第20話



 美咲は時子の遺体を回収しながら横目で、湖に浮かぶ肉片を見た。男の体の大部分は湖に沈んで見えないが、そこで人が死んだことがハッキリとわかるほど肉片が浮かんでいた。

 彼の名前は……そう、山本だった。何度か会ったことがある。

 私は会社の業務には直接関わらず、家の事や父の私用などを任せられることが多かった。必然的に出会う顔は父の代から勤めている年配の人が多く、若い人と会うことは珍しかった。彼は割と愛想よく、私の用事を快く手伝ってくれていた。

 彼は私に火を付けられたことをどう思っただろうか……彼は兄の為に、会社の為にと、今回の儀式に参加したはずだ。もちろん詳細は伏せられていただろう、目の前で起こっていることを現実だと受け止めきれず、こんな事をしていたのだろうか。

 美咲は時子の遺体を詰めた袋のファスナーを閉じながら、湖の岸に置かれたチェアを見つめた。山本はきっと誰かに助けてほしかったのだろう。地獄の中でさ迷い自分を助ける人を欲していた――私に勇気があれば彼を助けることが出来ただろうか? 結愛さんの友達を助けることを優先し、彼の命を顧みなかった、それがこの結果出ではないか?

 私の前で次々と人が死んでいく。これがお前の犯した罪だと見せつけるように、まるで拷問だ。

 結愛さんが鮫を使って山本を攻撃したとき、私は飛び出した。結愛さんに山本を殺させるわけにはいかない、私が代わりにやれなければと……蓮君だけにこの役割を押し付けていたのは私の甘えだろうか? 無力な私に何ができるのか――。

 私は結愛さんが人を殺して生き残るより、殺さず死ぬことを望んでいるのではないか――。

 美咲は時子の下半身をビニールシートで包みながら自問自答していた。

 

 美咲は袋を運び、蓮がビニールシートを抱え、エステサロンに戻った。時子の遺体は、店の奥の倉庫に運ばれた。横に大那の遺体も運んだ。三人は手を合わせ、二人の冥福を祈った。

「蓮君、疲れたでしょうから、隣のスタッフルームで休んでください」

 結愛を一人残して、蓮と美咲が部屋から出ると、美咲が声をかけてきた。確かに、ノコギリザメに攻撃され、体はとても疲労していた。

「小さい鮫程度なら、これで追い払えますから」

 美咲は水鉄砲を見せてそう言った。結愛はまだしばらく、倉庫で静かな二人と一緒にいるだろう。

「そうですね、少し疲れました。奥で休ませてもらいます」

 蓮は奥の部屋で予備のマッサージベッドを床に敷き、横になった。緊張の糸が切れたからか、疲れがどっと押し寄せてきて、瞼が自然と閉じた。


 田中はケーキ屋のレジカウンターでデパートの地図に自分が通った道を書き込んだ。腕時計で時間を確認すると、午後三時だった。地下三階に降りてから二時間ほど過ぎたが、いまだに地下三階の全容を掴めずにいた。元のデパートの店などのエリアの間に異空間があり、その異空間には出口が二つから四つまで確認している。その出口がどこかのエリアに繋がっている、そういった構造だった。田中は元のデパートエリアと異空間のつながりを一つづつ確認し、地図に書き込んでいた。 

(異空間からの出口の先は固定だ……この仕組みを利用すれば、相手から逃げて、背後に回り込めるかもな)

 ケーキ屋に置かれているポットの水を飲むと、また、異空間に向かって歩き出した。次の異空間の地面は砂利で、田中より大きい岩が十個ほど配置されていた。端まで三十メートルほどだろうか、田中は地形の特徴を地図に書き込み、出口の数を確認した。入ってきた出口を入れて、三つの出口があった。どの出口から出るか、田中が考えていると、玉が光った。

 出口の一つから女性が現れた、田中はその女性に見覚えがあった。デパートの地下一階で掴みかかってきた女だ。

「見つけたわ、貴方……一か月前に車で男性をひき逃げしたでしょ!」

 田中はめんどくさそうに女を見た。一月前、車の運転中に口に咥えていたタバコの灰が足に落ちた、それを払っていると、前に人がいるのに気付くのが遅れた、ブレーキを掛けたが間に合わず、男をひいた。車から出て男を見たが、頭から血を流し、もし死んだらやばい、と思って逃げた。車は仕事先の自動車整備工場で直した。田中の仕事先は、盗難車と思われる怪しい車も扱う会社だ。田中が無断で車の整備をしても、誰も咎めなかった。田中は従業員の中では要領が良く、無断欠勤する外国人労働者も多い中で、会社は田中を会社から失いたくはなかった。そうして、警察の捜査でも、ひき逃げの痕跡を修理した車の情報を、見つけることができなかった。

