第6話:引き継がれる魂(ソウル)

### 第6話:引き継がれる魂(ソウル)


あれから一年。

『南北統一歌合戦』は、カルト的な人気番組としての地位を完全に確立していた。

昨年のカオスな放送は伝説となり、「#来年の南北統一歌合戦で見たい曲」は年末の風物詩として定着。モンゴルのホーミー、ペルーのサンポーニャ、エジプトのY.M.C.A.が、視聴者の予想通り、あるいはそれを超えるクオリティで披露され、日本中を熱狂させた。


そして、すべての大トリ、日本代表の出番。

今年も、田中誠と由美は、テレビの前でそばをすすりながらその瞬間を待っていた。


「さあ、今年の日本代表は誰だろうな」

「去年がラッツ&スターだったから、相当ハードル高いよね」

「いっそ、美輪明宏とか…」

「あ、それっぽい!」


司会のデヴィ夫人が、扇子を手に高らかに宣言する。

「みなさま、長らくお待たせいたしました! 今年の日本の魂を世界に示すのは、この方しかおりません! 音楽シーンに燦然と輝くレジェンド、鈴木雅之さんです!」


「おおー!」

スタジオが、そして田中家が沸いた。

「やっぱりリーダーか!」

「ソロで来るんだ!」


ステージがライトアップされる。

スモークの中から現れたのは、純白のスーツに身を包み、トレードマークのサングラスをかけた、紛れもない“ラブソングの王様”鈴木雅之だった。

だが、その隣に立つべき相棒、ラッツ&スターのメンバーの姿はない。

その代わり、彼の隣には、ギターを抱えた一人の男が立っていた。

小柄で、人の良さそうな笑顔。


「…え? あれって…」

由美が目をこらす。

「コブクロの、小さい方…?」

そう、小渕健太郎だった。


鈴木雅之が、マイクを握る。

「Good evening, everybody. 今夜は、最高の相棒を連れてきたぜ」

彼はそう言うと、小渕の肩をポンと叩いた。小渕は恐縮したように頭を下げる。


「まさかのコラボか!」

田中が興奮する。鈴木雅之と小渕健太郎。一体どんな化学反応が起きるのか。


鈴木は、悪戯っぽく笑いながら続けた。

「だが、今夜はシャネルズ鈴木に代わりまして、日本のソウルを引き継ぐ、とんでもない男を紹介させてもらうぜ」


「え? 代わるの?」

田中が首を傾げた、その時。


ステージの奥から、ゆっくりと一人の男が歩み出てきた。

デカい。

とにかく、デカい。

鈴木雅之も決して小柄ではないが、その男が隣に立つと、子供のように見えてしまうほどの巨漢だった。


彫りの深い顔立ち。褐色の肌。そして、何よりその圧倒的な存在感。

スタジオ中が「…誰?」というどよめきに包まれる。


鈴木雅之は、満足げに頷くと、マイクをその巨漢に手渡した。

巨漢は、深々と一礼すると、少し辿々しいが、芯のある日本語で挨拶した。


「ハジメマシテ! ワタクシガ、**シャネルズ鈴木ニ代ワリマシテ、コブクロノ黒田デゴザイマス!**」


一瞬の静寂。


田中は、口に含んでいたそばを、危うく噴き出しそうになった。

「ぶっふぉ!!」

由美も「ええええええ!?」と素っ頓狂な声を上げている。


**黒田違いにも程がある。**


画面の隅には、すかさず【日本代表:コブクロ(小渕健太郎&ナイジェリアからの助っ人 “クロダ” さん)】という、もはや悪ふざけとしか思えないテロップが表示されていた。


SNSは、当然のごとくサーバーが軋むほどの勢いで爆発した。


『黒田違いwwwwwww』

『そっちかよ!!!!!!!!』

『もうなんでもアリだなこの番組!』

『本物の黒田くん、今頃テレビの前でひっくり返ってるだろ』


ステージ上で、小渕がアコースティックギターをかき鳴らす。奏でられたのは、コブクロの名曲『桜』だった。

小渕の繊細で優しい歌声が響き渡る。

そして、サビ。

助っ人の“クロダ”さんが、マイクを握りしめ、天を仰いだ。


「♪さくら〜 はなび〜ら〜 ちるたび〜に〜〜」


その声は、大地を揺るがすような、ゴスペル仕込みのディープ・ソウル。

本家・黒田俊介の力強さとはまた違う、深く、温かく、どこまでも伸びていく、魂そのもののような歌声だった。

面白いはずなのに、なぜか涙が止まらない。

笑いと感動がごちゃ混ぜになった、奇妙な感情が日本中を包み込んだ。


ステージ袖では、鈴木雅之が満足そうに腕を組んでその光景を見守っていた。

彼の隣には、なぜか本物の黒田俊介が立っており、腹を抱えて笑いながら「俺より上手いやんけ!」と叫んでいた。


田中は、涙なのかそばつゆなのか分からない液体で濡れた顔を上げ、呟いた。

「…もう、俺の知ってる歌合戦じゃない」


伝統は、こうして破壊され、そして新しい伝説へと引き継がれていく。

シャネルズ(ラッツ&スター)がこじ開けたカオスの扉を、コブクロの(じゃない方の)黒田が、さらに大きく押し広げた。


来年の大晦日、このステージには一体誰が立っているのだろう。

もはや、誰にも予想できなかった。そして、だからこそ、誰もが来年を待ち遠しく思っていた。

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