ガール・ミーツ・ボーイ

第3話 高校で護衛任務が始まった

  97年10月4日 湖畔の町 シカゴで

  

 俺は赤いチェック柄のジャケットに青いジーパン姿で、アメリカに降り立った。

 空港からタクシーに乗って、拠点に向かう。

 タクシーはシボレー・カプリスだ。


 シカゴでは、白い二階建ての家に住むことになった。

 日本の家に比べたら豪邸じゃないか。

 家の左側には白いガレージがあるし、駐車場には黒いインパラSSが見えている。 


 インパラSSはシボレーが開発したフルサイズセダン。

 V型8気筒 5.7リッターエンジンに4速ATを組み合わせている。

 特徴的な細い目の中央にはメッシュグリル。

 スポーティーな外観が走りを誘いそうだ。



 家の前では、先行してシカゴに入ったサーシャが待っていた。

 護衛対象の青年ジョンは向かい側の家に住んでいるようだ。


「バスルーム2つ・ベッドルーム3つを備えた家だと聞いていたけど広いね」


「上がってくれ」


 俺は靴をいたまま家に上がった。

 日本人の感覚があるから慣れない。違和感がつきまとう。


「ジョージ、リリーは学校に行ったよ。バスに乗って」


「なんで俺も護衛任務なのさ? 情報部がジョン君の護衛ついてるんでしょう」


「人は多い方が良い。まずは地下室を案内しよう」


 サーシャは壁のトグルスイッチを上げて、地下室の電気をつけた。

 地下室には白い洗濯機と乾燥機が並んでいた。 

 シカゴでは地下室がない物件のほうが珍しいそうで、日本とは居住環境が違いすぎる。

 


 階段を上がると一階に出る。

 ダイニングテーブルの横を通ってキッチンに足を進めた。

 L字型キッチンにはガスコンロとオーブンと食洗機が付いていた。


「冷蔵庫にウォッカとサーロが入っている。好きな時に飲むといい」


 サーシャの発言は実にロシア人らしい。

 ロシアは酒好きというステレオイメージがあるから。


「ボストンバックに武器を入れた。お前の部屋は二階だ」


「腹減ったけど。食い物はある」


 俺がそう言うと、サーシャは冷凍庫から箱に入った紙箱を取り出した。

 TVディナーのHungryManだ。

 二個のハンバーグとマッシュポテトとビーンズ、デザートにはチョコブラウニーまである。


「ソールズベリー・ステーキ?って何」


「ハンバーグステーキのことだ」


 電子レンジで五分温めて、ポテトをフォークでかき混ぜると完成だ。

 ポテトは不味い。塩味が足りない感じがする。

 チョコブラウニーは最高だったよ。

 ハンバーグは冷食っぽいね。 


 サーシャがポツポツと話す。

 アメリカは食にあふれていると文句を言いながら。


「アメリカに比べればソビエトは貧しい国だ。幼少期、コムナルカに住んでいた。プライバシーの欠片もない場所で苦労した」


「ソ連にもうまいものはあっただろう?」


「ソ連でうまいのはアイスとチョコだけだった」


「マクドはあったのか?」


「ソ連にマクドナルドはない。ファストフードと言えるのはピロシキ屋だけだ」


 TVディナーを食いながら、パーク高校に潜入したリリーの帰りを待つ。

 でも、まだ帰ってこないので荷物整理をする。


 二階の割り当てられた部屋に行く。

 ベットと机だけのシンプルな部屋だ。

 ボストンバッグから武器を取り出して床に並べる。


 まずはAR‐15から見よう。21世紀の人間から見ればレトロなライフルだ。

 ブッシュマスターXM15は16インチバレルを採用。

 キャリアハンドルの上にAimpoint Comp Mドットサイトを取り付けている。

 円形のハンドガード下部にはSurefire 660ウェポンライトを装着。


 拳銃はスタームルガーのP95を選んだ。

 SIG P226やUSPコンパクトは高価な拳銃で、一般人が持つには不自然だろうから。



 そんな事を考えていると、玄関の扉を強く叩く音がした。

 俺は早足で階段を降りて玄関前に向かう。

 サーシャが左手で扉を開けると、そこにはパーカー姿の少女がいた。


 俺は「なんだ? リリーか」と言いながら正面アイソセレスに構えた拳銃を下ろした。 


「何? 私はテロリストじゃないのに」


 そうこぼすリリーの声は明らかに不機嫌だった。

 俺は今日あったことを聞いた。


「リリー、護衛対象のジョン君はどう?」


「ただの悪ガキよ。バスの運転手にキャンディ投げてたし。でも、国際バカロレアコースを受けているから理数系は得意なんでしょう」



 アメリカの高校は単位制で、自分の取りたい授業を選ぶシステムだ。

 日本のようにホームルームはないから。クラス単位で授業を受ける訳じゃない。


「ジョン君に尾行する怪しい人とかいないの?」


「学校の門の近くに黒塗りの車が止まってた。東洋人が乗っていた気がするけど」


 サーシャはメモをとりながら話を聞いていた。


「彼がKGBに狙われているとは思えない」


「傭兵上がりのリリーの方がよっぽど特殊だよな」


「ジョージも人のこと言えないでしょう。モガディシュの生き残りなんだから」


「そのことは触れないでくれ」と俺は声をしぼって言った。


 ジョージの記憶をたどると、モガディシュの戦いで深いトラウマを負ったらしい。

 ハンヴィーやヘリに乗っていた戦友が死んだ事実が深く突き刺さる。

 



 サーシャはTVディナーを食べ進めるリリーに風呂を勧めていた。


「今日は2階の風呂に入ったら寝なさい。疲れたと思うから」


 リリーは常識を持ち合わせた子だ。

 少年兵上がりの傭兵のように、銃声や爆発をともなう騒動は起こさないだろう。

 いきなり靴箱を爆破するトラブルもないだろうし。

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