第4話 他の男が見てくれる

片桐涼という男が、萌に近づいてきたのは、俺が気づいた直後だった。


朝、教室に入ると、クラスがざわついている。


「見た見た? 廊下で」

「片桐先輩が、佐伯さんに話しかけてた」

「マジで?」


俺の足が止まる。


斉藤が俺に近づいてきた。

「おい、聞いた?」


「何を?」


「片桐涼が、萌ちゃんに声かけたらしい」


「片桐……生徒会の?」


「そう。学年でも有名なイケメン。女子からの人気ヤバい」


俺は窓の外を見た。

校庭で、萌と片桐が話している。


片桐は笑顔で、萌も少し照れたように笑っている。


胸に、嫌な感覚が広がった。



一時間目の授業中。

俺は全く集中できなかった。


萌と片桐が話していた姿が、頭から離れない。


(なんで、あんなに気になるんだ)


萌が他の男と話すくらい、普通だろ。

でも、このモヤモヤは消えない。


チラッと萌の方を見る。

萌はノートに何か書いている。真面目に授業を受けている。


いつもと同じ。

でも、何かが違う。


俺には、もう見せてくれない顔を、片桐には見せている気がした。



昼休み。

俺は購買でパンを買って、教室に戻ろうとしていた。


廊下で、萌と片桐が話しているのを見た。


足が止まる。


片桐が言う。

「佐伯さん、最近雰囲気変わったね」


萌が答える。

「え、そうですか?」


「うん。前より……大人っぽくなった気がする」


萌は嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます」


その笑顔。

俺が最近見ていない笑顔だ。


片桐は続ける。

「今度、良かったら一緒に食事でも」


俺の手が、握られる。

パンの袋が、クシャッと音を立てた。


萌が少し考えてから答える。

「……はい」


息が、詰まる。


片桐が笑う。

「じゃあ、連絡先交換してもいい?」


「はい」


二人はスマホを取り出している。


俺は、そこから逃げるように教室に戻った。



教室で、一人でパンを食べる。


味がしない。


(萌が……片桐と食事に行く)


なんでこんなに嫌なんだ。

萌が他の男と食事に行くくらい、別にいいだろ。


でも、嫌だ。


すごく、嫌だ。


「小林、どうした?」

田中が話しかけてくる。


「……別に」


「顔、暗いぞ」


俺は無理に笑った。

「大丈夫だよ」


でも、全然大丈夫じゃない。



放課後。

俺は一人で帰ろうとしていた。


下駄箱で靴を履き替えていると、萌が来た。


久しぶりに、二人きりになった。

「あ……悠斗」

萌が声をかけてくる。


「おう」


気まずい沈黙。


俺は我慢できずに聞いてしまった。

「片桐と……食事、行くの?」


萌は少し驚いた表情で、それから答えた。

「うん。誘われたから」


「そっか」


また沈黙。


萌は靴を履きながら言った。

「なんで?」


「いや……別に」


萌は俺の方を見た。

久しぶりに、萌が俺を真っ直ぐ見た。


「悠斗、関係ないでしょ?」


その言葉が、胸に刺さった。


「そりゃ……そうだけど」


萌は少し挑発的に言った。

「片桐先輩、優しいし。ちゃんと私のこと見てくれるから」


ちゃんと見てくれる。


その言葉が、俺を責める。


「そっか……」

俺はそれしか言えなかった。


萌は靴を履き終えて、先に歩いて行った。

「じゃあね」


俺は、その背中を見送ることしかできなかった。



一人で家に帰る道。


胸が、苦しい。


(なんで、こんなに嫌なんだ)



その夜。

俺は校門で、斉藤と話していた時のことを思い出していた。


「お前、最近元気ないな」

斉藤が言った。


「そんなことないけど」


「嘘つけ。萌ちゃんのことだろ?」


俺は黙った。


斉藤は続けた。

「片桐と食事行くんだって?」


「……知ってんのか」


「クラスで噂になってるよ。『片桐先輩が佐伯さんに本気』って」


本気。


その言葉が、俺を焦らせた。


「お前、焦らないの? 萌ちゃん取られるぞ」


「取られるって……俺と萌は付き合ってるわけじゃないし」


「でも、好きなんだろ?」


俺は黙った。


好き?


俺が、萌を?


「違う。萌は……」


「またそれ言うのかよ」


斉藤は呆れたように笑った。


「お前、本当に鈍いな」


「何がだよ」


「お前が萌ちゃんのこと好きなの、バレバレだよ」


俺の心臓が、ドクンと跳ねた。


「そんなわけ……」


「嫉妬してんじゃん。片桐に」


嫉妬。


その言葉が、胸に突き刺さった。


(俺が……嫉妬?)


斉藤はポンと俺の肩を叩いた。

「まぁ、頑張れよ。後悔する前に」


そう言って、斉藤は先に帰って行った。



ベッドに横になって、天井を見つめる。


斉藤の言葉が、頭の中で響いている。


「お前が萌ちゃんのこと好きなの、バレバレだよ」


好き。


俺が、萌を。


(違う)


違うはずだ。


でも。


なんで、こんなに苦しいんだ?


萌が他の男と笑ってる姿を想像すると、胸が痛い。


萌が他の男に優しくされてるのを想像すると、嫌になる。


(これは……)



目を閉じる。


(萌が、遠くなってる)

(他の男に、笑いかけてる)


俺は、萌に何も言えなかった。

「行くな」なんて、言える立場じゃない。


でも。


(嫌だ)


なんで、こんなに苦しいんだ?


認めたくない。


認めたら、何かが変わる。

今の関係が、壊れる。


中学の時も、そうだった。

俺が誰かを好きだと認めたら。

その人を、傷つけた。


だから。


(認めちゃダメだ)


俺は、その気持ちを押し込めた。


(萌……)


明日、萌は片桐と食事に行く。


二人で、楽しく話して。

萌は笑って。


俺は、何もできない。


ただ、この苦しさに耐えることしか。


俺は、萌を失いつつある。


その現実が、ゆっくりと俺を押しつぶしていく。



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【あとがき】

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