第4話 叫び

 草薙が言ったとおりに事態は進んでいく。


 手足を縛られ、頭は防呪シートでぐるぐる巻きにされ、ミイラのようになりながら救急車に乗せられた。

 身体は動かず口も開かないから、抵抗できないし助けてとも叫べない。


 頑張ってねという医師や看護師さんの声だけが聞こえた。

 なんとなく親が恋しくなったが両親ともに仕事だから、いないだろうな。


 視界は真っ暗のまま、車が動き出す。

 カチャカチャと何かいじる音が耳に入ってくる。

 毒薬の準備をしているに違いない。

 

 草薙の部下の会話が耳に入ってきた。


「こんな子供が可哀相にな」


「仕方ないさ。俺も最初は乗り気じゃなかったが、データを見て考え直した」

 

「なんだ、そんなにひどいのか?」


「朱雀会が持ってる滝夜叉たきやしゃって法具知ってるか?」


「メチャクチャ強いけど使用者の命を奪うっていう、あのヤバい奴だろ」


「あれ以上のシロモノじゃないかってデータが出てきたらしい」


「いやいや、あの子は人間だろ。武器は装備しないと意味がないって言うが、彼をどうすれば自分の言霊ことだまが向上するんだよ」


「そこはもう少し調査しないとわからないってことだが……」


「だったら処分しないで、もう少し様子を見ればいいのになあ」


「そんなことする意味がないってのが草薙会長の判断だよ。近づく人間を発狂させる呪いの方を会長は問題視したんだろ」


「もったいない気もするがね……」


 そして会話は終わった。

 日向には見えていないが、ふたりの男は彼に向かって手を合わせて祈っていた。


 それから、ひとりが注射器のキャップを取る。

 もうひとりが日向の右腕を押さえた。


 冷たい痛みが走る。

 たった今、日向の身体に毒が流し込まれた。


「……!」


 日向はもがいた。

 ようやくここで彼は思ったのだ。


 死にたくないと。


 気づくのが遅いのはわかってる。

 毒を刺されたあとで生きたいと気づくなんて。


 でもここに来てようやく、日向は叫んだのだ。


「やめてください!」


 その直後。


 三国に毒を盛ったふたりの男は見えない圧に吹っ飛ばされ、救急車のスライドドアをぶち破って外に放り出された。

 後方で凄い音がしたもんだから、運転手はちらっとバックミラーを見る。

 その瞬間、運転手の身体が電気を浴びたようにぶるっと震える。

 目がカッと開き、ハンドルをメチャクチャに動かした。


 数分後、救急車は道路の真ん中でひっくり返っていた。

 救急車の餌食になった五台の車が大破、横転、炎上している。


 とんでもないことが起きたと野次馬が殺到するなか、救急車から雨宮日向が一人降りてくる。


 顔に貼りついていた防呪テープを剥ぎ取り、炎上する救急車を他人事のように見つめる。

 立ちのぼる炎から感じる熱波を浴びていると、林間学校のキャンプファイアなんか思い出す。

 

 しかし視線を移せば、苦しそうにうめいている被害者がたくさんいる。

 頭や腕から血を流し、足がありえない方向に曲がっていたり。


 こうなったのは自分のせいだ。

 やめろと言ったら凄い力が出た。

 狙って出来ることじゃない。

 であるなら、おいそれと大きい声を出すべきじゃない。


 誰かが近づいてくる。


「大丈夫か!?」


 炎上する車から出てきた子供を見れば誰だって日向のことを案じるだろう。

 しかし日向は言った。 


「大丈夫です。気にしないでください」


 その声を浴びた男の体が一瞬、ぐらっと揺れた。

 それから男は夢遊病者のようになって、


「そうか、なら、いいんだ……」


 日向から離れていく。

 彼だけではない。

 日向を心配そうに見つめていた野次馬たちが一斉に目をそらし、燃えさかる救急車をスマホで撮影しはじめる。

 もう誰も日向のことなど気にしなかった。


「これも僕の力か……」


 自分の中に一つだけ宿っていた「隠密」というゴミスキルが、ここに来て凄いパワーで日向の存在を消している。


 その隙を突いて日向はがむしゃらに歩いた。


 遠くへ逃げようと思った。

 誰もいない所へ。

 そんな場所があるのか知らないけど、とにかく現場から離れよう。

 東京を出よう。お金は無いからひたすら歩くしかない。

 

 しかし日向はある点を見過ごしていた。


「寒い……」


 震えが止まらない。

 半袖の季節だというのに寒気がする。


「毒か……」

 

 身体は震えているのに、汗がとめどなく流れてくる。

 喉が異常に渇く。


 日向は笑った。


「逃げるの遅すぎだよな……」


 弟や先生、同級生たちみんなに言われたもんだ。


「お前はとにかくノロい」


 身体能力だけじゃない。覚えも判断もやる気になるのも、何もかもが遅いって。

 

 だからこのザマだ。


「水……」


 水が欲しい。

 コンビニはどこだと辺りを見回したが、そもそもお金がないからコンビニに向かっても意味がない。


「病院……」


 毒抜きだ。

 毒抜きをして貰わないと死ぬ。


 しかし、どこへ行く?

