第3話


 そんな退屈な毎日ではあったが、ある日珍しく若い人を見かけた。久しく見かけることのなかった若者の姿に驚いた。木陰の下で佇んでいるらしく顔は分からなかったが綺麗な人だなと思った。気になってじっと見つめていると、やがて向こうも見つめ返してきた。


 「きみ、どこから来たの?見かけない子だね?」柑橘類を思わせるような、明るく、澄んだ声だった。大きな湖の向こう岸にまで聞こえそうな、よく通る声だと思った。


 「東京」僕がそう答えると、その人は目を輝かせた。


 「うっそー、本当?私、東京の人なんて初めて見た」まるで別の国からやって来た者に対するかのような驚きようだ。


 「そんなに驚かなくても」


 「だって東京の人なんてテレビでしか見たことなかったんだもん」


 「そうかもしれないけど、ちょっと失礼だよ」


 「ごめんごめん、舞い上がっちゃって」そう言ってその人は掌を合わせるポーズを取りながら片目を瞑って舌を出した。


 「私、東京に憧れてるんだ。いつか東京に行きたいなって思ってたの。ねえ、東京ってどんなところ?みんなお洒落でテレビみたいな感じ?」


 「そんなことないよ。普通だよ。人が多いけど、それ以外は至って普通」


 色眼鏡で見られる事に少し嫌な気持ちになって、ぶっきらぼうに答えたけれど、かえって気取っているように思われたのではないかと、言った後で少し心配になった。


 「ふーん、でも君を見ていると東京の人ってやっぱり変わってるなって思うよ」


 「そんなことないって僕も普通だよ」


 「ほら、"僕"だって!」


 「え、何かおかしな事言った?」


 「だって、僕なんてこの村では誰も言わないよ。男の人なら俺、女の人なら私って言うの。普通はね」その人は俯きがちにそう言った。


 「だから、やっぱり君は東京の人で、ちょっと格好いいなって、そう思う」


 「……」


 「私もよく変わってるって言われるし、私たち友達になれるかも?」


 「そうなのかな」


 確かにその人には不思議な魅力があるものの、僕からしたらちっとも変わってるだなんて思わなかったけれど、それは東京の人間の価値観であって、この村のなかでは変わり者として見られてしまうのかもしれない。


 「うん、きっとそうだよ。変わり者同士、よかったらウチにきて一緒に遊ばない?」


 そう言ってその人は影の中から出て、こちらに手を差し伸べた。眩いばかりの陽光がその人の笑顔を照らして、まるで夏そのものが僕に笑いかけているような気がした。その瞳や、汗や、柔肌は、全身で生きていることを感じさせ、とても魅力的に思えた。干からびた世界に血が通い、肉付き始めていくのを感じる。その瞬間、夏の暑さそのもののように僕の体が火照り、疼き始めたのだ。


 「じゃあ、行こうよ」その人はまだ名前も言ってないのにずんずん先に進んでいって、夕焼けの中に溶けていくようだ。とは言ってもまだ昼下がり、長い午後の途中だった。



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