第22話


 蓮が目を覚まし、部屋を見渡すと、部屋に入った時より暗く感じた。腕時計を見ると、もうすぐ午後六時だ、三時間ほど眠っていたようだ。ベッドから起き上がると、体の疲れは、ほとんど消えていた。部屋から出て、エステサロンの入り口へ向かった。入り口横にある、待合室のソファーに結愛と美咲がいた。ソファーの前に椅子を並べ、その上には化粧品の類が並べられていた。結愛はエステサロンに置いていた、パンフレットを見ながら、化粧品の性能を確認していた。結愛の顔色は悪くない、蓮はそれを見て安心した。蓮が声をかけると、二人は振り向いた。

「おはようございます、よく眠れましたか?」

「おかげさまでぐっすり寝れて、疲れは取れましたよ。それより、辺りが暗くなっているような気がするんですが……」

「そうなんだよ。美咲さんが言うには、鮫神が自然の摂理を再現しているって」

「今まで、光っていた照明も、本来の光ではありませんからね」

「けど、スマホの電気はピカピカだよ――ほら」

 結愛はスマホを取り出し、ライトを付けると、待合室が明るくなった。

「懐中電灯などの電池で動く照明を入手した方がよさそうですね」

「電気屋に行きますか? 目の前にある百円ショップでも手に入りそうですが」

「やっぱり電気屋のでしょ。百円ショップのは性能たいしたことないよ。地下三階の探索にも必要だろうし」

「今はまだうっすら灯りが付いてるけど、真っ暗になると、光を当てながらでも、この先の探索は危険だ。ここで一夜を明かし、地下三階の探索は明日のからにしよう」

「二人はあの百円ショップに行ったんだよね? 食べ物あった?」

「残念ながら……雑貨が中心で食品はありませんでした」

「そっかー、それじゃ、おもちゃ屋で晩御飯を調達しようか。電気屋にカセットコンロ売ってたよね。火を付けて、お湯沸かそうよ」

 三人はおもちゃ屋と電気屋で食品と調理器具や食器、照明器具を取り揃え、夕食を作り始めた。地下二階は午後七時を過ぎると真っ暗になった。

 中央に電池で光るランタンを置き、カップ麺にお湯を入れて食べた。

「地下三階だったら、美味しいお弁当がいっぱいあるんだろうなー」

「けど、冷えてますよ。電子レンジも使えませんし」

「そっかー。まあ、ここにはシャワー室もあるし、地下二階も悪くないね」

「冷たいシャワーですけどね」

 夕食を食べた後、結愛と美咲はシャワーを浴び、その間に蓮は、エステサロンの入り口にテーブルや椅子を重ね、バリケードを作った。これで寝ている間に鮫に襲われることはないだろう。

 蓮がスタッフルームに戻ると、結愛と美咲もシャワーから出てきていた。三人は明日の事を話し合った。

「すでにお話しましたが、儀式が始まってから三十三時間たつと、中にいる人は全員死にます。儀式が始まったのが、今日の朝十時ですから、明日の午後七時がタイムリミットです」

「けどさ、それじゃあ、美咲さんのお兄さんも死んじゃうんじゃないの?」

「兄の部下が全ての鮫の玉を持っている予定でしたから……兄の計画では、九人の部下が鮫を使って、地下の人を全て殺した後、部下から玉を回収し、再び鮫神と契約する……一時間もかからずに、この儀式を完了するつもりだったのではないでしょうか」

「拓也と美咲さんが玉を奪ったために、計画が狂ったわけですね」

「それに、小さい鮫の存在も兄の計画外だったはずです。私が渡した拓也さんの儀式の研究結果には、小さい鮫の記述はありませんでしたから」

「確か、渡辺さんが玉を拾ったのは、お兄さんの部下と思われる人が、小さい鮫に襲われて、玉を手放したからだ、と言ってましたね」

「鮫神は兄の予定調和の儀式が、気に喰わなかったのではないでしょうか。本来は鮫神との契約を結ぶに相応しい強い人間を見定めるる。そのために殺し合いの儀式を行わせているはずですから」

