ボクはノロイ ‐ 呪い子だと追放されてホームレスになりましたが、呪いの力で最強になったみたいです。

はやしはかせ

最初の戦い

第1話 追放へのカウントダウン

 大正120年。


 青龍せいりゅう朱雀すざく白虎びゃっこ玄武げんぶを主神とする組織「まも四神しじんの会」、通称、四神会しじんかいによって、日本は長きにわたって外にも内にも平和を保ってきた。


 都内有数の進学校であり、優れた術者を数多く輩出してきた白隠はくいん中学校。

 に、入れなかった落ちこぼれの集まり、達磨だるま中学、通称、ダル校で事件は起きた。


 三年い組。

 音楽の授業。

 合唱の練習。

 曲は世界にひとつだけの何ちゃら。


 これ以上口を開けたら逆に声が出ないって位に生徒たちが全身を揺らしながらオンリーワンとか歌っていたとき、新人の音楽教師、渡辺が指揮棒を乱暴に振った。


「わるい、ちょっとやめ!」


 困惑する生徒たち。

 渡辺は渋い顔だ。


「なんか、汚い声が聞こえるんだよな……」


 生徒のひとりも手を上げる。


「俺も聞こえました。生理的に耐えられない声がずーっと」


「だよな。黒板を爪で引っ掻くようなやつよ」


 これをきっかけに犯人捜しが始まるなか、渡辺は指揮棒を上げた。


「とりあえず、のところから、もう一回やろう」


 指示通りに合唱が始まるが、渡辺はすぐに止めた。


「ダメだ、やっぱ聞こえる、きたねえ声が。これじゃあ花じゃなくて、鼻くそだわ、鼻くそ!」


 ドッと笑い出す。


「おい誰だ、鼻くそ」


「鼻くそ、手を上げろ~」


 元気のいい生徒が騒ぎ出す。

 渡辺は自分のギャグが受けたことを喜びつつ指揮棒を構えた。


「同じとこからもう一回」


 合唱再開。

 教師は歌う生徒ひとりひとりに近づき、その口元に耳を近づける。


 やがて叫んだ。


「わかった、お前だ!」


「え、ぼく?」


 すべての視線が彼に注がれた。


 雨宮日向あまみやひなた

 背丈は標準だが、いまだ小学生に見られるくらいの童顔で、今の今までは、他人に注目されたことなんて一度もない、地味な学生だった。

 ごくたまに、気分が荒れた同級生にサンドバッグにされるような、いわば、弱者男性コースまっしぐらな少年である。


 日向はうろたえている。

 まったく身に覚えがない。


 僕は無実だと叫びたかったが、人見知りの性格ゆえ、それができない。

 全身からいやな汗が噴き出し、他人が見たら笑えるくらいにキョドっている。


 一方、他の生徒は、今日の獲物を見つけたとばかりに騒ぎ出す。

 

「鼻くそが見つかったぞ!」

「おい鼻くそ、邪魔すんな!」

「先生、なんか臭ってます、こいつ!」

 

 教師は泣きそうな顔の日向を見て、こいつは扱いが難しいと感じた。

 変にいじると厄介だと。

 

「雨宮って言ったっけ、悪いんだけど小さい声でそっと歌っててくれない?」


「えっ」


 もっと大きな声で歌えとはよく言われたが、その逆は初めてである。

 戸惑う日向に教師は、あえて軽い口調で言う。


「小声で歌っても成績のことなら気にしなくていいぞ。先生がこう、ちょこちょこっと、いじっちゃるから」


 冗談めかして大胆なことを告げる教師に生徒たちはまた受ける。

 騒ぎを一歩離れたところで見ていた女子まで呟き出す。


「え~、うらやまし~」

「歌わないでも成績良いなんて、凄い楽じゃん」

「あたしもそうなりたい~」


 などと言って自分の喉をとんとん手でたたき出す女子も出てきた。

 こうなるともう止まらない。


「良かったな、鼻くそ!」

「鼻くそ、汚いからちょっと下がってろ!」


 ふざける生徒たちが増えていく中、ゴホンと教師は咳払い。


「さて、そろそろ集中しよう」

 

 生徒たちも雨宮をいじり倒すことに満足したようで、モードを切り替え真剣になる。ただひとり、歌うなと言われた日向だけ浮いた存在になったが。


「では改めて」


 びしっと指揮棒を振り、生徒もそれに応えて歌い出すが、サビの手前で教師はまた指揮を止めた。


「あ~、ダメだ。どうしても雨宮の声が浮く!」


 やってられんとばかりに荒く椅子に腰掛ける。

 

