第2話 どえらい真実
雨宮日向を乗せた救急車は玄武第一病院に飛び込んだ。
穢れの浄化に優れた技術を持つ日本有数の病院だ。
日向は気を失っているので、それからの記憶はないが、彼の身体は病院にある様々な検査機によって徹底的に調べられた。
変なチューブの中に入ってぐるぐる回っている間に日向の家族がやって来る。
「ご子息は危険な呪いを浴びました。極めて危険な状態、ステージ7を越える穢れです」
医師が宣告すると、両親は大いに乱れた。
うちの息子はどうなるんですか、助かるんですか、ちなみにここの検査代は誰が払ってくれるんですかなどと、医師にすがった。
落ちこぼれの日向と違って、良い学校に入って良い成績を上げている弟は、授業中なのにこんな所に呼び出されたのが面倒くさくてたまらんという顔をしていた。
日向が意識を取り戻したのは、翌日の早朝であった。
面会謝絶の個室で、酸素マスクを付けたまま、両手両足を縛られて身動きが取れない状態になっている。
夢じゃないかと思ったが、そうでもない。
「なんてこった」
他人事のように呟いた。
実感なんかわいてこない。
まさか呪われるなんて。
まさか穢れちゃうなんて。
鬼に呪われないように、毎日お風呂に入って、手洗いうがいはちゃんとして、知らない大人に着いていかず、先生の言うことを良く聞いて、危ない場所にも行かないで、毎日生きてきたのになあ。
呪われて穢れた人間って、どうなるんだっけ。
殺されるとかないよね。
もう手遅れだ、処分しよう、みたいな。
それはないよね。
などといったことを考えてはいるけれど、気持ち的には楽だった。
どういう状況であれ、入院したってことは学校に行かなくて済むのだ。
いやな同級生にからかわれたり、後ろからいきなり蹴られることもない。
それだけで凄く気分が軽い。
やがて個室のドアが開く。
誰かが来た。
白衣を着た男が入ってくる。
日向をくまなく検査した男だ。
さらに、真っ黒いスーツに身を固めた超絶美男子も入ってきた。
知らない連中と気づき、人見知りの日向は反射的に寝たふりをした。
彼らの会話だけが聞こえてくる。
「河北会長、お忙しい中、お呼び立てしてすいません」
「いや、呼ばれなくても来るつもりだった」
この声は聞いたことがある。それに会長という肩書きも。
とんでもない有名人が近くにいるとわかって日向は興奮を抑えるのに必死だ。
僕の目の前に、あの玄武会の最高責任者、草薙会長がいるのだ!
フルネームは
まだ高校生なのに、日本最強の術者だとみんな認めている。
めっちゃかっこよくて、めっちゃ頭がよくて、めっちゃ強い。
異国の侵略をたった一人で防いだなんていう伝説まで持ってる。まだ学生なのに。
要するに草薙はヒーローだ。
術者が目指す一番高いところにいる人。
そんな凄い人が、こんなところに来たなんて!
「では、この少年がかかった呪いについて聞こう。屍人の呪いを喰らっても死ななかった人間が現れたのは、実に三百年ぶりらしいね」
「はい。あなたのご先祖さま以来です」
「ああ、そうだったのか」
「ですが、少年は屍人の呪いを浴びていません」
「ほう?」
「この少年、雨宮日向くんに関して言うと、彼の身体には異常がありません。彼はなにひとつ穢れていないのです。つまり呪われているわけでもない」
「しかし、検知器が壊れるほどの呪力反応があったと聞いているが」
「それは彼ではなく、同じ場所にいた別の誰かにかかった呪いだと思われます」
静寂に包まれる。
寝たふりしている日向もビックリだ。
呪われてないなら、こんな所にいる意味ない。
けれど、あの音楽室で起きたことを考えたら、僕の身体は絶対おかしいはずなんだけど……。
「ああ、なるほど」
草薙会長の声が少しだけ高くなった。
「この子は呪われたんじゃない。この子自身が呪いなんだね。彼自身の呪力に屍人が引き寄せられたのか」
「その通りです」
ぎょっとした。
呪われたんじゃなく、僕自身が「呪い」だって……?
つまり、僕のそばにいる人たちみんなが穢れていくってこと?
「しかし先生、そんなこと今まで聞いたことがない」
「私もです。青龍会が持ってる機材を使えば、彼の
「俺の部下にも同じことを言われたが、今はただ、わかっているだけの情報を教えてくれればいい」
「呪いの効果は錯乱です。それ意外にはありません。ですが非常に強力です。敵味方の区別が付かなくなる強い呪力ですが、それ以上に厄介なのは、彼が発声する以上、催眠という効果が乗ってしまうということです」
「それは興味深いね……」
草薙会長はうなった。
「つまり、あの少年が俺に死ねと言ったら、俺は死ぬのか?」
医師はしばし、考える。
「彼は屍人を倒す直前、どいてくれと叫んだそうですが、それと同じかもしれません。どいてくれという言葉が強すぎた結果、屍人は弾けた。つまり、あの子が会長にどんな感情を抱くかによると言えます」
「あの少年がもつ
言霊とは、優れた術者になるために最も必要な能力であり、才能だ。
何もないところから「燃えろ」と言って火を起こせるのが術者だとしたら、それがどれほどの火力になるのか左右するのが言霊。
おそらく、産まれたときから天才と言われていた草薙会長が呟く「燃えろ」と、落ちこぼれの日向が叫ぶ「燃えろ!」では、天と地の差があるだろう。
もちろん日向は「地」の方だ。
地どころか、それより下のどん底クラス。
屍人に襲われたとき、必死の思いで繰り出した狐火のなんと小さかったことか。
「河北会長、いずれにせよ、これ以上の調査はここでは不可能です。ここは穢れを浄化する場所であって、調べる場所ではないので」
「確かにその通りだな」
草薙会長は何か考えているようだった。
「では青龍会に連絡を取って、許可が下りれば、彼をしかるべき施設に輸送する。手配は我々がするから、しばしの間、彼をここに置いていいか?」
「もちろんです」
「ありがたい。それと一応聞いておくが、この少年が穢れに支配され、我を失い、暴走して、街や国民に被害を加える危険性は?」
「ありませんね。彼はまったく正常ですよ。言ってみれば、彼にとって自らの呪力は加齢臭と同じです。人を不快にさせる臭いをプンプン発しているのに、自分が臭いとは全く気づかない」
「なるほど、わかりやすいね」
「それともうひとつ、毒蛇は自分の毒では死にません」
「理解した」
「何とかして助けたいのですが、なにせこんな症例、初めてなので」
「わかってる。俺も全力を尽くすよ」
こうして医師と玄武会の会長は部屋を出て行った。
日向は目を開けて、天井を見つめた。
「嘘だろ……」
呪われているんじゃない。
僕そのものが、呪い。
僕がただそこにいるだけで、みんながおかしくなっていく……?
「どうしろっていうんだよ……」
日向はただ途方に暮れるしかなかった。
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