第4話 校外学習でジョンを守れ

 97年10月

 朝7時30分、慌ただしく階段を降りる音が家に響く。

 リリーはグレーのスウェット姿で朝食に現れ、寝癖ねぐせのついた茶色い髪をかきむしっていた。


「やばいって。寝坊したよ」


「リリー、授業は八時から始まるんだろ。黄色いスクールバスに置いていかれたな」


朝飯モーニング食べる時間ないよ。ジョージ」


 まるで、日本の学生みたいなあわただしさだな。

 俺は心の中で笑っていた。


を車で食えよ」


 俺はポップターツをリリーに投げて渡した。 

 アメリカではとてもポピュラーで、朝食にも食べられるお菓子だ。


 ものの数分で私服に着替えたリリー。

 リリーはサーシャが運転するインパラで慌ただしく出発して、高校に向かった。

 今からでも間に合うのか、神のみが知る。


 俺はトースターにチョコ味のポップターツを入れた。

 暖まったポップターツがポップアップ。

 一口かじると、カロリーメイトに近い食感。


 少しのどかわいたのでコカ・コーラのサージを開けた。

 97年の2月に発売されたばかりの新商品。

 サージの味はマウンテンデューに似ている。



 俺にはジョン君の家族がソ連のスパイ組織〈KGB〉にさらわれないよう、警戒する任務がある。 

 というわけで、彼の家がある通りを監視カメラでチェックする。


 俺は軍事ニュースの専門誌『ジェーンズ・ニュース・ウィークリー』をめくっていた。

 この時代、インターネットは普及していないから調べ物は紙や本に限る。


《アメリカの情報筋によれば、ソ連のZeya設計局が新型の強襲騎兵アーム・スレイブを開発していることが判明した。詳細は不明》


《アフリカの某国がRk92 Savageの追加購入を決めた。某国とソ連との関係が悪化している事からルーマニア、ウクライナ、ポーランド、中国がコンペに名乗りを上げている》


《バル・ベルデ共和国に2機のF‐16 ADFが到着した。このF‐16はBlock15にAN/APG-66(V)1レーダーを搭載した仕様で、AIM‐7とAIM‐120を運用できる。共和国は1999年までに10機を受領する見込みである》



 俺にとって、ここは異世界に等しい場所だ。

 ドイツが統一しても、ソ連が崩壊しなかった世界。

 1990年初頭に中国が南北に分断された世界。

 97年になっても、アメリカとソ連が冷戦を続けている世界。

 



       ☆



 サーシャは家に帰って来てから、愚痴を言った。


「リリーはそそっかしい子だ。忘れ物がないといいが」


「忘れ物があれば俺が届けるよ」


 午前11時、俺はリリーの運転するインパラでフィールド博物館に向かった

 街を走る車は角張ったセダンばかりだ。

 タクシーも黄色いクラウン・ビクトリアが多い。 


 シカゴを象徴する象徴と言えばシアーズ・タワーと跳ね上げ橋。

 そして映画「ブルース・ブラザーズ」でも登場した高架の鉄橋だ。


 駐車場に車を止めて、フィールド自然史博物館まで歩く。


「ジョージ、自然な形で後ろから見学しろ」


「わかった。努力する」


 博物館の入り口には、まるでパルテノン神殿のような巨大な柱がそびえ立つ。

 入り口の先にあるメインホールでは天窓から光が降り注いでいた。 


「学生は4ドルだけど俺たちは8ドル払わないと」


 ホールには首が長い恐竜の化石が展示されていた。

 21世紀の博物館では、この場所にティラノサウルスのスーがかざられていた記憶がある。


「あれはブラキオサウルスね」とサーシャ。


「2頭のアフリカゾウの…… はく製だね」


 やがて、メインホールにぞろぞろと私服姿の学生が入ってきた。

 パーク高校の学生だ。


 リリーの服装はすぐに分かった。GAPの白パーカーに青いジーンズ。

 ジョンは金色の前髪を左右に分け、おでこを広く見せるヘアスタイルだ。服は地味なチェックシャツで、靴は白いニューバランス。


「地味な青年ね。ナードって感じがするわ」


「彼が特別な人間だとは思えないが」


 任務の前に気を引き締める必要がある。

 俺は拳を握り上げ、体に力を入れた。


 彼が展示室に入ると、俺たちも後を追った。

 古代アメリカコーナーをみて、北西海岸および北極圏のコーナーを見た。


 革ジャンを着た男がジョンの後ろをつける。 

 男は博物館の展示には興味がなさそうだ。

 サーシャは小声でささやいた。


「ジョージ、あの男怪しい」


「右手を動かさず、音を立てない歩き方。ソ連で訓練された男だ」


 高校生はホールを出て、向かい側の展示室に歩いていく。

 突然、ジョンが列を外れてトイレに向かった。


 ジョンがトイレの個室に入ったのを見計らって行動に移る。

 革ジャン男の背後から近づき、素早く首にスタンガンを浴びせた。

 意識を失った男を個室に引きずり込み、トイレに座らせる。

 

 ジョージの体が対人制圧を覚えている。

 当たり前の話だが、中身が日本人の俺はやったことがない。

 この身体に転生してから、驚かされてばかりだ。


 何食わぬ顔でトイレから出た俺はサーシャと合流した。

 ジョンも手を洗ってトイレから出てきた。

 手を洗うあたり、しっかりした子なんだろう。


 なぜジョンが狙われるのか、転生者の俺だけが知っている。

 彼は特別な知識を持つウィスパードと呼ばれる存在かもしれない。

 まだ知識をささやかれていないのだろうが。


 

 

 その後もエジプトのミイラ、ツァボの人食いライオンなどを見て回った。

 自然史博物館では何事もなく、無事に校外学習は終わりを告げた。

 無事に任務完了。









※ポップターツはポップタルトと呼ぶ人もいますね

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