第3話:視聴者のツッコミ

### 第3.5話:視聴者のツッコミ


「か、かっけぇ……」


テレビの前で、田中誠は感動に打ち震えていた。生放送中のクレーム、そして伝説的な改名宣言。こんなドラマ、誰が予想できただろうか。隣で由美も「すごい…歴史の目撃者になっちゃったね!」と興奮気味だ。


SNSは『#ラッツアンドスター爆誕』『#伝説の改名』といったハッシュタグで埋め尽くされ、日本中がこの前代未聞の展開に熱狂している。


テレビの向こうでは、当事者である新生ラッツ&スターの面々が、他の出演者たちから祝福とも言える野次を浴びていた。

ナイジェリア代表のアデクンレが「ブラザー!新しい名前、クールだぜ!」と巨体を揺らし、ブラジルのマリアナが「Rats and Star! So Rock'n'Roll!」と投げキスを送る。


カオスな祭典は、このハプニングを燃料に、さらに熱気を増していく。

誰もが、この“奇跡の瞬間”に酔いしれていた。


……いや、ただ二人を除いて。


大阪府堺市、とあるマンションの一室。

こたつに足を突っ込み、テレビを見ていた中年夫婦、中村健太(48)と妻の博子(46)は、冷めた目で画面を見つめていた。


テーブルの上には、みかんの皮が小さな山を築いている。

博子が、新しいみかんの皮を剥きながら、呆れたように呟いた。


「…何言うてんねん、あいつら」


「せやろ」

健太も、みかんの白い筋を丁寧に取り除きながら、平坦な声で応じる。


「『今夜から俺たちはラッツ&スターだ』ちゃうわ。**もとから、ラッツ&スターやろが**」


博子が、深く頷く。

「そうや。シャネルズはシャネルに怒られて、とっくの昔にラッツ&スターになっとるっちゅーねん。何十年も前の話や」


テレビの中では、感動的なBGMが流れ、フワちゃんが「マジ歴史動いた瞬間じゃーん!」とはしゃいでいる。SNSでは、若い世代が「シャネルズって名前だったんだ!」「改名の瞬間に立ち会えて感動!」とピュアなコメントを投稿していた。


その光景と、自分たちの認識の間に横たわる、巨大な溝。


健太は、剥き終わったみかんを口に放り込み、もぐもぐしながら言った。

「なんやこれ。壮大な茶番見せられてる気分やな」

「あんた、若い子は知らんのよ。私たちみたいに、リアルタイムで見てた世代とは違うんやから」

「それにしてもや。テレビ局も、クレーム入ったとか言うて、わざとらしいのう。どうせ台本やろ、こんなもん」

「まあ、盛り上がってるからええんちゃうの。ほら、次コンガ代表やって」


博子はそう言って、テレビに視線を戻した。健太も、ため息をつきながら、新しいみかんの皮を剥き始める。


テレビの向こうで繰り広げられる、感動と熱狂の渦。

それを、冷めた目で見つめる、知っている世代。


「…まあ、ええわ」


健太は、テレビに向かって、誰にも聞こえない声で呟いた。


「どっちの名前でも、マーチンの歌は最高やからな」


結局のところ、真実はいつもそこに行き着くのだ。

歴史が動いたと興奮する若者たちと、壮大な茶番だとツッコミながらも見続ける中年夫婦。

それぞれの楽しみ方で、日本の大晦日は、奇妙で、騒がしく、そして平和に更けていく。


健太は、こたつの上で山になったみかんの皮を、少しだけ端に寄せた。

どうせ茶番なら、最後まで付き合ってやるか。そんな気分だった。

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