 さっきまでいた病院に戻ったら、即効で捕まる。


 舌が痺れてくる。

 呼吸する度に口の中がヒリヒリ痛い

 足が重くて歩くことすらしんどい。


 とうとう立ち止まって、壁に手をつける。

 汗のしずくが雨のように額からこぼれていく。


 パトカーのサイレンが聞こえてきて、日向はハッとする。


「逃げなきゃ……」


 フラフラ歩く。

 ビルとビルの隙間を選んで、誰にも見つからないように。


 一体どこを歩いているのかわからなくなったとき、道の向こうで、嫌なものを見た。


 若者グループが中年男性を囲ってボコボコに蹴っていた。


「盗んでない! 盗んでないって!」


 中年男性はそう訴えるが、


「お前が仲間の財布を盗んだのを見たって奴がいるんだよ!」


 若者グループはそれだけを叫び続け、男性に暴力を振るっている。


「そんなの言いがかりだって!」


 口と鼻から血を流しつつ、男性は自分が潔白であると訴えていたが、グループはお構いなしに殴る蹴るを続けた。


 やがてグループが日向に気づき、一斉に吠える。


「おい、みせもんじゃねーぞ!」

「どっかいけ! はやく!」

「同じ目に遭いたくなけりゃ、失せろ!」


 日向は溜息をついた。

 見つかったことに失望を感じた。

 隠密スキルの力が切れている。

 どうやら永遠に透明人間でいることは不可能らしい。


 すぐに背中を向けた。

 どっか行けなんて言われなくてもそうする。

 あんなのに構っている場合じゃない。


 しかし……。


 日向はもう一度振り返り、迷うことなく若者グループに向かっていく。


「なんだおまえ……!」


 若者連中もただの子供に構っているつもりはないので、ズケズケ向かってくる日向をめんどくさそうに見る。

 こんなひょろひょろしてて、しかも顔色が真っ青で、なぜかパジャマ着てる変なガキ、パンチひとつで充分だと、一人の若者が拳を上げる。


 日向の口が小さく動いた。


「倒れて」


 その通りになった。

 鼻からブシュッと血を流し、若者は倒れた。


 その姿を呆然と見るしかない、その他大勢。


「こいつ……、術者だ!」


 誰かが叫んで若者たちは逃げ出す。倒れた仲間を引きずりながら。


 日向は肩で息をしながら逃げていくグループを見送った。


「た、助かったよお……!」


 ボコボコにされていた男が日向の足にすがりつく。


「命の恩人! なんて術者だ! 神の助けだ! 天の恵みだ!」


 しかし日向はただひたすら首を振り続ける。

 その異様な様子に男性は何かを察した。


「兄ちゃん、具合悪いの?」


 日向は何度も頷き、さらにジェスチャーを使って筆談したいと訴える。


 男性はすぐに自身のスマホからメモアプリを立ち上げ、日向に差し出した。


 すぐにこう書いた。


 水をください。


 メモを見た男は日向の顔が真っ青で、汗だらけなことに気づいた。


「おぉ、待ってろ! おっちゃんコンビニに行ってくるから!」


 と元気よく言ってから、道ばたにあった古い看板の根元に手を突っ込む。


「今日はたまたま金があるんだよ!」

 

 男の手には革の財布。

 どうやら、本当に財布を盗んでいたらしい。


「……」


 呆れた。

 と同時に、日向はこの瞬間、あることに気づいた。


 もう戻れない。


 大勢でひとりをリンチする連中、彼らから財布を盗んだのにニコニコの男。


 まあまあな家に生まれ、まあまあな人生を送り、惨めに受験に失敗しても、そこそこな学校に通って、そこそこな人生を送ってきたわけだが。


 もう、そんな生活には戻れないとわかった。

 ここから先はただ落ちていくだけだ。


 盗んだ財布を得意げに見せつける男に、日向は疲れたように笑った。



――――――――――



 天藤長吉てんどうちょうきち


 日向のために、盗んだ金で水やらホッカイロなど、身体に良さそうなモノを色々買ってきた男の名である。

 

 2リットルの水をがぶ飲みした日向。

 全身に冷たい水が流れていくのがわかる。

 みるみる元気になってきた。


 日向は天藤に向かって頭を下げ、買ってきてもらったボールペンとメモ帳を使ってこう書いた。


 本当にありがとうございました。

 なんのお礼もできないことを許してください。


「いいんだよ。どうせ俺の金じゃねえし」


 ぶっちゃけちゃう天藤。


 さすがにそれはマズいだろと笑いつつ、日向は天藤にもう一度お辞儀した。

 口をパクパクさせて「失礼します」と伝え、歩き出すが。


「おい! そんな具合悪そうなのに病院行かなくて良いのか!?」


 黙って首を横に振る。

 天藤は何日も洗ってなさそうな頭をゴリゴリかきむしった。


「どう見たってワケありだな。俺についてきな。このおっちゃんが、ワケありの人間しか立ち寄らない、ワケありの医者がいる、ワケありの場所に連れて行ってやるからよ!」


 天藤はそう言ってガハハと笑った。

 彼はホームレスだった。

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