「ご、ごめんなさい……」


 騒ぎの中心に居続けることに日向は耐えられなくなっており、今すぐここから逃げたい気分だった。

 そんな日向を落ち着かせようと教師は表情を変える。


「いや悪い。責めてるわけじゃないんだ。身体が色々変わっていく時期だから仕方ないけど……。でもそれにしてもひどいな。お前、鬼に呪われたんじゃないの?」


 生徒たちがまた一斉に日向を見る。

 鬼に呪われた、という表現は彼らにとっては「ものの例え」ではなく、実際に起こりうるトラブルのひとつだ。

 平安の時代から膨大な時間が流れても、悪鬼や妖魔の類いはいまだこの日本を脅かし続けている。

 何かの弾みで呪いを受けて穢れてしまうというのは、この国では風邪をひくのと同じくらい当たり前のこと。

 だからこそ術者になりたがる人間は増える一方なのだ。


 しかし日向は言った。


「鬼が出るところなんて行かないです……」


 そう言いつつ、日向は思っていた。

 こんな恥をかくくらいなら、本当に穢れてしまった方がいい。

 だって言い訳が立つ。からかわれるより同情されるだろう。

 

 いっそここで鬼でも現れて僕を呪ってくれないかしら。

 そしたらしばらく学校に行かなくてもすむし……。


 なんて妄想にふけっているうちに、活発な女子生徒が近づいた。


「ねえ雨宮、試しにチェックしてみなよ」


 青い石がぶら下がったキーホルダーを突きつける。

 自分の身体が「けがれている」か選別する検知器だ。


「ちょ、やめてよ……」


 後ずさる日向。

 しかし女子生徒はぐいぐい迫る。


「ホントに呪われてたらヤバいじゃん」


 鬼ごっこが始まる。

 逃げる日向。追う女子。煽る生徒。


 教師はそれを傍観する。


「おいおい、やめろ~」


 注意しつつも、止めることはしない。


 やがて幾人かの男子が日向を拘束して動けなくする。

 女子生徒はニヤッと笑って検知器を日向の顔面に突き出した。


 青かった石が一瞬で真っ赤になり、亀裂が走り、砕け散る。

 

 それを感知した校舎のセキュリティシステムが、学校全体に危険を意味するアラームを響かせた。

 高濃度の呪力を感知したから至急外に出ろという意味である。

 このレベルの呪いの場合、穢れたら死ぬ可能性まである。


 笑っていられたのもさっきまで。

 日常が壊れた。  

 

 生徒だけでなく、教師までもが悲鳴を上げて音楽室から逃げていく。

 日向一人残して、音楽室の鍵が閉まった。


「え、ちょっと……」


 日向は閉じ込められた。


「あの……」


 オロオロしている内に、背後から声がした。

 

「来たよ……」


「え?」


 そこにいたのは鬼だった。

 顔はのっぺらぼう、全身は真っ黒。

 動く度に黒い霧が湧く。


 屍人しじんと呼ばれる、悪鬼の中では高レベルの「敵」だった。


 日向は腰を抜かした。

 学校に悪鬼が入り込むなんて前代未聞。


 しかもそいつは近づいてくる。

 話しかけながら。


「一緒に行こう。ここはもう嫌だ……」


 冗談じゃないと首をぶんぶん振る。

 口がないのにどっから声を出しているんだと思ったけど、そんなの今はどうでもいい。

 屍人はなおも話しかけてくる。


「行かないの? 君が呼んだのに……」


「僕が?」


「君が望んだんじゃないか、ここに来て欲しいって……」


 確かに、こんな恥かくくらいなら呪われてしまいたいと、ここに鬼が来ることを望んだけれど……。


「ホントに来るなんて思わないよっ!」


 尻もちをつきながら後ずさる。

 

狐火きつねび……!」


 手をかざす。

 

「狐火……、来い……!」


 そう叫べば、手の平から炎の弾が出てくると学校で習った。

 口から吐き出した言霊が空気と混ざって、炎になるって。

 何度か実際にやったこともある。的には当たらなかったけど……。


「狐火! ほら! キツネキツネキツネ!」


 やけくそで叫んだとき、ようやく手の平から豆粒ほどの炎がポコポコ出てきて、屍人の黒い体に吸い込まれた。


 見たところ、なんのダメージもない。

 むしろ屍人の身体は一回り大きくなった。


「騙したんだね……」


 屍人の腕が伸びて日向の首を絞める。

 日向は声にならない叫びを上げた。



 ――――――――――



 鬼や妖魔に関するトラブルに対応するのは朱雀会、あるいは玄武会である。


 例えると自衛隊が玄武会で、朱雀会が警察という役割分担になるので、学校で「穢れ警報」が出た場合、最初に動くのは朱雀会になる。


 しかし、最近はその境界線があやふやになっていて、ダル校の庭にやって来たのは玄武会のパトカーだった。


 ガチガチの防呪服に身を包んだ玄武の構成員たちが校舎になだれ込む。


 密室状態の音楽室に向かった構成員が、ドアの小さな窓から見たものは、屍人に首を絞められている日向の姿だった。


「なんてことだ……」


 構成員はふたつの事実にがく然とした。

 

