第3話 距離が開いていく

萌が変わり始めたのは、あの宣言から一週間後だった。


週明けの月曜日。

俺が教室に入ると、萌が既に席についている。いつものポニーテール、いつもの笑顔。何も変わっていない……ように見える。


「おはよ、悠斗」

萌が普通に挨拶する。


「おはよ」

俺も普通に返す。


(よかった。いつも通りだ)


でも、何かが違う。

説明できないけど、何かが。



昼休み。

俺が萌を昼食に誘おうとすると、萌は女子グループと一緒に出て行こうとしていた。


「なぁ萌、今日どこで食う?」

「ごめん、今日は彩ちゃんたちと食べるから」


萌は振り返らずに、そう言った。


(あれ? いつもは一緒に食べるのに)


俺は一人、購買でパンを買って教室に戻った。

窓際の席で、一人でパンを食べる。


隣の席の田中が話しかけてくる。

「小林、佐伯さんと一緒じゃないの?」

「まぁ、向こうが忙しいみたいで」

「そっか」


パンの味がしない。

いつもなら、萌と一緒にくだらない話をしながら食べるのに。



放課後。

俺が萌に「帰ろうぜ」と声をかけると、萌は少し申し訳なさそうに笑った。


「ごめん、今日は買い物行くから」

「そっか」


一人で帰る通学路。

いつもは萌と一緒だったのに、今日は一人。


桜の花びらが風に舞っている。

もう散りかけている。


(なんか、寂しいな)


いや、何言ってんだ。

たまには一人もいいだろ。


でも、胸のモヤモヤは消えない。



翌日も、その翌日も。

萌は俺と一緒にいなかった。


昼休みは女子グループと。

放課後は買い物か、部活か。


俺が話しかけても、萌は笑顔で応じる。

でも、何か壁がある。


三日目の放課後。

俺は斉藤――親友の斉藤翔と一緒に帰っていた。


「最近、萌ちゃんと一緒にいないよな」

斉藤が言う。


「まぁ……向こうが忙しいみたいで」

「お前ら、ケンカした?」

「してない……と思う」


斉藤は俺の顔を見て、ニヤリと笑った。

「でも、萌ちゃん、最近お前と目も合わせないぞ」


俺は驚いて立ち止まった。

「え?」


「気づいてなかったのか? 教室でも、お前の方は一度も見てない」


言われてみれば。

確かに、萌は俺と目を合わせない。

話しかければ返事はするけど、自分から話しかけてこない。


「なんでだ?」

「さぁな。でも、あの『女子じゃない』発言、相当効いてるんじゃね?」


俺は何も言えなかった。



四日目の昼休み。

俺は教室で漫画を読んでいた。


萌が席に戻ってくる。珍しく一人だ。


これはチャンスだ。


「なぁ萌、この前の続き読んだ?」

俺は漫画を見せた。萌の好きなシリーズだ。


萌は少し困ったような顔をした。

「ごめん、最近漫画読んでないんだ」


「え? でもお前、このシリーズ好きだったじゃん」

「うん……でも、ちょっと卒業しようかなって」


卒業?


「卒業って……なんで?」

「漫画とかゲームとか、子供っぽいかなって思って」


俺は言葉を失った。


萌は、漫画もゲームも好きだった。

俺と一緒に最新刊を買いに行って、夜遅くまでゲームして。


それが、俺たちの共通の趣味だった。


「そっか」

俺はそれしか言えなかった。


萌は少し寂しそうに笑って、また席を立った。



その日の放課後。

俺は斉藤と校門で話していた。


「萌、最近変なんだよ」

「どう変?」


「なんか、距離置かれてるっていうか……。漫画もゲームも興味なくなったって言うし」


斉藤は少し考えてから言った。

「それ、女子っぽくなろうとしてんじゃね?」


「は?」


「お前が『女子じゃない』って言ったから、女子らしくなろうとしてんだよ」


俺は黙った。


斉藤は続ける。

「でもさ、それってお前との共通の趣味捨ててるってことだよな」


俺は、ハッとした。

(そうか……萌は、俺との距離を開けることで、"女子"になろうとしてるのか)


「でもそれって……」

「矛盾してるよな。お前に認めてもらいたくて変わってるのに、変わることでお前から離れてる」


斉藤はポンと俺の肩を叩いた。

「まぁ、頑張れよ」


そう言って、斉藤は先に帰って行った。



一人で帰る通学路。

俺は考えていた。


(萌が、遠くなってる)


いつも一緒にいたのに。

漫画の話して、ゲームして、バカ話して。


それが、なくなってる。


(これが、俺が望んだことなのか?)


違う。

俺は、萌と距離を置きたかったわけじゃない。


ただ、関係が変わるのが怖かっただけだ。


でも。

もう変わり始めてる。


俺が何もしなくても、萌は変わろうとしている。

そして、俺から離れていっている。


(これでいいのか?)


答えは出ない。



その夜、俺は部屋でベッドに横になっていた。

天井を見つめる。


スマホを見る。

萌からのLINEはない。


いつもなら、夜に「おやすみ」のスタンプが来るのに。

最近は、それもない。


(萌……)


俺は、何がしたいんだ?

萌を女として見たくない。でも、離れていくのも嫌だ。


矛盾してる。

自分でも分かってる。


でも、どうすればいいのか分からない。


スマホを閉じる。

目を閉じる。


(明日は……萌と話せるかな)


そんなことを考えながら、俺は眠りについた。



翌朝。

教室に入ると、萌が既に席についていた。


いつものポニーテール。

でも、今日は髪を巻いている。


俺は気づいた。

萌が、変わろうとしている。


外見だけじゃない。

話し方も、仕草も、少しずつ。


そして、俺との距離も。


(萌……)


俺は自分の席に座った。

萌の方を見る。


でも、萌は俺を見ない。

女子グループの中で、笑っている。


その笑顔は、いつもと同じように見える。

でも、何かが違う。


俺には、もう届かない場所にいる気がした。



その日の放課後。

教室の窓から、萌が誰かと話しているのが見えた。


男子だ。

誰だ?


俺は窓に近づいた。


生徒会のバッジをつけている。

上級生か?


萌が、笑っている。

その男も、笑っている。


俺の胸に、嫌な感覚が広がった。


(なんだ、この感じ)


モヤモヤする。

胸が、苦しい。


田中が俺の隣に来た。

「あれ、片桐先輩じゃね?」


「片桐?」


「生徒会副会長の片桐涼。学年でも有名なイケメン。女子からの人気ヤバいよ」


俺は黙って、萌と片桐を見ていた。


二人は何か話している。

萌が、少し照れたように笑う。


(萌が……他の男と)


俺は窓から離れた。

見たくない。


でも、頭から離れない。


萌の笑顔。

片桐の笑顔。


(なんで、こんなに嫌なんだ)


答えは出ない。


胸のモヤモヤだけが、どんどん大きくなっていく。



家に帰って、ベッドに倒れ込んだ。


(萌が、遠くなってる)

(他の男に、笑いかけてる)


それが、こんなに嫌だなんて。


俺は、何を感じているんだ?


分からない。


でも、一つだけ分かる。


俺は、変わらなきゃいけない。


このままじゃ、萌を失う。


翌日、その予感は現実になった。


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【あとがき】

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