第19話


 うなだれていた結愛は大那の悲鳴で頭を上げた。血を流しながら湖に浮かぶ大那の姿が見えた、自分は彼女たちを助けに来たのだ、大那を助けられるのは自分しかいない、結愛は玉を握った。

 結愛の持つ玉から鮫、ラブカが出てきた。ラブカは男に近づくと、細い体で蛇のように巻き付いた。

「ぐぅ! くそ女が!」

 男はノコギリでラブカを攻撃しようとしたが、自分の体にぴったりとくっついており、ノコギリでは自分まで傷ついてしまう。男はラブカではなく、結愛に向かってノコギリを向けた。結愛を殺せばこの鮫が消える、ノコギリは回転を始めた、ブーンと音を立てながら結愛に近づいてくる。

「こっちに来ないで!」

 結愛はポーチから催涙スプレーを取り出すと、ノコギリザメに向かって投げつけた。回転するノコギリが、スプレーを引き裂き、中の粉末が大量に、ノコギリザメの頭にかかった。

 眼の中に大量の催涙スプレーの粉末を、浴びたノコギリザメは前後不覚になり、頭を左右に振りながら、湖の上に移動していった。

「何をやってる! 女はそっちじゃない――うわっ!」

 ノコギリザメに向かって怒号を飛ばす男に液体がかかった。男は結愛の後ろに美咲が立っているのに気付いた。美咲は手に持った水鉄砲を男に向かって何度も撃った。顔にオイルをかけられて男は頭を振った。

「なんだ! お前! ふざけやがって!」

「結愛さん、鮫を戻してください」

 美咲は水鉄砲を捨て、花火に火を付けながら結愛に指示をした。結愛が鮫を戻すと、男が吠えながらこちらに向かって来た。美咲が花火を男に向かって投げると、花火の火花が男にかかったオイルに引火し、あっという間に男は火だるまになった。

「ぐああああ! あついいいいい!」

 男は火に悶えながら、湖に向かって走った。男は火を消すために湖に飛び込んだが、そこには頭を振っているノコギリザメがいた。

 男はノコギリザメの回転するノコギリに自から飛びこみ、男の体はバラバラになった。男の体は湖を真っ赤に染めて、底に沈んだ。

 持ち主が死んだノコギリザメは、体が崩れ光になり、玉に戻った。

「大那! 大那、大丈夫!」

 結愛は湖に浮かぶ大那の元に駆け寄った。美咲も大那を陸に上げるのを手伝った。大那を陸に上げると、蓮も結愛の元にたどり着いた。蓮は湖の岸に流れ着いた玉を見つけた。男の血で真っ赤に染まった湖から、光る玉を拾い上げると、玉には〔見〕の字が浮かんでいた。蓮は玉をポケットに入れ、大那の側でしゃがんで容態を確認した。

 大那はノコギリと棘で体が傷つき、出血をしていた。美咲は治療道具が入ったバッグを持ってくると、傷口を消毒し、包帯で巻いた。

「ここでは体が冷えます――そこのエステサロンに運びましょう」

 蓮は大那を背負うと、エステサロンに向かった。結愛は大那の背中に手を当てながら声をかけているが、大那からは小さな息しか返ってこない。

 蓮がエステサロンに入ると、入り口の正面に受付カウンター、右手には背もたれのない椅子が一列、奥にはソファーが置かれていた、待合室だ。左手にマッサージベッドが三つあった。蓮はそこに大那を下ろした。店の中を見ると、奥で数名の女性がうずくまり、脅えながらこちらを見ていた。蓮は念のため、店の中を確認することにした。美咲さんは脅える女性たちに、もう安全であることを説明した。結愛は近くにあったタオルを大那にかけ、大那の服を探し始めた。

 蓮が店の中を確認し終え、入り口に戻ると、大那の容態は悪化しているようだった。

「輸血しないと……難しいかもしれませんね――」

 美咲は悲しそうにつぶやいた。当然、輸血などできる状況ではない、大那の正確な血液型すら分からないのだ。

 蓮と美咲は話し合い、一旦、アフロの男と犬を連れたおばさんをここに連れてくることにした、食料が入ったバックもそこに置いてきている。

 エステサロンと湖を挟んで奥の場所には百円ショップがあった、蓮は同じチェーンの別の店を利用したことがあるが、食料品を取り扱っている印象は薄かった。地下二階では食料が依然として貴重だった。

 蓮はアフロの男とおばさんの元に戻ると、二人は蓮が一人で帰ってきたので顔を曇らせたが、結愛と美咲が無事で鮫を退治できたことを伝えると、喜んだ。蓮は誰かここに来なかったかと尋ねたが、二人は誰も来なかったと答えた。

