12 黒い森

 ドラクロワが身を置いているのは、アシュクロフト邸。アシュクロフトご当主の奥方が、彼のお姉様だとアリエッタは聞いている。

 だが、彼が邸の使用人に親切にされているのは、その血縁関係だけが理由ではないだろう。おそらく、キーラたちやアリエッタに対しても丁寧に接するような人柄の賜物だ。つい心が絆されてしまう。……見た目は、吸血鬼のようであろうとも。


 食堂に通され出されたパンプキンパイは、ドラクロワが自慢していただけあって絶品だった。そう、アリエッタまでご相伴に預かってしまった。それも、使用人用の部屋でなく、ご主人方用の食堂の端っこで。これも、子どもたちから目を離すのは不安だろう、とのドラクロワ伯爵のご厚意だ。

 ドラクロワ相手にあれだけ怯えていた子どもたちは、パンプキンパイですっかり懐柔されてしまった。無人屋敷を離れるまで怯えていたティミーまで、はにかむような笑顔を見せはじめている。お腹が膨れて不安も減ったのだろうか。良いことだが、あまりに簡単すぎて将来が不安にもなる。


「それで、伯爵はどうしてあそこにいらしたの?」


 食後のお茶が配られたところで、キーラは尋ねる。ちなみにアリエッタは、この頃にはさすがに席を立ち、使用人らしく壁際に控えていた。


「伯爵はやめてください」


 ドラクロワは、子ども相手だというのに恥じ入るように言った。故国での爵位は返上しているという。この国ではただの亡命者で、姉に頼っている居候に過ぎない、ただの異邦人でしかない、と自らを卑下していた。


「だから、そろそろ自立しようと思って。いつまでもご厄介になっていたら、義兄上に申し訳ないですから」


 まず住まいを探した。紹介され、候補に挙がったのが、あのゴシックな無人屋敷だ。今日は下見に訪れていたのだという。

 それが、キーラたちのいたずらと重なって。なんて運命的なツイてないのだろう、とアリエッタは思った。


「あんな、怖いところに住もうだなんて……」


 椅子の上で、ティミーが身体を震わせる。ゴシック建築の重々しさ、廃屋の古めかしさ、そして背後の暗い森は、如何にもな雰囲気を出していた。確かにわざわざあんなところに住もうとは、多くの人は思わないだろう。


「怖い……そうですね」


 ドラクロワは白いカップを持ち上げ、そのまま停止した。ヘーゼルの視線は何処かあらぬほうへ飛んでいる。


「確かに、あの黒い森は怖ろしくもあります。でも……それがまた、私の琴線に触れてしまったのです」

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Spooky, Spicy, Dreamy 森陰五十鈴 @morisuzu

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