第3話 距離が開いていく
萌が変わり始めたのは、あの宣言から一週間後だった。
週明けの月曜日。
俺が教室に入ると、萌が既に席についている。いつものポニーテール、いつもの笑顔。何も変わっていない……ように見える。
「おはよ、悠斗」
萌が普通に挨拶する。
「おはよ」
俺も普通に返す。
(よかった。いつも通りだ)
でも、何かが違う。
説明できないけど、何かが。
*
昼休み。
俺が萌を昼食に誘おうとすると、萌は女子グループと一緒に出て行こうとしていた。
「なぁ萌、今日どこで食う?」
「ごめん、今日は彩ちゃんたちと食べるから」
萌は振り返らずに、そう言った。
(あれ? いつもは一緒に食べるのに)
俺は一人、購買でパンを買って教室に戻った。
窓際の席で、一人でパンを食べる。
隣の席の田中が話しかけてくる。
「小林、佐伯さんと一緒じゃないの?」
「まぁ、向こうが忙しいみたいで」
「そっか」
パンの味がしない。
いつもなら、萌と一緒にくだらない話をしながら食べるのに。
*
放課後。
俺が萌に「帰ろうぜ」と声をかけると、萌は少し申し訳なさそうに笑った。
「ごめん、今日は買い物行くから」
「そっか」
一人で帰る通学路。
いつもは萌と一緒だったのに、今日は一人。
桜の花びらが風に舞っている。
もう散りかけている。
(なんか、寂しいな)
いや、何言ってんだ。
たまには一人もいいだろ。
でも、胸のモヤモヤは消えない。
*
翌日も、その翌日も。
萌は俺と一緒にいなかった。
昼休みは女子グループと。
放課後は買い物か、部活か。
俺が話しかけても、萌は笑顔で応じる。
でも、何か壁がある。
三日目の放課後。
俺は斉藤――親友の斉藤翔と一緒に帰っていた。
「最近、萌ちゃんと一緒にいないよな」
斉藤が言う。
「まぁ……向こうが忙しいみたいで」
「お前ら、ケンカした?」
「してない……と思う」
斉藤は俺の顔を見て、ニヤリと笑った。
「でも、萌ちゃん、最近お前と目も合わせないぞ」
俺は驚いて立ち止まった。
「え?」
「気づいてなかったのか? 教室でも、お前の方は一度も見てない」
言われてみれば。
確かに、萌は俺と目を合わせない。
話しかければ返事はするけど、自分から話しかけてこない。
「なんでだ?」
「さぁな。でも、あの『女子じゃない』発言、相当効いてるんじゃね?」
俺は何も言えなかった。
*
四日目の昼休み。
俺は教室で漫画を読んでいた。
萌が席に戻ってくる。珍しく一人だ。
これはチャンスだ。
「なぁ萌、この前の続き読んだ?」
俺は漫画を見せた。萌の好きなシリーズだ。
萌は少し困ったような顔をした。
「ごめん、最近漫画読んでないんだ」
「え? でもお前、このシリーズ好きだったじゃん」
「うん……でも、ちょっと卒業しようかなって」
卒業?
「卒業って……なんで?」
「漫画とかゲームとか、子供っぽいかなって思って」
俺は言葉を失った。
萌は、漫画もゲームも好きだった。
俺と一緒に最新刊を買いに行って、夜遅くまでゲームして。
それが、俺たちの共通の趣味だった。
「そっか」
俺はそれしか言えなかった。
萌は少し寂しそうに笑って、また席を立った。
*
その日の放課後。
俺は斉藤と校門で話していた。
「萌、最近変なんだよ」
「どう変?」
「なんか、距離置かれてるっていうか……。漫画もゲームも興味なくなったって言うし」
斉藤は少し考えてから言った。
「それ、女子っぽくなろうとしてんじゃね?」
「は?」
「お前が『女子じゃない』って言ったから、女子らしくなろうとしてんだよ」
俺は黙った。
斉藤は続ける。
「でもさ、それってお前との共通の趣味捨ててるってことだよな」
俺は、ハッとした。
(そうか……萌は、俺との距離を開けることで、"女子"になろうとしてるのか)
「でもそれって……」
「矛盾してるよな。お前に認めてもらいたくて変わってるのに、変わることでお前から離れてる」
斉藤はポンと俺の肩を叩いた。
「まぁ、頑張れよ」
そう言って、斉藤は先に帰って行った。
*
一人で帰る通学路。
俺は考えていた。
(萌が、遠くなってる)
いつも一緒にいたのに。
漫画の話して、ゲームして、バカ話して。
それが、なくなってる。
(これが、俺が望んだことなのか?)
違う。
俺は、萌と距離を置きたかったわけじゃない。
ただ、関係が変わるのが怖かっただけだ。
でも。
もう変わり始めてる。
俺が何もしなくても、萌は変わろうとしている。
そして、俺から離れていっている。
(これでいいのか?)
答えは出ない。
*
その夜、俺は部屋でベッドに横になっていた。
天井を見つめる。
スマホを見る。
萌からのLINEはない。
いつもなら、夜に「おやすみ」のスタンプが来るのに。
最近は、それもない。
(萌……)
俺は、何がしたいんだ?
萌を女として見たくない。でも、離れていくのも嫌だ。
矛盾してる。
自分でも分かってる。
でも、どうすればいいのか分からない。
スマホを閉じる。
目を閉じる。
(明日は……萌と話せるかな)
そんなことを考えながら、俺は眠りについた。
*
翌朝。
教室に入ると、萌が既に席についていた。
いつものポニーテール。
でも、今日は髪を巻いている。
俺は気づいた。
萌が、変わろうとしている。
外見だけじゃない。
話し方も、仕草も、少しずつ。
そして、俺との距離も。
(萌……)
俺は自分の席に座った。
萌の方を見る。
でも、萌は俺を見ない。
女子グループの中で、笑っている。
その笑顔は、いつもと同じように見える。
でも、何かが違う。
俺には、もう届かない場所にいる気がした。
*
その日の放課後。
教室の窓から、萌が誰かと話しているのが見えた。
男子だ。
誰だ?
俺は窓に近づいた。
生徒会のバッジをつけている。
上級生か?
萌が、笑っている。
その男も、笑っている。
俺の胸に、嫌な感覚が広がった。
(なんだ、この感じ)
モヤモヤする。
胸が、苦しい。
田中が俺の隣に来た。
「あれ、片桐先輩じゃね?」
「片桐?」
「生徒会副会長の片桐涼。学年でも有名なイケメン。女子からの人気ヤバいよ」
俺は黙って、萌と片桐を見ていた。
二人は何か話している。
萌が、少し照れたように笑う。
(萌が……他の男と)
俺は窓から離れた。
見たくない。
でも、頭から離れない。
萌の笑顔。
片桐の笑顔。
(なんで、こんなに嫌なんだ)
答えは出ない。
胸のモヤモヤだけが、どんどん大きくなっていく。
*
家に帰って、ベッドに倒れ込んだ。
(萌が、遠くなってる)
(他の男に、笑いかけてる)
それが、こんなに嫌だなんて。
俺は、何を感じているんだ?
分からない。
でも、一つだけ分かる。
俺は、変わらなきゃいけない。
このままじゃ、萌を失う。
翌日、その予感は現実になった。
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【あとがき】
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これからもどうぞよろしくお願いします✨
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