秋の七草が揺れる逢魔時
藤泉都理
秋の七草が揺れる逢魔時
春夏秋冬問わず切なくなるものだが、この時期はとかくその感情が強くなるのは何故なのだろう。
この逢魔が時というのは。
ハラリハラリと、
銀杏の黄色の葉が舞い落ちる。
ハラリハラリと、
桜の深い橙と紅が入り混じる葉が舞い落ちる。
ハラリハラリ、
ハラハラ、
ハラリ、
凪の中、ただ静かに不規則に舞い落ちていく。
クーラーを使用せずとも過ごしやすくなった十月初旬。
もう下校時間を過ぎている中。
お団子頭の二十代女性、非正規図書館司書の
過ごしやすい季節になった事により、放課後は図書室で過ごす生徒もうんと少なくなったように、蛍火は感じた。
蛍火が高校受験生の時は同級生ともどもここで勉強に勤しんでいたものだが、昨今の中学生は塾、ファストフード店、カフェ、公共施設などに行き、ここで勉強しようとは考えないのだろう。
「先生はまだ帰らないんですか? もう図書室を閉める時間ですよ」
「
二年二組の男子学生であり図書委員でもある青月は、図書室の扉を開けて蛍火に話しかけた。
つい先程までカウンターに座って本を読んでいたのだが、教室に忘れ物をしたと言って図書室から出て行っていたのである。
「ああ、もう。こんな時間だったの」
蛍火が壁にかけている時計を見れば、午後五時五十分を示していた。
図書室を閉める時間であった。
「じゃあ閉めましょうか」
「先生」
「何ですか?」
「先生は秋の七草が好きなんですか?」
青月はカウンターの花瓶に生けられている秋の七草を見つめた。
蛍火が持って来て生けたものであった。
「はぎ、なでしこ、くず、おみなえし、ふじばかま、ききょう、すすき。風流ですね。僕の知っている子も秋の七草が好きで。図書委員だったので図書室に持って来て飾っていたんですよ。僕とその子は仲がよくて。よく勝負をしてたんですけど、その子はいっつも僕に負けてばかりで。卒業する時に、その子、言ったんですよ。僕に。力をつけてまた会いに行くって」
青月は嬌笑してのち、秋の七草から蛍火へと流し見た。
「ねえ。蛍火。強くなったのかな?」
刹那、空気がひりついた。
蛍火は無言でお団子頭を解いて濡れ羽色の髪の毛を流しては、青月をひたと見つめて先生と言った。
「先生こそ、その姿は何ですか? もしかして弱くなっちゃったんですか?」
「あはは。面白い事を言うね。蛍火は。変化は僕の得意とするところだって知ってるだろ?」
「もしかしてずっとこの学校に居たんですか?」
「ああ。君がいつ来るかいつ来るかって首を長くして待ってたってわけ」
「先生は本当に学校が好きなんですね」
「ん~。ふふ。そうかなあ。そうなのかなあ」
「学校にずっと居て、誰にも危害を加えていない」
「そうだねえ」
「先生はとても長く生きた九尾の妖狐で、妖怪で。遥か昔は人に仇をなす存在で。でも今のところは無害」
「そうだねえ。今はおとなしいけど、昔のようにまたいつやんちゃするか分からない。だから封印しておきたい。だっけ?」
「はい」
「危険視されている割には君以外の結界師が僕の前に現れる事はなかったねえ」
「私しか居ませんから」
青月は目を丸くさせた。
「え? まじ?」
「まじです。元々少なかった結界師は、妖怪なんて存在しないと言い張る国からも見捨てられて自分自身すら養うお金が稼げなくなり、廃業していきました」
「ああ。なるほど。だから君もここで働いているってわけか?」
「はい」
「はあ。なるほど。世知辛い世の中になったねえ」
「ええまあ」
「え? って事は、だ。僕を封印してもどこからもお金が出ないってわけ?」
「はい」
「ん? もしかして、僕だって気づいていたのに勝負を仕掛けようとしなかったのは、封印する意志がなかったって事? いやいや。その前。この十年間くらい、僕に会いに来なかったのは、国からお金が出ないから封印しなくていいやって放置してたって事?」
「違いますよ。言ったじゃないですか。力をつけて会いに行くって」
蛍火は先程髪をお団子に括っていた七本の玉簪を指の間に挟んでは構えた。
七本の玉簪にはそれぞれ、萩、撫子、葛、女郎花、藤袴、桔梗、薄の秋の七草が彫られていた。
「そうだよ。言っていた。だから僕は待ち続けた。だから僕は今日話しかけた。痺れを切らしたわけじゃない。君の力が発揮できるこの刻を狙っていたんだ」
「ええ。先生。先生を落胆させないだけの力をつけましたよ」
「ああ。いつでもかかって来なさい」
「ええ」
蛍火は微笑を浮かべてのち、素早く印を結んでは異空間へと導いたのであった。
「さあ、先生。思いっきり勝負をしましょう」
「ああ。とてもわくわくするね」
現世への扉が完全に閉まる間際、青月はさいごに蛍火が生けた秋の七草を見つめては、唇を艶やかに動かしたのであった。
「はあい。僕の七十六戦七十六勝。ははっ。蛍火。強くなったねえ。ヒヤヒヤしたよ。その調子でもっともっと強くなっておくれ。僕はずっとここに居るからね」
「………次こそは必ず」
「うん」
青月は勝負の際に乱れまくった蛍火の髪の毛を手製の櫛で丁寧に優しくじれったく梳いてのち、七本の玉簪を用いてお団子頭を作っては、待っていると囁いたのであった。
「先生」
「ん~」
「校庭の落ち葉で焼き芋作りません? もちろん。異空間で」
「もちろん。大賛成だよ」
(2025.10.2)
秋の七草が揺れる逢魔時 藤泉都理 @fujitori
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