転生した世界にもラノベがあるけど不遇なので聖女様と一緒に普及させることにした。
猫野 ジム
第1話 聖女様はガチ
「騎士団の皆様、どうかご無事で……!」
ここは春の暖かな日差しが降り注ぐ、王都にある城の大広場。軽く100人は超える大勢の騎士達を前に、そう言って祈りを捧げる一人の若い女性がいる。
腰まであるなめらかな金髪、宝石のように蒼く輝く瞳、純白の肌。そして純白のドレス。
その姿を見た誰もが思わず美しいと口に出すであろう神秘的な
それは聖女様。もはやラノベやアニメでお馴染みの存在だろう。
なんと聖女様は実在していた! でも俺は驚かない。だってここは異世界なんだから。
俺は転生者だ。そして転生してから一年と少し。少しだけ若返って転生したけど、日本での実年齢である21歳に追い付いた。
そんな俺は今、聖騎士団員として日々を過ごしている。聖騎士団とは、護衛など主に聖女様に関係する任務にあたる部隊のこと。
転生者は可愛い女神様からチート能力を授かって冒険者になって俺TUEEEができるんでしょ? ……確かにその通りだった。だけど俺は気がついた。「冒険者って生活が安定しないじゃん」と。
俺が欲しいのは『安定した普通の生活』。毎月決まった額の収入が保証されている生活。その範囲で好きなものを食べ、好きなものを買い、趣味を楽しむ。日本にいた時でもそんな生活をしていた。
そのために目指したのは聖騎士だった。だけどさすがにまったくの未経験では厳しいので、一年間だけ冒険者をしたんだ。なのでDランク止まり。
その甲斐あって一ヶ月ほど前に、聖騎士団の入団試験に合格することができた。いわば公務員だ。これこそ理想の異世界生活!
聖女様の祈りが終わると、騎士達が続々と任務へ向かう。
その任務とは王都周辺にあるダンジョンの探索。正確には調査だろうか。本来ならそこに出るはずのないモンスターが出たとのことで、国から騎士団へ調査命令が下されたんだ。
そして聖女様のお祈りはただのパフォーマンスではない。聖女様だけが使えるという結界魔法を大勢の騎士達にかけてくれた。
それによって出遭うモンスターの攻撃性が下がり、安全度が増す。
そのおかげで今回もまた、一人もケガ人を出すことなく調査を終えることができた。
そして今日は待ちに待った休み。騎士団には十分な人数がいるから急に呼び出されることは無い。なので心置きなく趣味を堪能できる。
それに万が一国家を揺るがすような事態になった時は、聖騎士の証である刻印が入ったプレートが激しく発光して知らせてくれる。
(今日は楽しみにしてた新刊の発売日だ!)
いつもより遅めに起きて適当にパンをほおばり、私服に着替え家を出る。
向かう先は本屋。なんとこの世界にもラノベがある。日本にいた時はそれはもう好きなラノベを買って休みの日に読みまくっていたものだ。
さすが王都にあるだけあってかなりの大型店舗。
雑誌や趣味の本、文学小説にモンスター図鑑、アイテム図鑑。冒険者になるための指南書なんてものも置いてある。『本なら何でも揃う』というキャッチコピーがピッタリなんじゃないかという規模の大きさ。
電子書籍なんて便利なものは無いため店内は多くの客で賑わっており、たくさんの立ち読み客がいるところも含めて日本とあまり変わらないかもしれない。
そして俺は目当てのラノベを求めて、店内の隅に追いやられた小さな小さなラノベコーナーへ。
当然平積みなんてしてるはずないので、頭文字を頼りに棚の中を目で追っていき、その中から一冊を手に取った。
実はこの世界でのラノベは全く一般的じゃなく、むしろ世間的にバカにされている風潮すら感じる。だって王都の本屋ですらこんな扱いなんだから。
オタク文化というのだろうか。かつての日本でもそういった偏見や風潮が強かった時代があったらしいけど、今となっては日本が世界に誇る文化だ。
目当ての新刊を探していると、珍しく他の人の姿があった。若い女性で、金髪ロングが素敵な美人。だけどなぜか既視感がある。
(もしかして、聖女様……!?)
男なら一度でもその美しさを見れば忘れることはないだろう。しかし本当に聖女様なのか? ただ単に似てる人なのでは? まさか聖女様がラノベを? そんな考えが頭の中を無限ループしている。
聖騎士団員とはいえ、最下級である俺なんかではとてもお近づきになることはできないほど近くて遠い存在。もし本当に聖女様なら、奇跡と言っていい。
「あの、間違っていたらすみません。もしかして聖女様、ですか……?」
「ええぇーっ……! 違いましゅ——」
(あ、噛んだ)
「……どうして私だって分かるの!?」
「分かるも何も、いつもと服装が違うだけでどう見ても聖女様ですよ」
いつものドレスのような服と違って、薄い青のワンピースという可愛らしい姿。ごく普通の20歳の女性だ。
「認識阻害の魔法をかけているのにー!」
「認識阻害ですか? もしかして姿を消したり誰からも認識されなくなる魔法でしょうか?」
「ううん、私の姿はちゃんとみんなに見えてるよ。だけど私が聖女だってことが分からないように、ごく普通の女の子として認識するようにしてあるの」
「それはつまり、みんな普通に接するけど誰一人として聖女様だとは思わないということでしょうか?」
「うん、そうだよ。だからいきなり当てられてビックリしちゃった。君は誰なのかな?」
「すみません、申し遅れました。聖騎士団に所属しているハヤテといいます」
それから証拠として、聖騎士団員のみが持っている刻印つきのプレートを見せた。
「ごめんなさい。分からないかも」
「いえいえ、お気になさらず」
そりゃそうだ。全員の顔と名前なんて普通は覚えてないだろう。元から知らないって言ったほうが正しいかもしれない。
「それにしてもどうして君には魔法が効かないんだろうね?」
「いやぁー、私にも分かりません。なぜなんでしょうね」
(言えない……! 実は転生者で『阻害魔法無効化』のチートスキルがあるだなんて……!)
「そっか。分からないものは考えても仕方ないかぁ。それよりもっ! 君もこういう本が好きなの!?」
いきなり前のめりになった聖女様の顔が俺の顔に急接近。いい匂いがして頭の中が真っ白になりそうなので、ぜひとも離れていただきたい。
「は、はい……。文学的なのもいいと思うんですけど、こういう雰囲気だからこそ気楽に読めるというか、読みながらいろいろ想像することが楽しいって思えるんです」
「うんうん! だよねっ! 小説ってね、同じ内容でも読む人の数だけ物語があると思うの! だってみんなそれぞれ思い浮かべる光景が違うはずだから。それにねっ、君が言うようにこういった緩い? 雰囲気だからこそ味わえる感覚があると思うんだ。妄想じゃないよ、想像だからね? でもでもっ! 文学作品がダメって言ってるわけじゃないからね?」
早口でそう話す聖女様を見て俺は確信した。この聖女様は『ガチ』であると。
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