二章

第7話


 蓮は眼鏡の男の体を漁った、この男が今起こってい異変の関係者なら何か情報を持っているかもしれない。スマホはロックがかかっていて使えない、手帳や財布などはなかった。結局持っていたのはスマホと目薬だけだった、どこかに手荷物を置いてきたのだろうか――。

「この人、何か知ってる風だったけど、他にも鮫を持ってる人がいるのかな?」

「だと思うよ、『俺たちの玉』って言ってたし」

 この男の話が事実なら、拓也はこの玉を彼等から奪って手に入れたことになる。拓也は彼等とどういった関係なのだろうか。

 仲間割れ――蓮の頭にそんな考えが浮かんだ。拓也が玉の重要性を知っていたのだからその可能性はとても高い。

 蓮がそんなことを考えていると非常階段から人が現れた。白衣のような白い上着を羽織った二十代の女性だ。蓮と側にいた結愛は警戒した、眼鏡の男の仲間の可能性もある。その疑いは確信を増した。蓮の玉が光りだしたのだ。現れた女は玉を持っているということだ。

「結愛は離れて」

「うん――気を付けて」

 蓮は結愛が後ろに下がっていくのを見て、玉からホホジロザメを出した。そのとき、蓮は違和感を感じた、何かが違う。今日、何度となく命を救ってくれたホホジロザメをじっくり見てみた。

「頭に角が生えてる……」

 ホホジロザメの頭に小さな角が生えていた。その角は海にすむ角を持つものとして代表的なイッカク(イッカクのは角ではなく牙)というよりサイの角のようだった。この変化はヤリザメを捕食したことによる影響だろう。角は少し透明で、オレンジ色に輝ているように見える。遠目で見れば琥珀のようだ。近づけば角は線が尖っていて、表面は手で触れれば血が出るのを確信できるほどギザギザしている。ホホジロザメの力でこの角を突き刺せば、死なない鮫はいないだろうと蓮は思った。

「進化だよ、進化! 他の鮫を倒してレベルアップしたから進化したんだよ!」

「進化というより変化っぽいけど、さっきの鮫の特徴を受け継いだみたい」

 興奮気味の結愛はホホジロザメに見とれている。蓮はホホジロザメから女に目線を戻した。女はホホジロザメに脅えていたが、こちらにゆっくりと歩いてくる。

「待ってください、私は人を襲ったりしません!」

 女は蓮に向けて左手を突き出し、手を振って弁明している。確かに表情は冷静で狂気にかられているようには見えない。

「佐藤蓮君ですね? 私は拓也さんに言われて君に会いに来ました」

「拓也さんに!」

 思いがけない名前に蓮は驚いた。蓮にとっては今、一番合いたい人だ。蓮がホホジロザメを玉に戻すと彼女はこちらに近づいてきた。

 年齢は二十台後半だと思うが顔が疲労で老けて見えるので年齢はもっと下かもしれない、髪は黒く肩まで伸ばしている。服装はグレーのシャツに服より濃いグレーのチノパン、上着は白衣と呼ばれるものだろうが場違いな感じがする、血が所々に付いている、彼女がここに至るまでに経験したことを物語っている。彼女は右手をチノパンのポケットにずっと入れている、怪我でもしたのだろうか。彼女は蓮の前で立ち止まると話し始めた。

「私は伊藤美咲イトウミク、美咲と呼んでください。私は拓也さんの研究を手伝っていました。今、拓也さんは地下二階にいます、一緒に行きましょう」

 簡潔に要点だけ言うと、美咲はこちらに有無を言わせぬ態度で行動を急かした。

「ちょっと待ってよ!」

 結愛が話に割り込んできた。

「地下二階は危険なんじゃないの? まずは地上に出て助けを呼んだほうがいいと思うけど」

 美咲は首を横に振った。

「地上には出られません――この儀式が終わるまでは」

「儀式?」

「ええ、ここで行われているのは『鮫神の儀式』です。それが終わるまでデパートの地下全体には結界が張られ出入りできません」

 真剣な顔で答える彼女に結愛は何も言えず黙った。頭の中に出られないという言葉だけが反響しているようでもあった。彼女はさらに続けていった。

「儀式が終わる条件は二つ。一つは十個の玉を全て揃えることです。もう一つは儀式の開始後三十三時間経過することです。ただし、時間経過の場合、地下にいる人間全員が生贄となり死にます」

 美咲のきっぱりとした宣言に蓮と結愛は黙って受け入れるしかなかった。三十三時間後に全員死ぬと言われても、実感がわくものではない。現在手元にある玉は二個、あと八個を先ほどのような戦いの末に手に入れることを考えると、とても前向きには受け取れないことだった。この問題を今は深く考えず、蓮は彼女の言葉を聞いてどうしても答えを知りたかった疑問を聞いた。

