第5話  逃走者と追跡者

 シカゴ 97年10月20日

 パーク高校の近くの路肩に停めたセダンの中で、俺とリリーは話をしていた。


「ジョンには、おじさんに忘れ物を持ってきてもらったって言っといたから」

 

 リリーの雑な説明に彼は納得したらしい。

 護衛対象のジョンは、案外のんきな性格かもしれない。

 俺がリリーのおじさんで、サーシャがおばさんという設定カバーストーリーだ。

 二人とも三十代だ。両親と説明するのは無理がある。


「学校は安全だよ。今日は化学とJROTCの授業受けた」


 リリーはJROTC (Junior Reserve Officers' Training Corps) の授業も受けたようだ。


「アメリカ人って、右向け右とか回れ右できないのね。ジョージ」


「日本人は誰でもできるらしいぞ。ジュニアハイスクールから練習させられるらしいが」

 

 リリーが話す皮肉に、俺は思わず笑いそうになった。


「あっ、授業でM1903を触ったよ。一発も撃ってないけど」


「古めかしいボルトアクションだろ。ガチャンと引くやつ」


 リリーは急に真面目な顔になった。

 リリーが眉間みけんにシワをよせた顔をする時は不安がっている。


「話変えるわ。JROTCの教官が9月から来たらしいけど。ジョンを気にかけていて怪しい」


「情報は裏が取れないと。あまり人を疑ってはいけないよ」


 俺は優しくさとした。

 普段の柔らかい顔つきに戻った気がする。

 リリーは車を出て、レンガ造りの古い校舎に戻っていった。



 念のために、高校の近くの駐車場で待機。

 インパラのシフトレバーはPに合わせてある。


 午後四時五十分、ピリピリピリという音が鳴った。

 俺の携帯電話スタータックに着信だ。

 電話を取ると、リリーが早口の英語で話している。


「何? リリー。緊急事態か」


「ジョージ、東通りに車を回して。早く」


 電話口から激しい銃撃音が聞こえた。

 俺が運転席のサーシャに目配せすると、サーシャは黙ってうなづいた。

 シフトレバーをDに入れ、車を走らせる。


 俺はボストンバックからオーストリア製の短機関銃サブマシンガンを取り出した。

 はステアーTMPからフォアグリップを排除しており。

 発射機構は単発発射セミオートに限定したモデルだ。


 サーシャが車を走らせていると、男に追われているリリーがいた。

 俺はまずい状況だと感じた。

 俺は迷いもなく男を一発殴って、レンガ造りの壁に叩きつけた。 


 リリーはすばやく車に飛び乗り、後部座席のドアを閉めた。

 リリーに目立った外傷はなさそうで安心した。

 俺は即座に「ジョンは? なぜ追われてる」と聞く。


「ジョンは車で先に帰ったわ。護衛対象は無事」


「敵は護衛を消して、ジョンを誘拐する計画か?」


 リリーが言葉をにごしたので、俺は会話を打ち切った。


「グロック26を撃ち尽くした。私に武器を」 

 

 俺はボストンバックをつかんで投げた。

 リリーはAR‐15を取り出し、慣れた手つきで組み立てる。


 サーシャが車を急加速させると、二台の車が後ろから追いかけてきた。

 白いフォード・エクスプローラ―大型の四角いSUV。

 アメリカの一般家庭が乗りそうな車だ。

 銃がチラ見しているけどね。


 MAC‐10の連続した発射音が鳴る。

 インパラのリアガラスは割れ、ガラスが飛び散った。

 俺とリリーは伏せて、直撃をまぬがれた。

 車内に寒い空気が一気に流れ込む。


「どうすんだよ! サーシャ」


「車を走らせる。それだけだ」


「トランクが穴だらけだ。人間もハチの巣になるぞ!」


 俺は三十発の弾倉を入れた短機関銃を握り直した。

 高まる鼓動に震える手、俺は猛烈に不安に駆られた。


「後ろの車は防弾車じゃない。フロントガラスを狙って」


 ここはリリーの指示に従おう。

 俺は手榴弾の安全ピンを抜いて外へ放り投げる。

 手榴弾はフォード車の手前で爆発し、炸裂音が住宅地に響いた。


「やべぇー失敗した」


「ちょっと! 何やってんのジョージ」

 

 リリーが怒鳴る声が耳に残る。

 不安と緊張で手元が狂ってしまった。

 次はうまくやる。俺は心の中でそう決めた。


 同時に後ろの敵がTEC‐9を連射する。

 インパラのドアミラーは吹き飛んだ。


 サーシャは曲がり角で車を止めた。

 車を乗り換える必要があるそうだ。

 俺はボストンバッグをつかんで、外に飛び出す。 


 後続の黒いサバーバンから三人の男が降りてきた。

 彼らはカラシニコフを手に構えている。

 あれは自動小銃アサルトライフルだ。


 フォード・エクスプローラから二人の男が下車。

 男どもは短機関銃サブマシンガンを構えている。


 サーシャは三点バーストを撃ち込む。

 リリーはAR‐15で狙いを定めて一人を排除。

 俺は敵が乗る車のタイヤに狙い撃ち。車体が少し沈む。


「フォードに乗った二人は倒したよ、サーシャ」


「リリー、代わりの車を用意してある。駐車場まで走れ」


 サーシャの指示通り、脇道を走って駐車場に向かう。

 そこには車が六台ほど停めてあった。

 サーシャは、四角いヘッドライトが特徴的なSUV―ジープ・チェロキーXJに乗り込んだ。


「一般人に見られる前に早く」


「サーシャ、武器はボストンバックに入れて運ぶ」


 俺はジャケットにステアーを隠したまま、ドアを開けた。

 右側の助手席に乗ると革張りのシートが冷たく感じた。

 俺は素早くシートベルトを締め、膝にステアーSPPを載せる。


 リリーが後部座席に座ったのを見て、サーシャはウィロー通りを走り始めた。


「ジョージ、道案内をよろしく」

 

 仕方がなく、クローブボックスから地図を取り出す。

 この車にはカーナビが付いていない。

 90年代には普及していないから、道案内は地図に頼る必要があった。


「サーシャ。高速を目指すの?」


「やめておこう。ガソリンが少ない。下道を走る」

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