第2話 賭けと魔法陣

 末っ子女神フローリア。


 剣神ディアの『転生』に続き、『加護』をつけると言いだした。

 豊穣神というだけあって、体力系加護なのか?

 途端、恋神フラウに睨まれるが無視している。



「あらあら、フラウはもう短気ね」


 最後の一人、スタイル抜群の大人っぽい女神様が、艶やかな微笑みを浮かべた。


「あっ、君、私は叡智神ミィアね。フローリア、お姉ちゃんも応援してあげる。そうね、転生後に困るといけないから知恵の加護をつけようかしら?」


 お姉ちゃん?

 この女神様も娘さん?

 四姉妹なんですか?

 神木さんを仰ぎ見ると、なんだか照れてた。


「もうーっ、お姉ちゃんはすぐそうやって甘やかす!」


「……甘やかしてない。正当な意見」


「ちょ、フローリアはもう黙ってなさい!」


「おいおい、フラウ。ケチも大概にしろよ、お前だけ文句ばっか言って加護も出さねぇのかよ。まさかタダ飲みする気か? ホントケチな駄女神だぜ!」


「だ、誰が駄女神よ!」


「へん、当たってるから怒ってやんの、ぷーくすくす!」


 剣神ディアに馬鹿にされ、恋神フラウの顔は真赤になる。

 すると両手でテーブルをバンと叩いて立ち上がった。


「もう、怒った! いい、美味しかったら、ホントに美味しかったらなんだからね。ケチじゃない私は、どどーんと『魔力増強と全スキル使い放題』にしてあげるわよ! どう、私が一番すごいんだからね!」


 ふっふふ~ん、と勝ち誇るフラウ。

 恋神なのに魔法の加護?

 恋は魔法だから?


「よし、いいぜ、その喧嘩買った! ならば俺は最大加護『破天・武の極み』をつけてやるぜ、どうだ、こらぁ!」


「……負けない……『限界突破、極み身体強化』、つける」


「あらあら、バランスがおかしくなるわね? 『叡智MAX』をつけようかしら?」


「もう、みんな馬鹿なの! 私が一番なんですけど、負けられないんですけど! 眷属化加護『無限派生オリジナルスキル創生』よ!」


「てめぇ、ふざけんな! 俺も眷属化してやらぁ!」


「私もする」


「あらあら、仕方ないわね、じゃあ私も」


「もう、真似しないで!」


 パンパン。

 突然、手を叩く音が響いた。

 

「こらこら、娘達よ、そんなにむきになるな、楽しくやるのだよ。わしは皆が喜んでくれたらそれで満足なのだよ」


 際限なく加護がポンポン上乗せされ、言い争いが止まらない女神様達。


 だか、神木さんが穏やかに諭すと、全員がはっと我に返り黙り込んだ。

 さすがはみんなのパパだ。


「そうだな、もう言い争いは止めようぜ」


 いち早く剣神ディアが姉妹達を見渡す。

 なんか悪い笑顔だ。


「だけどよぉ、これだけの加護がつくんだ、フラウが言うみたいにまずい場合はどうする? これってペナルティが必要じゃねぇか? なぁ、ここはこいつと賭けをしようぜ、賭け、つまり勝負だ!」


「お、おい、ディア、わしらが彼を呼んだのだよ。その上ペナルティなどは、さすがに勝手が過ぎるというものなのだよ」


 当然の物言いだ、俺も神木さんに同意である。

 ところが、


「それいい! たまにはいい事を言うじゃない!」


「賭け事、いけない…………けど、も、燃える!」


「あらあら、面白いわね!」

 

 テンション高めに他の女神達が食いついた!

 ギャンブル耐性がめっちゃ低くない?

 神様だから?


 女神達はわくわくした表情で拳を握り「「「「ねえ、パパ!」」」」とハモって神木さんにグイグイ詰め寄った。


「わ、わかった、わかったのだよ。仕方のないやつらだ。

 わしは彼の腕を信用してる。よって万が一にもまずい場合はペナルティ担当として、転生後の寿命をいじらせてもらうのだよ」


 ちょ、娘さん達に甘くないですか、神木さん!

 と言うか、いきなり何を言ってるんですか!


