第4話:キンシャサからのソーラン節
### 第4話:キンシャサからのソーラン節
「壮大な茶番」――。
大阪の中村夫婦がそう看破した、生放送中の改名劇は、しかし若い世代の心をがっちりと掴み、番組の熱狂をさらに加速させていた。
「いやー、まさか名前が変わるとはね! これぞ生放送!」
興奮冷めやらぬ田中誠は、すっかりこの番組の虜になっていた。隣の由美もスマホ片手に「『#ラッツアンドスター爆誕』でツイートしちゃった」とすっかり楽しんでいる。
司会のデヴィ夫人が、優雅に扇子を広げた。
「まあ、色々ございましたけれど、これもまた一興ですわね。さあ、続いては最後の挑戦者! 南半球から、コンガ民主共和国代表の登場です!」
コンガ。アフリカ大陸の心臓部に位置する、広大な国だ。
紹介VTRが流れ始める。
首都キンシャサの喧騒。活気あふれる市場。そして、埃っぽいリハーサルスタジオで、年季の入ったエレキギターをかき鳴らす男たちの姿が映し出された。
リーダーらしき、細身で長身の男が、流暢なフランス語で語る。テロップには日本語訳。
『我々の音楽は“リンガラ音楽”という。心躍るギターリフが特徴さ。日本の“ミ・ン・ヨ・ウ”を聴いた時、衝撃が走った。リズムの根源に、我々と同じアフリカの魂を感じたんだ』
「民謡…?」
田中は首を傾げた。演歌、J-POPときて、次は民謡。ますますジャンルの振り幅が大きくなっていく。
VTRが終わり、ステージが明るくなる。
そこに立っていたのは、70年代のファンクバンドのような、サイケデリックな色合いのシャツにベルボトムという出で立ちの男たち。リーダーのパトリス・ムアンバが抱える、傷だらけのギターが怪しく光る。バンド名は『キンシャサ・エレキ・ソウル』。
スタジオが、期待と少しの戸惑いが入り混じった空気で静まり返る。
パトリスが、マイクの前に立った。彼は一言も発さず、ただ指を三本立て、無言のカウントダウンを始める。
「3…2…1…」
次の瞬間、パトリスの指がギターの弦を切り裂いた。
ギュイイイイイン!
けたたましいフィードバックノイズの後、繰り出されたのは、あまりにも催眠的で、ポリリズミックで、超絶技巧のギターリフだった。絡み合う二本のギター、うねるベースライン、そして性急にビートを刻むドラム。それは、アフリカの魂そのもののような、抗いがたいグルーヴだった。
そして、バンド全員が声を張り上げた。
「ヤーレン ソーラン ソーラン! ソーラン ソーラン!」
「ソーラン節!?」
田中は叫んだ。由美も「ええーっ!?」と目を丸くしている。
まさかの選曲。だが、驚きはそこからだった。
『キンシャサ・エレキ・ソウル』が奏でるソーラン節は、もはや日本の民謡ではなかった。
北海道のニシン漁師たちの労働歌は、コンゴ・ルンバの魔法によって、壮大なアフロ・サイケデリック・ロックへと変貌を遂げていたのだ。
「ハイ!ハイ!」という勇ましい合いの手は、バンドメンバーのシャウトに変わり、観客を煽るコール&レスポンスになる。
「どっこいしょ!どっこいしょ!」の部分は、ファンキーなブレイクダウンへとアレンジされ、スタジオ中が自然と身体を揺らし始める。
そして、間奏。
パトリスが一歩前に出て、ギターソロを弾き始めた。
それは、ジミ・ヘンドリックスの魂がキンシャサに降臨したかのような、泣きと叫びと祈りが入り混じった、圧巻のプレイだった。訳も分からず涙ぐむ観客。ペンライトを振るのも忘れ、呆然とステージに見入る人々。
遠く離れた大阪の、中村健太と博子も、みかんを食べる手を止めていた。
「…なんや、これ…」
「ソーラン節やんな…? 私の知ってるソーラン節と違う…」
「…けど、めちゃくちゃ格好ええやんけ…」
茶番だと冷めていたはずの健太の目が、いつの間にか少年のように輝いていた。
テレビの中の田中も、完全にノックアウトされていた。
「すごい…なんだこれ、すごい…」
語彙力を失った彼の口からは、それしか言葉が出てこない。
人種も、国籍も、言語も超えて、音楽の根源的な力が、ブラウン管を通してビリビリと伝わってくる。
曲がクライマックスを迎え、最後の「ハイ!ハイ!」の大合唱と共に演奏が終わった瞬間。
一拍の静寂の後、スタジオは割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。スタンディングオベーション。誰もが、このコンガからやってきたバンドに、最大級の賛辞を送っていた。
ステージの袖で、改名したばかりのラッツ&スターの鈴木雅之が、サングラスの奥で静かに呟いた。
「…やられたな。こいつは、本物だ」
当初の「なんだそれ?」という困惑は、とっくに消え失せていた。
ただただ、すごいものを見ているという興奮だけが、そこにあった。
この歌合てん、とんでもない化け物かもしれない。
日本中の視聴者が、そう確信した瞬間だった。
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