで余裕を見せる。
しかし会議はこれで終わるはずがない。
「玄武さんの意見はあまりに楽観的だ」
海東は厳しく言った。
「あれほどの危険物が東京のどこかで今も生きている以上は、起こりうるすべてのトラブルを防ぐために早急に身柄を確保し、しかるべき場所で、しかるべき処置をするというのが、青龍会の意見です」
熊南がスッと手を上げる。
「朱雀も青龍と同じ意見だ」
無論、藤間の意見は求められないから、会議の流れは決まった。
「では、雨宮日向の捜索に関しては、朱雀会が行うということで」
海東の一言で熊南は勢いよく立ち上がった。
「玄武、これまでの資料を全部送っておけ。五分以内にだ」
しかし草薙は言った。
「資料なんかなくても、あの子は地下街ですよ」
「ああ?」
「東京であの子が逃げられる場所なんて、あの地下街にしかないし、あの子を助けようなんて考える人間も、あの地下街にしかいない」
この時、藤間美玲が初めて言葉を出した。
「草薙会長。あなたはそこまでわかっていながら、逃亡した雨宮日向を追いかけなかったのですか?」
その追求に草薙は笑った。
「そこは熊南会長が何とかしてくれると思ったのさ」
「……」
藤間はメモにこう書いた。
草薙会長の様子がおかしい。
それから会議は終了し、長たちはそれぞれの持ち場に戻っていった。
青龍会の海東は、他の長からの同意を得て、雨宮日向に関する情報を更新し、四神会に属する全構成員に資料を提供した。
内容は以下の通りである。
雨宮日向。達磨中学校、三年。
容姿や身体の特徴に関するデータは別資料参照のこと。
術式に関する五段階評価、1が最低、5が最高。
これは鑑定機ではなく、私、海東による独自の判断であるが、限りなく鑑定機に近い評価であると考える。
言霊力 2
心 3
技 1
体 1
精神:穢れている。
:呪である。(呪われているのではなく、呪そのものである)
得能
一、隠密 存在感が薄くなる。
二、
三、修羅(仮名) 下記参照のこと
以下補足。
・得能の二、攪乱に関して。
最高レベルの精神異常攻撃と判断する。
最高レベルの防呪装備を着用するように。
・得能の三に関して、および得能一に関する警告。
感情が一定のラインを越えた状態、いわゆる「怒り」あるいは「動揺」になったとき、少年の言霊力が飛躍的に向上することが判明している。
ここまで事態がこじれたのはこの得能が随所に発動したからに他ならない。
どれほどの力なのか引き続きの調査が必要であるが、今の時点をもって、この得能を修羅と名付けることにした。
関係者は対象の少年を、取るに足らない劣等生と見下げたり、いたずらに刺激することがないように。
また、修羅の発動時、少年が元々持っていた得能である隠密も最大の効果を及ぼすことが予想される。
通常では隠密など無価値な得能でしかないが、これが最大の効果になると、少年は透明人間に近い状態になると考えられる。
この少年の居場所が判明せず、さらに目撃者もおらず、監視カメラにすら映らないのは、彼の隠密スキルがフルパワーで発動しているからだと判断すべきだろう。
この点を考慮して、早急に少年の身柄を確保していただきたい。
以上。
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