 田中はこんなことなら、車から降りずに走り去っておけばよかったと思った。

「警察に自首するつもりはないんでしょ?」

 女の声は威圧的だった。女はゆっくりこちらに近づいてくる、彼女が玉を持っているのだろう、だとしたら問答無用で攻撃すべきか――。

 田中は女が「見つけた」と言ったことが気になった。彼女は自分がここにいると知ったうえで探しに来た、だとしたら、教えたのは蓮の可能性がある。女一人、鮫で攻撃して倒すのは簡単だろう、だが、彼女の後ろに蓮が控えていたら――うかつに鮫を近づけたくはない。蓮のホホジロザメは自分の持っているイタチザメより大きい。そんな相手に奇襲をかけられたらひとたまりもない。

「……玉を持っているだろ、その玉はどうやって手に入れた? 人を殺して手に入れたんじゃないか?」

「あんたと一緒にしないで! 玉の持ち主が鮫に襲われて死んだのを手に入れたのよ。これで、大樹さんの仇を討つわ!」

 渡辺はポーチから玉を取り出した、光る玉から飛び出すように鮫が出てきた。田中は地図をポケットに戻しながら、鮫をよく観察した。

 (こいつなら、鮫オタクじゃなくても分かる……ハンマーヘッドだ。カナヅチザメってとこか)

 俗にハンマーヘッドシャークと呼ばれる鮫は、体色は真っ白で、その名の通り頭部が横に長くT字型になっている、目は両端の先端についていた。頭は丸みを帯びて太く、重量感を感じる、金属のような輝きを放っており、白い体色をより際立たせている。

 カナヅチザメは一直線に田中に向かって来た。田中は岩の後ろに隠れると身を屈めた。カナヅチザメは岩の上部を砕き、岩の後ろに回り込んできた。田中は落ちてくる岩を慌てて避けた。田中の隠れていたところに岩の上部がドスンと衝撃音を立て落下した。

(思った通り、あの頭が武器だな。まともにくらったらマズイな……)

 田中は岩から離れ、別の岩に向かった。カナヅチザメは追ってきたが、スピードは遅かった、固く太い頭は重く、早い動きはできなかった。

(この動きなら、逃げ切れるな――もっとも、逃げる必要なんてないけどな……)

 田中は再び、岩の後ろに隠れた。カナヅチザメは岩を砕きながら迫る。田中は岩の後ろから逃げ出し、また別の岩に向かっていた。

「いつまで逃げる気? 警察からは逃げきれても、私はどこまでも追っていくわよ!」

 遠くへ離れていく田中の背中に、渡辺は大声で叫んだ。カナヅチザメは田中を追っていく。渡辺は足場の砂利を足でならした。砂利の石は大きいものもあり、足場は不安定だ、こんなところで走り回れば、疲れていつか力尽きる。対する宙を浮かぶ鮫は疲れ知らずだ、動きが止まるまで追いかければいい。渡辺は田中が新たに隠れた岩を注視していた。

「おらよ!!」

 渡辺の後ろから男の声が聞こえると同時に、渡辺の左足に衝撃が走った。渡辺は前のめりに崩れ落ち、砂利にまみれた。気を失いそうになるほどの、足の痛みに耐えながら、後ろを振り向くと、田中が立っていた。田中は背後から渡辺の左足を力を込めて蹴ったのだ。

「鮫が近くにいなければ、テメーなんて簡単に殺せるんだよ!」

 頭を殴れば気絶させれる、首を絞めれば殺すことはできる、だが、田中の目的は鮫を食うことだ、玉の持ち主に死なれては困る。

 渡辺は、なぜ田中がここにいるのか、分からなかったが、鮫を呼び戻さなければならないと思った。渡辺は落とした玉を拾おうと手を伸ばしたが、田中に踏みつけられ、阻止された。

「戻ってきて!」

 渡辺はカナヅチザメに呼びかけた。カナヅチザメはそれに応えるようにこちらに体を向けた。

「ウスノロが背を見せたら、勝負にならねえ――」

 カナヅチザメの後ろの、岩の裏から田中が姿を現した、その田中は体が不気味に蠢き始めると、鮫に姿を変えた。真の姿を現したイタチザメは、素早く背後からカナヅチザメに喰いついた。カナヅチザメは頭を振ってなんとか頭のカナヅチを当てようとするも、背中に嚙みついているイタチザメには当てられない。そのままイタチザメはカナヅチザメの背中を食い破った。カナヅチザメは力尽き、砂利の上に落ちた。

「……大樹さん」

 それが渡辺の最後の言葉だった。田中は黒色に変わった渡辺の玉を手に取った。

「これで三つ目……あと何人残っているか――」

 田中はポケットから地図を取り出すと、崩れた岩を目印にして、出口の位置を書き留めると、出口に向かって歩き出した。

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