 拓也、田中、渡辺の三人は地下三階にいるんだろうか。蓮は一向に拓也と合流できないことに不安が募った。蓮はバッグを担ぐと、二人を蓮れてエステサロンに向かった。

 エステサロンに着くと、蓮は美咲と話し合った。

「僕は一度、エスカレーターを上がって、地下一階の様子を見てきます。地下一階が安全そうなら、ここにいる皆さんを地下一階に移動させた方がいいと思います」

「そうですね、地下一階はファストフード店もあるから、食料にも困らないでしょうし。私も湖に入ったから、暖かい飲み物が飲みたくなりました」

「自販機が動けば、暖かい飲み物が手に入りますけど。後で試してみます」

「よろしくお願いします。鮫神から離れているので地下一階はここより、安全だとは思いますが、一応気を付けてくださいね」

 蓮は大那に寄り添う結愛を一目見て、店から出た。エステサロンの隣は眼鏡屋だ、その奥にエスカレーターがある。ノコギリザメとの戦いが始まった時、何人かの女性がエスカレーターを上り、地下一階へ向かって行った。その後、地下一階からは誰も下りては来ていない。

 蓮はエスカレーターの下に着くと、上を見上げた。人は見えず、声も聞こえない。慎重にエスカレーターを上ると、地下一階の様子は様変わりしていた。目の前のスタブや周囲の店の前にはテーブルやロッカーが横倒しで置かれ、バリケードが築かれていた。

「佐藤! 君もいたんだ! 怪我はない?」

 蓮が声の聞こえた方向を見ると、バリケードの隙間から千枝がこちらを見ていた。

「うん、結愛も無事だよ」

 蓮が答えると、バリケードの隙間が空き、大人の男性が出てきた。

「鮫がいつ来るか分からない、早く中に入りなさい」

「いえ、僕は大丈夫です。それより、下に人がいるのでここへ蓮れてきたいのですが、いいですか?」

「ああ、まだ余裕はあるが、下の状況はどうなっている?」

 蓮は地下一階を見渡したが、海水などは見当たらなかった。ここでは地形の変化は起こってないようだった。

「地形が変化して、海水が流れ込み川ができたりと、とても地下デパートとは思えないような状況です。それと、女性が一人、怪我をして出血しています。輸血など、治療することができますか?」

「そんなものはない、ここにいる者の中には、医療従事者もいなかった」

「……そうですか。下に降りるほど異変が起きるようです。地下一階が一番安全だと思うので、ここから動かないでくださいね」

 蓮はそれだけ言うとエスカレーターを下り、地下二階へ戻った。蓮はエステサロンで地下一階の状況を伝えた。その後、結愛、美咲、大那を残し、他の人達を地下一階へと送った。

「貴方のおかげで助かったわ。あの二人にも私がお礼を言っていたと伝えてね」

「足のケガさえなければ手伝ってやれたんだが……お前はまだ若いんだから、一人で無茶するなよ」

「ここにも鮫が来るかもしれませんから、お二人も気を付けて――」

 蓮はおばさんとアフロの男に別れ、地下二階へと戻った。

 地下二階のエスカレーターの近くに自動販売機があったので、蓮は小銭を入れてみたが、自動販売機は反応しなかった。デパート内の電化製品はどれも使えないようだ。

 蓮がエステサロンに戻ると、大那が目を覚ましていた。しかし、息は小さく、顔色は真っ白だった。

「……結愛……助けてくれてありがとう……結愛はやっぱり凄いね」

「そんなことない、私のせいで――」

「私たち……結愛を探さないと、いけなかったのに……怖くて……」

 大那は眼を閉じた、声は徐々に小さくなっていく。

「……結愛がいると……明るくなって……楽しくて……」

 結愛は黙って話を聞いていたが、目からは涙がこぼれていた。

「……最後に、結愛に会えてよかった――」

 それを最後に大那は口を開くことはなく、静かに眠った。

「うぅぅ……大那……」

 美咲はそっと結愛の背中をさすった。彼女の目にも涙が浮かんでいた。

「美咲さん、お願いがあるの。……湖のそばに時子の死体があるの。私には……拾えないから……」

「分かりました、私が運びます」

 時子は涙を拭いて立ち上がった。

「蓮君、時子さんは私が袋に詰めます。申し訳ないですが、遺体を運ぶのを手伝ってくれますか?」

「はい、袋はビニール製がいいでしょう。百円ショップで探しましょう。しかし、下半身は袋には入らないと思いますが……」

「ビニールシートで包みましょう。大きい物がなければ、テープで繋げましょう」

 二人は百円ショップで、大きなファスナー付の袋とレジャーシートを見つけた。袋の中に黒いビニール袋を入れ、ハサミで大きさを合わせ、テープで張り付けた、これで血が外に漏れない。それを二つ作った。遺体の匂い対策で、美咲は脱脂綿を鼻に詰め、作業マスクを付けた。ビニール手袋をつけ、美咲は袋とレジャーシートを持って湖に向かった。

 時子の死体は湖の側に、ノコギリでバラバラにされた状態で転がっていた。美咲は手早く死体を一つ一つ袋に入れていく。

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