第2話 バカにするのは絶対にダメ

「聖女様もラノベがお好きなんですね」


「えっと、『らのべ』って何のことかな?」


(あ、そうか。つい日本にいる時みたいな感覚になってしまった)


「あー、そのですね、こういった本ってなんと呼ばれているのですか?」


「んー、『小説』かな?」


「確かにそれはそうなんですけど、もっとこう、なんていうか——」


 呼び方が無いってことはつまり一般的には確立しておらず、まだまだ認知されていないジャンルだということだろう。


(ラノベの説明ってめちゃくちゃ難しいな!)


「会話文が多かったり挿し絵が入ってたりといった、気軽に読める本のことです。例えばこんな感じの」


 俺はそう言って手に持っているラノベの表紙を見せた。それはラブコメ作品で表紙には魔法使いの女の子が描かれている。


「えっ! 君もその作品が好きなの!? 魔法学園を舞台にしたお話だよね! その表紙の女の子は主人公の男の子の幼馴染で、主人公のことが好きなんだよね! だけど全然女の子として見てもらえない。それでも振り向かせようとする姿が可愛くて可愛くて! それから——。あっ、ネタバレ大丈夫かな?」


「大丈夫ですよ! 最新刊まで読んでますから。聖女様こそネタバレ大丈夫ですか?」


「うん、私も最新刊まで読んでるよ!」


「おお! それは良かった! それでですね、その女の子は幼馴染属性ではあるんですけど今のところ負ける雰囲気を感じないんです。幼馴染イコール負けヒロインとは限らないですよね!」


「あれ? この女の子は水属性だよ?」


「おぉぅ……」


 ガチの『属性』だった。なんてこった、ここは魔法が存在する異世界だから『属性』といえば魔法のことになるのか。


「それに『負けヒロイン』だったかな。勝負事のエピソードはまだ出てきていないはずだよ?」


(負けヒロインも通じないかぁ……)


 そりゃそうか、この世界にはこういう文化が無いんだから。


 それからしばらくの間、その作品の話で盛り上がった。やっぱり好きなものの話はめちゃくちゃ楽しいなぁ!


(あれ? なんの話をしてたっけ?)


「思い出した……! それでこういった本はどう呼ばれているのですか?」


「あの、実はね? 私の周りにこういう本が好きな子が一人もいなくって、呼び方とか考えたこともないんだ」


「それって実際に聞いてみたのですか?」


「ううん、誰にも聞いたことないよ」


「それならまだ分からないと思います。もしかしたら身近にいるかもしれませんよ」


「だ、だって……。これでも私は自分が聖女であることを自覚しているの。聖女とは国の象徴であると同時に、国の平和を守り、人々の希望となる存在。そんな私がこういった本が大好きだなんてことがバレたら、きっとみんなを失望させてしまう。……君もガッカリしたよね? 私の趣味がこういった本を読むことだってことに」


「いいえ、全くそうは思いません。むしろ知ることができて良かったと思います」


「ホント?」


「もちろんです。人それぞれ好きなものが違うのは当然のことで、何を好きになってもいいんです。そしてそれは他人が好き勝手に否定していいことじゃない。興味が無いのは仕方ないことですが、バカにするのは絶対にダメだと私は思います。……なんて、ちょっと偉そうでしょうか」


「ううん、そんなことないよ。君の言う通りだよね! なんだか心強い言葉だったよ」


「そう言ってもらえて嬉しいです」


 聖女様がそう考えてしまう理由は、この世界ではまだまだラノベのような文化に対する偏見や悪い風潮があるからなのだろう。


「それでね、君はこういう本のことをどう呼んでいるのかな?」


「えっと、私の故郷ではラノベって呼んでました」


「それってさっき言ってた言葉だよね。どういう意味があるのかな?」


「簡単に言うと軽快で読みやすい文章、でしょうか」


「確かに話し言葉で書かれていたりするから、より感情移入ができるよね」


 そう言って聖女様が「うんうん!」とうなずいてくれる。なんだかラノベが認められたみたいで嬉しい。


「うん、決めた! 今日から私も『ラノベ』って呼ぶことにするよ」


「私としては嬉しいですけど、いいのですか?」


「私もね、言われてみると呼び方が無いのは不便だなって思ったの。それにまだまだ君とお話ししたいから」


「ありがとうございます、光栄です」


「うーん、堅いなぁ。君が話しやすい言葉遣いにしてくれていいんだよ?」


「聖騎士である私が聖女様に対してそのような態度はとれません」


「そう、それ! せめてその『私』って呼び方だけでも変えてほしいな。きっと意識してそうしているんだよね?」


 俺は自分の立場をわきまえてるつもりだ。だけど聖女様がこう言ってくれてるんだから、その意向を受け入れることも時には必要だろう。


「分かりました。次からは『俺』って言います」


「うん、君は素直だね。敬語をなくしてくれてもいいんだよ?」


「いえ、さすがにそれは……」


 聖女様に対してタメ口だなんて、もし国の関係者に見られていたらどうなることか。

 まぁそれはそれとして、さっきから気になっていることを聞いてみよう。


「ところで聖女様。護衛も無しに外を出歩いて大丈夫なのですか? お忍びだから護衛がいないのでしょうか?」


「それなら心配ないよ。ちゃんと護衛がいるからね」


「そうなのですか? その割には近くに誰もいないようですけど」


「フフッ、確かにそう見えるよね。その答えはここを出てから教えてあげるね」


 というわけで俺と聖女様は目当てのラノベを買った後、人の姿がない裏道へ移動した。


「それじゃあ出てきてもらうね。アルマ、こっちに来て」


 聖女様がそう呼びかけると、どこからともなく一人の若い女性が現れた。


 赤いミディアムヘアに輝く真紅の瞳。そして黒装束。といってもヘソ出しにショートパンツという、動きやすさのみに特化した服装。そして腰に備えた短剣。


 まるでアサシンのようなその女性の目はとても鋭く、俺だけを捉えているようだ。明らかに警戒されている。

 本当にこういう役割の人いるんだなー。だけどむしろ安心した。やはり護衛はそうでないと。


「この子はアルマといって護衛をしてくれていて、こうして外に出る時もいつもそばで

見守っていてくれるの。実は本屋さんの中にもずっといたんだよ」


「はじめまして。俺はハヤテといいます。聖騎士団に所属しています」


「私はアルマ。よろしく」


 どうやら多くは語らないタイプらしい。まぁ俺もそうなんだけど。


 アルマさんが今ここにいるってことは、聖女様の趣味を知ってるということだろう。

 ということは、もしかするとアルマさんもラノベ好きかもしれない。こんな身近に理解者がいて良かった。


「もしかしてアルマさんもああいう本が好きだったりします?」


「いえ、特には」


(そうかぁ……)

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