第3話 草薙の申し出
玄武会の草薙が去ってから二時間後、雨宮日向は拘束を解かれた。
担当の医師は穏やかに現状を説明するが、その姿は呪いガード100パーセント装備で、まるで宇宙飛行士みたいだった。
「君としては不思議だろうね。痛みも無ければ、身体も自由に動く。どこをどう判断すれば、穢れていると言えるんだってね」
こくりと頷く日向。
「だけどね、君がかかった呪いはとても根が深いんだ。完治には時間がかかる。しばらくは、ご家族にも会えないことを理解してほしい」
「……」
黙って頷いた。
医師が嘘をついているのはもう知っている。
呪いにかけられたんじゃなくて僕自身が呪い。
だから誰にも会えないのだ。
僕がいるだけで片っ端から人を呪ってしまうから。
「もっと良い治療を受けるために、今日の午後、君を青龍会系列の病院に搬送する。これでだいぶ良くなるはずだから安心して欲しい」
もう一度頷く。
声を出すのが怖い。
草薙会長の言葉が頭から離れないのだ。
死ねと言えば、そいつは死ぬ。その可能性がある。
そんなこと言われたら、誰にも話しかけられない。
「ではこれで」
担当医師は日向の肩を優しく叩いて、個室を出て行った。
ガチャリと外から鍵を閉められる。
またひとりだ。
何もすることがなく、なんとなく手を見る。
「大変なことになった……」
なんで? どうして?
どこでなんの間違いを犯したら、こうなる?
立派な術者になれと親に言われて、はいと元気に答えても、内心ではその気になれなかったから?
最高の術者育成機関、白隠中学の受験に落ちて、親をガッカリさせたから?
僕と違って白隠中学に入学できた弟に、兄さんはもう終わったねと言われて、あいつを睨んだら、親に止めろと叱られて、イラッとしたこと?
そうか、わかった。
家の中でも、ダル校の中でも、ゴミみたいに扱われる度に、あいつら死んでしまえって一瞬でも思ってしまったからだ……。
だから呪われたんだ。
じゃなくて、呪いになっちゃったんだ……。
これを知ったら、みんな言うだろうな。
この期に及んでも、人に迷惑かける奴になるとは。
医者はもっと良い病院に連れて行くと言っているが、僕が医者ならこんなやつ、ゴミ箱に捨てる。その方がお金もかからない。
と、考えれば考えるほど自己嫌悪に陥っていく中、ドアをノックする音がした。
どうぞ、と言う声も出せずにオロオロしていると、ドアは勝手に開いた。
草薙会長が入ってきた。
氷の貴公子なんて派手なニックネームがあるくらいに美しい男性が、日向の前に現れて、柔らかい笑みを見せてくれる。
「やあ、元気そうで何よりだ」
個室のソファにゆっくりと腰掛ける。
会長は、看護婦や医師と違って防呪服を着ていない。
トレードマークの黒いスーツのまんまだ。
会長ほどの術者なら必要ないんだろう。
「医師から話を聞いていると思うが、これから君を青龍の施設に搬送する」
「……」
黙って頷く日向を見て草薙会長は笑った。
「声を出しても構わないよ。君も知っているとおり、言霊は気持ちがこもらないと力を出さないからね」
草薙の言うとおり、発する言葉に霊力をかけるには術者の感情が必要になる。
術者Aが仲の良い術者Bに、
「バカ、死ねよ」
と冗談めかして言ったとて、術者Bは死んだりしない。
しかし、目の前にいる術者Cが憎くてたまらず、殺したくて仕方がないと思っている術者Dが、
「バカ、死ねよ」
と口にしたとき、術者Cは死ぬかもしれない。
術者Cが望み通りに死んでくれるかどうかは、呪詛した術者Dがどれくらい優れた言霊の持ち主かにかかっている。
草薙会長の言葉を借りると、日向は今、こういうことになる。
「日常会話程度なら、君が誰かを呪うことは無いし、何気ない一言で誰かがおかしくなってしまうことも無い。君が本気を出さなければいいし、君もそんなつもりはないだろう。この俺が言うんだから間違いない。安心していい」
「あ、はい……」
かすれるような声で呟く。
「それでいい」
草薙会長は安心したように笑ったが、そのあとの言葉に日向は度肝を抜かれることになる。
「俺が医者と話をしていたとき、君は寝たふりをしていたね?」
