第4話
先週の合同勉強会のおかげで、俺は赤点を免れた。そのささやかな祝勝会と称して、その日の俺たちは、いつもの帰り道から少しだけコースを外れ、公園に寄り道することにした。
燃えるような赤や、目に鮮やかな黄色に染まった木々が、公園全体を包み込んでいる。俺は自動販売機で買った温かいカフェオレの缶を片手に、誰もいないブランコに腰掛けた。キィ、と頼りない音を立てて、錆びた鎖が揺れる。
「……」
すぐそばの、車椅子に乗った光莉からの視線を感じる。カフェオレが欲しいわけじゃない。彼女が見ているのは、俺が座っている、このブランコだ。まるで、ショーウィンドウに飾られたおもちゃを欲しがる子供のような、羨望の眼差しだった。
「…乗ってみるか?」
自分でも驚くほど、自然に言葉が出ていた。
光莉は、ビクッと小さな肩を揺らすと、頬を朱に染めてこくりと頷いた。その仕草がなんだかたまらなくて、俺は飲みかけのカフェオレをベンチに置くと、彼女の前に屈みこんだ。
「しっかり、捕まってろよ」
慣れた手順で、その驚くほど軽い体を抱き上げる。ふわりと香るシャンプーの匂い。腕の中に感じる確かな温もりに、心臓がまたうるさく騒ぎ出すのを、俺は気づかないふりをした。
ゆっくりとブランコの座面に彼女を座らせる。光莉は、おずおずと両脇の鎖を握りしめた。俺は彼女の背後に回り、そっと、優しくその背中を押してやる。
ギィ……、ギィ……。
最初は小さかった振れ幅が、少しずつ大きくなっていく。
その時だった。さあっと風が吹き抜けて、周りの木々から無数の紅葉が、まるで祝福するかのように舞い散った。
「わっ……!」
光莉が、歓声とも悲鳴ともつかない声を上げる。風に煽られて、彼女の艶やかな黒髪がふわりと宙を舞う。振り向いた彼女の瞳は、これ以上ないくらいにキラキラと輝いていた。
散りゆく紅葉。
前後に揺れる、か細い少女。
その一瞬の光景は、あまりにも儚く、そして、どうしようもなく美しかった。
光莉が笑う。鈴が鳴るような、無邪気な声で。
その笑顔を見るたびに、胸の奥がきゅうっと締め付けられる。
ああ、神様。
いつか終わりが来るのなら、せめて、今この瞬間だけは。
彼女が笑うこの光景が、どうか、どうか、ずっと続けばいいのに。
俺は、ただそれだけを、散りゆく紅葉に願っていた。
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