「拓也さんはこの儀式のことを知っていたんですか?」

「……ええ、私と拓也さんはこの儀式を止めようとしたんですが……結果的にはこんな事態になってしまいました――」

 美咲は伏し目がちに応えた、この場で詳しい事情を聴きたかったが拓也と合流するのが先決だと蓮は思った。

「拓也さんのところに案内してくれますか?」

「はい、私についてきてください」

 蓮は結愛に顔を向けた。表情は暗く、疲れていた。無理もないことだ、今この場にも複数の死体と血の匂いが漂っている。それに追い打ちをかけるように美咲からは絶望的な情報が伝えられた。

「結愛は地下一階で待っていて」

「えっ!! 私を置いていくの!」

 蓮の言葉に結愛は激しく動揺した。結愛は自分の命を蓮に預けていた、それなのにここで離れるなんて――。

「けど、地下二階は危険――なんですよね?」

 蓮は美咲に聞いた。地下一階の鮫はホホジロザメが全て倒して安全になったはずだ。地下二階以降に鮫がいるのなら、結愛はここにいたほうがいい。

「……こんなことは言いたくないですけど、安全な場所なんてありません。ここもいつ新たに鮫がくるか分かりません」

「じゃあ付いてく、いいでしょ! いいよね?」

 結愛は美咲と蓮の顔を交互に見ながら聞いた。蓮は結愛が一人でここに残るのがどれほど心細いのかよく分かった。蓮は美咲に目で答えを尋ねた。

「この方は蓮君のお友達ですか?」

「同級生です。偶然出会って……」

 美咲にはそう言いった意図がないだろうと思ったが、恋人なのかと聞かれたような気がして、蓮はそっけなく答えた。

「私は一緒に来てもらっても構いませんよ」

「良かった! 私は結愛、よろしくね美咲さん」

「では――貴女がこの玉を持っていた方がいいでしょう。手を出してください」

 美咲がポケットの中から右手を出すと、玉が握られていた。美咲は結愛の手に玉を乗せた。

「この玉を貴方に渡します」

 結愛の手の中で玉は光った。玉の中に〔疑〕の文字が一瞬現れて消えた。

「この玉からも鮫が出るんですよね。私が持っていてもいいんですか?」

「ええ――私には使えませんから。ただし、同時に鮫を出さないように気を付けてください。鮫同士で争い始めますから」

「僕が結愛と戦う気がなくてもですか?」

「ええ、鮫は他の鮫を倒し自分の力を高めるためにこの儀式に参加していますから。さあ、地下二階に急ぎましょう」

 美咲は踵を返し先ほど自分が出てきた非常階段に向かった。蓮と結愛はそれに続いた。

 非常階段の中はとても暗かった。美咲はペンライトを取り出し階段を照らした。蓮は昔キーホルダーの付いたペンライトを持っていたことを思い出した。財布につけていたが、使う機会がないまま高所から財布を落とし、ペンライトは壊れた。新しいペンライトを買っておけばよかった、と思った。

 ペンライトに照らされた非常階段は、暗闇の中に隠していた死体を見せつけてくる。死体は体の中心が服の模様のように赤くなっている。他に外傷は見られず、ヤリザメに貫かれたようだ。

 美咲は死体を踏まないように気を付けながら、地下二階へと階段を下り始めた。

「ねえ、本当に地上には出れないの?」

 結愛が美咲に問いかけた。もっともな疑問だ、結界が張られているといって普通の人は納得できない、蓮も確かめたいと思った。

「試してみますか? もしかしたら手落ちがあるかもしれませんし」

 美咲は素直に結愛の疑問に答えた。彼女の結愛を見る目には同情的なものが見て取れた。この場からすぐにでも逃がしてあげたい、との思いが彼女にあるのだろう。

 三人で非常階段を上がった。地上との間にある踊り場には死体が並んでいた。全員、腹か背を突かれて死んでいた。ヤリザメの持ち主は停電発生時にここにいて、地上に出ようとする人をヤリザメで殺していたのだ、と蓮は思った。

 地上には簡単に上がれた、目の前の扉が開けば外に出られ。蓮はドアノブを掴む、回そうとするがビクともしない、まるで固定されているようだ。蓮と結愛は扉を叩き、大声で外に知らせるが向こうからの反応はない。目の前の小さい扉一枚さえなければ――蓮はある考えが浮かんだ。

「二人とも、下に降りて」

 二人が階段の踊り場に降りたのを見ると蓮は扉の前に玉からホホジロザメを出した。蓮はホホジロザメに扉に体当たりさせようとした、しかしホホジロザメは微動だにしなかった。

「扉に体当たりしろ!」

 蓮は声に出して鮫に指示を出した、それでもホホジロザメは動かなかった。今まで従順に蓮の指示に従っていたホホジロザメが、我関せず、と蓮の指示を無視している。

「その鮫は鮫神の眷属です。 鮫神の作った結界を攻撃するのは主従関係の掟に反するのでしょう」

「……よくわかんないけど出られないのは間違いないみたいね」

 興味深げに見ている美咲とは対照的に結愛はがっかりしていた。蓮はホホジロザメを玉に戻すと地下二階に向かって階段を下り始めた。

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