「うわっ、せっかく転生するのに、寿命を短めるのか、えっぐ!」


「そ、それは厳しいわね、ど、どうなの?」


「神でも禁忌、鬼ぺナ…………」


「あらあら、パパったら、怖いわね」


 俺は「ちょっと、待って」と言いたい。

 だが言葉を発する事が出来ない。

 

「――――おっし、面白くなった。ゲーム開始だ、お茶会にしょうぜ! おいお前、早速俺達にコーヒーを淹れてくれ、勝負だぜ!」


 鬼ぺナに一瞬引いてた剣神ディアが、再びにんまりと笑った。

 神の威光なのか、こちらに抗う気など一切持たせない。

 なんかずるいぞ。


 俺は申し訳なさそうな神木さんを見た。

 そっと「まぁ、いいですよ」と目配せする。

 それからキッチンで準備を始める事にした。


 わくわく顔の女神様達。

 視線が痛い。


 さて、驚いた事に全く地上での俺の店と同じだ。

 置いてある豆もそうだ。

 それらをいつもどおり触りながら、俺は気持ちを入れ替える事にした。


 俺のコーヒーを飲みたい人がいる。

 それは俺にとっては最大の喜びだ。

 神であろうが関係ない。


 たかがコーヒーと思う人もいるだろう。

 そんな「たかが」に俺は自分の全部を注いでもいいと思っている。


 人が生きる時、社会的な成功として成績や評価や結果を追う。

 それは違うと否定する人もいるが、そうせざる得ないのが社会だ。


 だけど、上手くいかず、挫折したり、苦しんだり、やる気をなくしてしまう事だって普通にある。


 励まされて、また頑張って、でも挫折する。

 悩んだり、苦しんだり、目標を見失ったり、見つけたり。

 そうして、あがいて、もがいて、生きていく。

 そういうのが当たり前で、どこにである普通の人生だ。

 

 俺は思う。

 成功ってなんだよって。


 結果に振り回されるのも、ただ否定して綺麗ごとを言うだけも嫌だ。


 俺は人から見れば「たかが」コーヒーに人生を注いできた。

 そんな「たかが」な事に、どれだけの想いで、どれだけの情熱を注ぎ込めるかが大事だと俺は思っている。


 言い訳のしようがない程やり切る事。

 

 俺はいつも自分の「全部」を使って生きていたい。

 そうやって生きて行けたら、最高だって思っている。


 俺の思う成功ってのは、そういうものだ。


 だから、コーヒーとそれを愛する人に俺は真摯でありたい。

 賭けだとか神だとか、そう言うのはどうでもいいんだ。

 

 すっと集中し、そして静かに俺は作業を終えた。



 全員の目の前にコーヒーを差し出し、俺は無言でおすすめをする。

 指定がなかったから、自慢の特製ブレンドだ。


 神木さんと女神様達は、嬉しそうにしばし香りを楽しむ。

 そして、それぞれがカップを口に運んだ。

 次の瞬間、各々が顔を見合わせ、大きく瞳を見開いた。


「嘘だろ! なんだよ、これ、うまっ!」


 一番に剣神ディアが興奮して叫んだ。

 すると突然俺の身体が真赤に光った。


「ちょっと君、これ、美味しすぎるんですけど!」


 恋神フラウが怒ったように褒めると、今度は身体が虹色に光る。


「……ほぇえ、か、感動!」


 豊穣神フローリアが目をくるくる回すと、さらに身体が黄色く光る。


「あらあら、いやん、これ最高!」


 叡智神ミィアが頬を染め賞賛すると、めまぐるしく身体が青く光った。


 みんなの「おいしい」に嬉しくなる。

 そこで唐突に俺の周囲に無数の煌く魔法陣が浮かんだ。


「ん? どうしたんだよ? パパのジャッジは?」


 剣神ディアが、俯いていた神木さんに声をかけた。

 するとゆっくりとその顔が上がり、悲し気に首を振った。


「これは失敗だ。残念だが、ペナルティ発動なのだよ…………」


 そう言った途端、俺の体が淡く色を薄め始めた。

 ちょ、ちょっと神木さん! 


 剣神ディアは少し驚いたが、すぐにすくっと立ち上がった。

 俺の周囲の魔法陣はさらに激しく回転を強め、勢いを増し光り輝く。


「あ~あ、一番の常連であるパパは手厳しかったな。

 だけどな、俺達全員は満足だぜ。

 さぁ、お前は転生する。

 いいか、武術、体力、魔力に特殊スキル、そして知恵、お前はそれらが常人よりも遥かに優れ、現在の記憶も失われない。

 これだけの加護がついているんだ、大抵の事で怪我はしねぇだろ。

 寿命は残念ながらパパに操作されるが、新たな人生を存分に楽しんで来いよ、わかったか、じゃあな!」


 その声が響いた瞬間、俺は激しく輝く魔法陣が作り出す暗闇に吸い込まれ、そのまま意識を失った。


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