 ひとつは学校に悪鬼が侵入したこと。

 これは東京の安全神話が崩壊したことを意味する。

 四神会に関わる人間としては泣きたくなるほどの衝撃。


 そしてもうひとつは、あの子供を助けることが出来ないということだ。


 黒い霧に呑まれて顔しか見えなくなっている少年と、音楽室のあちこちに出来た黒い染みを見れば、戦い慣れた構成員ならすぐわかる。


「もう手遅れだ、あの子は穢れている……」


 指揮官はうなだれた。


「少年の救出は不可能だ。浄化に移る」


 部下たちは頷き、速やかに動く。


 音楽室を完全に密閉したあと、優れた術者たちで湧水わきみずという術を使って部屋中を水で浸す。

 この水は浄めの効果があるから、中の穢れはさっぱり浄化される。

 無論、中に人がいれば溺れ死ぬわけだが……。



 ――――――――――――――――――――

 

 

 自分の命があと数分ほどだとは思ってもいない日向。

 首を絞めてくる屍人の手をつかんで必死に叫んだ。


「呼んじゃったのはゴメン! 一緒に行けないのもゴメン! だから許して!」


 首を絞められても苦しみは感じない。

 ただただ熱い。

 全身が溶けてしまいそうだ。


「頼むから手を離して……」


 必死で懇願しても、相手はもう話が通じない。


「いっしょに、い、いっし、ょ、にぃ……」


 こればかりを繰り返すので、日向はとうとう気づいた。


 詰んだかもしれない。


「こんなの、いやだ……」


 死にたくない。

 死にたくない。

 死にたくない!


「どいてくれっ!」

 

 それから屍人は弾けた。

 こっぱみじん。

 飛び散った屍人の欠片が部屋中を黒く染めた。


 しかし日向の身体には何の汚れもなかった。


「助かった……?」


 我ながら信じられなかったが、ドアの向こうに玄武の隊員が見えてホッとした。

 救助が来たのだ。だから助かったのだ。


 しかし事実は違う。


 一部始終を目撃した玄武の構成員は、しばし硬直した。


「子供が屍人を倒したぞ……」

「一体どんな術を……?」


 ざわつき出す部下たちを尻目に、指揮官は真っ青になりながらこう指示した。


「あの少年を捕獲しろ」


 その言葉の意味がわからず戸惑う部下たちに指揮官は言った。


「さっきも言っただろう。あの子は穢れている」

 

 それから三分もしないうちに日向は口を塞がれ、担がれ、救急車に放り込まれ、担架に寝かされ、酸素マスクを付けられ、両手両足にブスリと注射を刺され、気を失った。


 やがて救急車はサイレンを流しながらダル校を離れた。

 

 その後、玄武の指揮官は上司に緊急報告書を送った。

 内容は以下の通りである。




 達磨だるま中学校の悪鬼侵入に関する特殊案件に関して。


 屍人に襲われ、重度に穢れた雨宮日向という少年に関して、早急の調査が必要と思われます。

 達磨中学での成績は以下の通りです。


 5段階評価、1が最低、5が最高。


 雨宮日向あまみやひなた。三年生


 言霊力げんれいりょく 2

 心 3

 技 2

 体 2


 得能すきる

 一、隠密:言霊を発動すると気配が薄くなって人から気づかれにくくなる。 

 二、不明:調査が必要と思われる特殊能力。


 それ以外の成績に関しては割愛しますが、ご覧の通りの劣等生です。

 技も体も本当は1なのですが、授業態度が真面目ということで担任から忖度されて2におまけしてもらっているくらいの子です。


 ですが動画を見て頂けるとわかるとおり、少年は屍人を倒しました。

 屍人の呪力を浴びたことで、極めて危険な穢れの状態にありますが、それでもなお少年は生存しています。


 どうやら少年が持つ得能に、隠密以外の何かが付与されている可能性がありますが、リストに当てはまる効果がありません。

 しかしその得能は、少年の能力を爆発的に向上させる効果があると思われます。

 でなければ屍人を一撃で仕留める理由がわかりません。


 現在、マニュアルに則ってしかるべき病院に移送しますが、この少年に関してはさらなる調査が必要になると提言させていただきます。


 以上 

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