会長の顔から笑顔が失せ、目が鋭くなる。
「あっ……」
ばれていた。
そりゃばれる。相手は最強の術者だもの。
「ごめんなさい……」
「責めるつもりはない。むしろ説明の義務が無くなって時短になる。君はもう自分が特殊な状態にいることをわかっているね」
「わかってます。呪われているんじゃなくて、僕が呪いそのもので、治すためじゃなくて調査するために違う病院に行くって……」
「そう、その通り」
草薙会長はまた笑顔になる。
それを見て日向はホッとした。
尊敬する会長に迷惑をかけたくないし、彼の感情を害したくもない。
会長は足を組んで穏やかに話しかける。
「君はゲームをするかな?」
「え、はい、毎日……」
なんでいきなりそんな話になるのか、日向は戸惑った。
「俺もよくやるよ。最近は忙しいけど、暇があればちょくちょくね」
草薙会長はまっすぐに日向を見つめる。
「どんなタイトルだったか覚えてないんだけどね。いわゆる大作ロールプレイングゲームをやってたときだ。最後のダンジョンで、もの凄い攻撃力がある剣を宝箱から見つけた。こりゃ凄いと、俺は主人公に持たせた。そしたら呪われてね」
草薙は思い出し笑いだ。肩を小刻みに揺らすくらいに笑っている。
「敵全員に凄いダメージを与えてくれるんだけど、そのかわりに味方にも攻撃が当たるんだよ。一回の攻撃で仲間が何人か死んでね。復活の魔法を使ったから35の魔力を消費するハメになった」
日向は黙って話を聞いた。
草薙の真意が読めない。
この話に意味はあるのか?
だけどなんだろう。
凄く怖い。
背中から大量の汗が出てきた。
「おまけに呪いの武器を外すことすら出来なくてね。仕方なく街に戻って、施設で呪いを解除してもらった。そしたら呪いの武器は粉々に砕け散ってしまった。随分と無駄なことをしたと嫌になったよ。最後のダンジョンまで行けたのにそこから出るハメになるし、蘇生魔法を使ったせいで魔力を35も無駄にしたからね。まったく、バカ高い攻撃力に気を取られて、なんと軽はずみに使ってしまったんだと後悔したよ。こんな怪しい武器、さっさと捨てれば良かったって」
草薙はふうっと息を吐き、間を置いた。
「わかるかな雨宮くん。俺は君に関することで、この国から魔力を35使うような無駄なことをしたくないんだ」
緊張が走る。
身体の震えが止まらなくなってきた。
「僕を捨てるんですか……?」
草薙はしっかりと頷いた。
「君が寝たふりをしていたとき、俺は最初、それに気づかなかったんだよ。君は術者としてはまだまだ未熟だというのに、一分もの間、君は俺を騙しきったんだ。だとすれば俺は決意するしかない。君の体に宿る呪力は君自身の言霊や得能を破壊的に向上させている。であれば、君の呪力を制御できる人間がいるうちに処分するしかないと俺は考えた」
この時、日向は気づいた。
身体が動かない。
見えないロープで全身をきつく縛り上げられている。
誰がやったのか、考えなくても分かる。
わざわざ丁寧に例え話まで使ってお前を殺すと言っておきながら、草薙はなおも変わらず穏やかだ
「今後のことを話す。君はこのまま救急車に乗せられる。あらかじめ待機している部下が動けない君に毒を盛る。毒はすぐさま君の体内で暴れる。青龍会の施設に辿り着いたときにはもう君は死んでいるだろう。つまり、雨宮日向は輸送中に自身の穢れによってあえなく死亡したということになるわけだ」
日向はただ呆然と草薙を見つめることしかできなかった。
身体は動かないし、口も開かない。
だから、やめてとも言えないし、ここから逃げ出すこともできない。
そんな日向を草薙は淡々と見つめている。
「気休めにもならないだろうが、穢れによってその生涯を終えた人間の遺族には政府から補償金が出る。君の場合は特大レベルの呪いだから、ご家族はよほどの無駄遣いをしなければ、一生金に困ることは無いだろう」
そして草薙は立ち上がった。
「ではこれで失礼する」
平然とした顔で草薙会長は部屋を出て行った。
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