四章

第21話


 暗くなっているような気がする。田中は、死後数時間経過し、固くなった警備員の死体を調べた後、周りを見渡してそう思った。

 腕時計で時間を確認すると午後五時になっていた。

(停電でも明かりは点いてる。暗くなったのは電気が少なくったのか、それとも鮫神が夜だから暗くしているのか、分からねーな)

 田中は近くの警備員室に入った。中に人はおらず、テーブルが一つ、その周りに椅子が四つ、ロッカーと棚が置いてある、小さな部屋だった。警備員室は一階にもあり、ここは簡易的な場所として、使われているのだろう。棚に置かれている懐中電灯を手に取ると、田中は部屋を後にした。

 (地図に書かれているエリアのほとんどは到達できた、暗くなる前に全て把握しておきたいな)

 田中はまだ入っていない出口に足を進めた。どの通路も変わらない見た目で、迷いそうになったので田中は通路の壁に数字を書いて通路を識別しようとしたが、通路から抜けるた後、再び同じ通路に戻ると文字は消えていた。壁に傷を付けたり、物を置いたりしても痕跡は消え、見分けのつかない通路に戻る。鮫の玉をここに置いたら消えるのだろうか? 消えた時の事を思うと田中は試さなかった。

 通路を抜けた先は砂浜だった。真ん中に緑の小さい丘がある。まるで目玉焼きのような地形だ。空間は狭く、他の出口がすぐ見つかった。

 田中は出口に向かうと、丘に近づいたときに玉が光った。田中は身構えると、丘の裏側から小さい鮫が一匹現れた。鮫は田中に飛びかかってきたが、玉から出てきたイタチザメに喰われた。田中は念のために丘の裏を確認したが、他には何もなかった。

(このくらい分かりやすい地形ばかりなら楽なのに――)

 田中は地図に書き込みまた、出口から次の通路に――この通路を通る時が一番精神的に堪えた。通路を渡りきるまで何分かかるか分からない。狭く白い壁に挟まれた通路は人の精神を消耗させるのに絶大な効果を発揮していた。

 通路から出ると長椅子が目に入った。田中は体が崩れるように長椅子に座った。田中はかなり疲労していた。

(しばらくはあの通路に入りたくないな……)

 田中は椅子に座った体を後ろに回し、店を見た。店先に長椅子を置いていたのは鮮魚店だった。地下三階の店は午前十一時以降に開店するのがほとんどで、この店も商品が並んではいない。

(刺身があれば食いたかったな……)

 田中は落胆しながら店を見渡す。店の商品棚の上には大きなカジキマグロが飾られている。その奥の壁には、船に使わられる太い縄、そして二本の手銛がかけられている。田中は銛に興味を引かれ、手に取ってみた。

 銛の金属部分は錆びて茶色くなっていた。持ち手も傷が多数付いている、骨董品のようだ。先端は分かれておらず、返しが二つ。頑丈な作りで獲物を刺した後に外れないようだ。

(リーチはあるが突きにしか使えないし、刃の部分が少なすぎる、小回りもきかない。これなら包丁の方がまだましだな)

 田中は銛を戻すと、店の中を見て回ったが、干物以外に何も見つからなかった。田中は干物を堪能すると、気合を入れて通路に向かった。

 田中は通路の出口が数分で現れたのでホッとした。次は自然の地形のはずだ、地下三階では小さい鮫と自然地形の場所でしか出会っていない。鮫が出てくる可能性があるので気を付けなければ。田中は集中して先に進む。

 通路を抜けエリアの中に入ると、そこは崖の上だった。反対の崖との距離は二十メートルはある、人間がジャンプで渡れる距離じゃない。崖の高さは五十メートルはありそうだ、下を覗き込むと川が流れていた。左側を見ると、崖と崖との間に別の崖が立っていた。横幅、四十メートル以上、奥行きは十メートルほどで、奥に出口であろう、暗い空間が広がっている。そして、懐中電灯で照らすと、崖の中央で、男が椅子に座って、こちらを見ていた。椅子の周りには食料が置かれていた。

 男は遠めでも眼の下のクマがはっきりと見える、やつれた顔で、体がやせ細いせいか、着ている黒いスーツは少しサイズが大きい。距離が離れているため、田中の持つ玉はまだ光っていはいないが、あの男が玉を持っているのは、まず間違いないだろう。

 田中は即座に玉からイタチザメを出し、そのまま男へ向って飛ばした。男の手が光りだした、やはり玉を持っている。その玉から、鮫が出てきた。

 出てきた鮫の体長は三メートルほどで、体色は青、体は特徴が薄く、遠目ではマグロと見間違えるほどだが、尾びれはとても特徴的だった。

(こいつも知ってる……オナガザメだ)

 オナガザメの尾びれは体長と同じほどの大きさ、尾びれの上半分だけが長く伸びている。尾びれは懐中電灯の光を反射している、鋭く一直線に伸びる形は、刀のようだった。

(あれが武器か……だが、細い!あれなら、砕ける!)

 田中のイタチザメは渡辺のカナヅチザメを喰ったことで、尾びれが太く、丸くなった。ためしに店の壁にぶつけてみたが、壁は粉々に砕けた。オナガザメの尾びれも砕けると田中は確信していた。

 オナガザメは男の横から動かず、尾びれからピカピカと光を放ちながら、上向きの尾びれを、ゆっくりと横に倒し始めた。田中はその行動を、イタチザメを迎え撃つ準備だと思った。オナガザメの尾びれは回転を続け、真下まで到達した。尾びれは三メートル以上ある、本来は地面から三メートル浮かび上がらないといけないわけだが、そうすると天井までの距離が三メートル以上必要だ。つまり、鮫が動かず尾びれだけを回転させるには、地面から天井まで六メートル以上の高さが必要になる。本来のデパートの室内高では到底足らない。崖の間で下の空間が広いために真下に向けることができた。

 田中にはその行動の意図が、分からなかったが、イタチザメはオナガザメの目の前に、迫っており、攻撃を仕掛けた。イタチザメは突如、体を反転させた、尾びれのカナヅチでイタチザメの頭を殴る、たとえ、イタチザメの尾びれで防御されても、砕くことができると、田中は考えた。

 イタチザメの尾びれは勢いよく回転し、オナガザメに向かうが、オナガザメは微動だにしない。そして、イタチザメの尾びれはオナガザメの頭の上を通過した。

「なに!!」

 田中は驚いた。今まで素早く正確な攻撃をしていたイタチザメが、動かない相手への攻撃を外すわけがない。

 オナガザメに背を向けたイタチザメは、田中に向かって飛んだ。田中は目の前で行われていることが、一瞬理解できなかったが、イタチザメに命令しても、こちらに従わず、自分に向かって来ているのが分かると、危険な状態であることが理解できた。

 イタチザメは口を大きく開け、田中に喰いつこうとしたが、ギリギリのところで田中はかわした。口からは逃れたが、イタチザメの腹びれが右肩に当たり、田中は吹き飛ばされた。イタチザメは田中に向きを変え、再び接近してきた。

「玉に戻れ!」

 田中は願うように命じると、イタチザメの体は崩れ、光となって玉に戻った。命拾いした、この命令も無視されたら、イタチザメに殺されていただろう。田中は地面に倒れた状態で、椅子に座った男を見た。男は椅子に座ったままこちらを見ている。オナガザメは男の横から動いていなかった。

(余裕かましやがって! 見てろ、このままじゃ終わんねえぞ!)

 田中は痛む右肩をおさえながら、自分がこの場所に入って来た出入り口に向かい、この場を去った。

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