第7話エピローグ:終わりの始まり
### エピローグ:終わりの始まり
全てのパフォーマンスが終わり、今年も「全員優勝」というハッピーなフィナーレで番組は幕を閉じた。
最後は出演者全員で、なぜか内山田洋とクール・ファイブの『東京砂漠』を、それぞれの国の言語を交えてソウルフルに大合唱していた。もはや意味はわからないが、とてつもない多幸感だけがそこにあった。
「ぷはーっ、終わった終わった」
田中誠は、空になった日本酒の瓶を眺め、満足げなため息をついた。
腹はよじれるほど笑ったし、訳もわからず感動もした。今年も最高の年越しだった。
「いやー、でも今年の偽黒田は反則でしょ」
由美が、笑いすぎて滲んだアイラインを指で拭いながら言う。
「去年がラッツ&スターで、今年がそれでしょ? もう来年のハードル、天井突き抜けちゃってるよ」
「確かにな」
田中は、テレビのリモコンを手に取りながら頷いた。
「ラッツ&スターっていう、コンプラ的に最大の飛び道具を初年度に使っちゃったからな。二年目は変化球で乗り切ったけど…」
彼は、ふと、あることに気づいてしまった。
それは、長年テレビを見てきた視聴者としての、一種の“勘”だった。
「……なあ、由美」
「ん?」
「この番組…」
田中は、言葉を選びながら、ゆっくりと口を開いた。
「**ああ、来年からないな、これ**」
その言葉に、テレビを消そうとしていた由美の手がピタリと止まった。
彼女は、ゆっくりと夫の方を振り返る。
その顔には、驚きではなく、どこか納得したような、寂しいような、複雑な笑みが浮かんでいた。
「…そうだね」
由美は、ふふっと息を漏らすように笑った。
「ないね、きっと」
二人の間に、奇妙な共感が流れる。
彼らは知っていた。テレビというものが、どういうものかを。
こういう、奇跡的に化学反応が起きた“お祭り”は、長くは続かない。
ハードルは上がり続け、制作陣はプレッシャーに押しつぶされる。マンネリを恐れて奇をてらい始め、やがてスベる。スポンサーはいつまでもこの狂気に付き合ってはくれない。そして何より、この「何でもアリ」な空気は、いつか必ず誰かを本気で怒らせる。
ラッツ&スターも、偽黒田も、あまりにも美しい、一瞬の奇跡だったのだ。
線香花火のように、最も明るく輝いた瞬間に、その終わりを予感させる。
「来年、『松崎しげるを黒く塗りつぶせ!』とかやり始めて、大炎上して打ち切り…とかかな」
「ありえるね。いや、『クリスタル・ケイをブラジルの鉱山から連れてきました!』とかやって、本家からガチで怒られるパターンかも」
「あはははは!」
二人は、まだ見ぬ来年の“番組の終わり方”を想像して、声を上げて笑った。
それは、諦めでも、悲観でもなかった。
最高の祭りだった。
だからこそ、綺麗なうちに終わるのがいいのかもしれない。
伝説は、短いからこそ伝説なのだ。
「ま、もし来年もあったら、それはそれですごいけどね」
「だね。そしたら、また一緒に見よう」
「ああ」
田中は、テレビの電源を消した。
静まり返った部屋に、窓の外から遠く除夜の鐘の音が聞こえてくる。
終わるかもしれない。いや、きっと終わるだろう。
でも、この二晩の、途方もなくバカバカしくて、最高に楽しかった記憶は、きっと消えない。
それだけで、十分じゃないか。
「さて、初詣の準備でもするか」
「そうだね」
夫婦は立ち上がり、新しい年に向けて歩き出す。
来年の大晦日、彼らが見る番組は、元の紅白歌合戦に戻っているかもしれないし、全く新しい別の番組かもしれない。
でも、もし万が一、億が一の確率で。
テレビのチャンネルをつけたら、デヴィ夫人とフワちゃんが「ごきげんよう!」と笑っていたとしたら。
その時は、腹を抱えて笑ってやろう。
「まだやってんのかよ!」と、最高の賛辞を込めて。
伝説の終わりを予感しながら笑い合う。
それもまた、一つの幸せな大晦日の形だった。
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