「鮫だから人の血を見るのが好きなのかな?」

「勝負に勝った者が契約を結ぶべきだと考えているのかもしれませんね」

「お兄さんは現在の状況を把握しているのでしょうか?」

「ある程度は把握しているでしょうね。ただ、この後、どう動くのかは全く分かりませんね。ただ、儀式が終わるまで地下水湖にいるのではないかと思います」

「なぜですか?」

「兄はこの儀式が始まるまで鮫神との契約者だったわけですから、鮫神と意思疎通ができます。この儀式が失敗に終わり、全員が死ぬことで、契約者がいなくなることが、鮫神にとって有益かどうか……兄は経営者としては優秀ですから、鮫神に自分と契約することのメリットを説いているかもしれません」

「それって勝確の状態で勝負してるってこと? 卑怯じゃない!」

「あくまで私の推測ですけど――」

「なんにしても、ギリギリまで地下水湖から動かないようだね。部下が玉を全て集めてやってくるかもしれないし」

「じゃあ、こっちから行くしかないね。明日の目標は地下三階から行ける地下水湖ね」

「私たちが持っている玉は五個。持ち主が分かっているのは、兄、田中さん、渡辺さん、この三人ですから、地下三階にいる兄の部下は、多くても二人ですね」

「田中さんが生きていれば一人くらいは倒していてもおかしくないけど――」

「そっか、明日中に玉を全て集めないといけないから、田中さんからも玉を取らないといけないんだね」

「彼が素直に渡すことはないでしょう……躊躇すればこちらが死にます」

「なんか、やだね……」

 この後、三人は長い沈黙を挟んで、明日に備えて早めに寝よう、ということになった。

 結愛は大那と時子が置かれた部屋で眠ろうとしたが、美咲が止めたため、二人は蓮が眠っていた部屋で眠ることにした。蓮は待合室で眠ることにした。鮫が近づてきたらすぐにわかるように玉を枕元に置いた。

 蓮はなかなか眠れなかった。仮眠をとった影響もあるのだろうが明日への不安故だろう。結局地下二階では拓也と会うことが出来なかった。もう死んでいるのではないか、その予感がどんどん増していく。美咲が言っていたように拓也はこの儀式を止めようとしていた。儀式を止めるために地下水湖に向かったのかもしれない。しかし、その道中では鮫を使って人を殺している伊藤グループの人と出会っているはずだ。拓也はそれを見過ごして地下水湖に向かうような人ではない。地下二階では、拓也に助けられた、と言う人はいなかった。蓮は拓也の存在をここからは全く感じないことで、彼との過去の記憶が蘇って来た。そうしていると自然と眠りに落ちた。

 蓮が目を覚ましたのは朝七時前だった。照明はぼんやりと優しく光っていた。蓮はランタンの照明を付け、周囲を見渡したが、寝る前と変わりはなかった。結愛と美咲の気配はない、まだ寝ているのだろうか。蓮はトイレで顔を洗った後、待合所に戻ると、結愛と美咲の声が聞こえてきた。

「おはよー。夜の間になんかあった?」

「おはよう。なんにもなかったよ」

「おはようございます。地下一階も何事もなく夜を明かせていればいいですけど――」

 三人は朝食をとると、バリケードをどかし、外の様子を確認した。

 周囲の光景に変化はないようだった。鮫神が地形を変えていなくてよかった、と蓮は思った。

「湖に鮫が潜んでいる可能性がありますから、注意してください」

「ホホジロザメを湖に入れて、反応を見てみましょう。小型の鮫が相手なら、負けないでしょう」

 蓮がホホジロザメを玉から出し、湖に入れると、湖の中が騒がしくなった。案の定、小型の鮫が複数匹、忍んでいたようだ。姿こそ見えないが、湖に上がる激しい水しぶきが、ホホジロザメの猛攻を現している。鮫は別の鮫を攻撃する、美咲の言葉通り、ホホジロザメは蓮が指示しなくても、自発的に小さい鮫を襲い、倒している。湖が静かになると、蓮はホホジロザメを玉に戻した。

 三人はエスカレーターの前に立つと、そこから地下三階を覗き込んだ。地下二階と変わらず薄暗い。人の気配は感じず、玉も光ってはいない。慎重にエスカレータを下り、地下三階に到達した。

「儀式前のデパートと全然違うから、変な感じ――広くなってるんだよね? 狭い感じもするけど」

 結愛の矛盾するような発言もうなずける。通常、地下三階は見通しが広く、沢山の食品売り場を見ることができた。ところが、今、目の前にある光景は、壁と三つの通路だ。地下三階は、食品売り場の間に通路があるだけで、左右が壁に囲まれた狭い通路など、一つもなかったのはずだ。通路の先は、真っ暗で、どうなっているか分からない。

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