第6話


 「離れて!」

 蓮は結愛を突き飛ばすように結愛の体を両手で押した。ヤリザメは体を一直線にし、蓮に向かって突進してきた。その姿はダーツのようだった。的になった蓮はホールに飛びこむように避けた。ヤリザメは勢いそのまま床に突き刺さった。その衝撃と音が人など簡単に殺せることを知らせている。ヤリザメが角を抜くと床には穴が開いていた。

 蓮は考えた、あの角に正面から貫かれるとホホジロザメでも体を貫かれるだろう。勝つには正面ではなく横から攻撃しなくてはいけない。その為にはヤリザメの動きを止めないければならない。

 ヤリザメが再び体を縮め、こちらを狙っていた。蓮はホールの端に移動し壁を背にヤリザメを待ち構えた。

「逃げろ! 逃げろ! 体力の続く限り逃げ回れ! ハハハハハ!」

 眼鏡の男はショーを見ている客のようだった。しかし、その笑顔は純粋なものとは程遠く狂気をはらんでいた。

 ヤリザメが突進してきた、先ほどより蓮との距離が短く回避はギリギリだった。ヤリザメは壁に突き刺さった。

「今だ! いけ!」

 蓮はホホジロザメに指示を出した。鮫がその指示に従順に応える姿は猟犬のようだった。鮫と鮫の戦いはさながら闘犬と言えるのかもしれない。

 壁に突き刺さり動きを止めたヤリザメにホホジロザメが食いつこうとした。すると、ヤリザメの体は崩れ、光の線となって飛んで行った。光は男の玉に吸い込まれるように入っていった。

「残念だったな、こいつは俺が自由自在に操れるんだよ」

 男の持つ玉からヤリザメが出てきた。それを見て蓮は初めから男がホホジロザメではなく蓮を狙ってきた理由が分かった。鮫は不利な状況ならすぐに玉に逃げることができる、それならば、鮫を操っている本人を倒すほうが簡単に戦いを終わらせられる。

「お前が逃げ続けるのを見るのも悪くないが――まだまだ餌がいっぱい残ってるからな、さっさと死ね!」

 ヤリザメは先ほどまでとは違い、胸びれを広げ体を一直線にしている。その状態で回転を始めた、回転の速度は徐々に上がり、ヤリザメの姿がハッキリと視認できないほどの回転速度になった。そして、回転しながらこちらに向かってきた。先ほどまでの風を切るような突進ではなくブーンと音を立てながら向かってくる。角がドリルのように回転している、少しかすっただけでも肉がえぐり取られるのは容易に想像がつく。

 蓮は必死に避けた、先ほどよりスピードは遅いが多少方向を調整できるようで、逃げる蓮を追いすがった、間一髪で蓮は避けたが、服が裂けた。ヤリザメは回転しながら店の壁を突き破り店内に入っていった。中からは人間の悲鳴が聞こえ、血しぶきが店の外まで飛んできた。

「おいおい、いいのか? お前が玉を渡さないから周りの人間が死んでいくぞ!」

 たとえあの男に玉を渡してもこの場の全ての人を殺すだろう、それは蓮だけではなく周りの人達も分かっていた。この惨劇を終わらせるには蓮が男に勝つしかなかった。

 ヤリザメが店から出てきて蓮に体を向けた。ヤリザメの角は血で真っ赤に染まっていた。蓮は苦悩していた、一番簡単なのはホホジロザメであの男を食うことだろう。しかし、それでは自分はあの男と同じではないか? あの男は明らかに狂気に捕らわれている。それは鮫で人を殺していった結果なのではないか? ホホジロザメがあの男を喰えば、自分も男のように狂気に染まってしまうのではないか。

 ヤリザメは体を一直線にして胸びれを広げた。ホホジロザメは僕の指示に従ってくれるが、僕の意思と関係なく動きもする。人を喰うとそれが今後、悪影響になるのではないか、蓮はヤリザメよりホホジロザメのことが怖かった。それは過去に見た映画の影響か、それとも体の大きさや口の凶悪さからか。ヤリザメが体を回転しだした。それを見ても蓮は恐怖をあまり感じなかった。蓮は腹をくくりホールの中央に立った。横にホホジロザメを従えて。回転の風圧で周囲に散らばる建物の残骸を吹き飛ばしながらヤリザメがこちらに向かってきた。

「蓮! 死んじゃ嫌!」

 結愛の声が微かに聞こえた。笑い声も聞こえる、あの男の声だろうがどこから聞こえてくるかすら判断できないほど、ヤリザメの回転音で耳が支配されいる。眼前にヤリザメが迫ってくるが蓮はそれは怖くなかった、怖かったのはやはりホホジロザメだった。こいつは手加減してくれるだろうか――。

 (今だ!)

 蓮が心で念じるとホホジロザメは体を反転させ尾びれで蓮を叩いた。強烈な一撃で蓮の体は吹き飛ばされ、ヤリザメの突撃は空を切った。ホールの端の壁まで吹き飛ばされた蓮は目がかすみながらも体を起こした。目線の先にはホールの壁の前で回転を止めたヤリザメが見えた。

「行け!」

 蓮の声に答えてホホジロザメがヤリザメを襲った。ホホジロザメのスピードはヤリザメの突進に見劣りしないほど早く、ヤリザメが振り向く間はなかった。ホホジロザメがヤリザメの目前に迫ると、ヤリザメの体が崩れ光になった。

「何度やっても無駄だ」

 光は男の玉に向かって飛んでいく。

「同じ手は通用しない!」

 その光を追いかけるようにホホジロザメが飛んでいく。男は自分に向かってくるホホジロザメを見て初めて恐怖した。

 (早く、戻ってこい!)

 男は心の中で必死に叫んだ。光が玉に戻るまで一、二秒ほどの時間だったが男にはとても長い時間に思えた。それでもホホジロザメが男にたどり着く前に戻ってきた、男はすぐに玉からヤリザメを出した。

「そこだ!」

 玉から出た直後で、臨戦態勢のとれていないヤリザメの首に、ホホジロザメが喰いついた。ヤリザメは首を振り何とか角を当てようとしたが無駄だった。ホホジロザメはヤリザメを口にくわえて壁に押し付けた、ズドンと巨大な鮫が壁にたたきつけられた衝撃音がホールに響いた。そして、ホホジロザメはヤリザメの首をかみちぎった。

 ヤリザメの頭と体は地面にドサリと落ちた。目は輝きを失い絶命したのが見て取れた。ホホジロザメは体に喰いつくとあっという間にヤリザメを喰いつくした。ヤリザメの頭と槍は砕け、風に飛ばされる砂のように消えていった。先ほどのように光となって玉に戻ることはなかった。

「やった!」

 蓮は痛む体をさすりながら体に元気が宿ってきたのを感じた。それは初めてのことではなかった。ホホジロザメが陸を這う鮫を食べた時も同じように力が湧いてきた。蓮は手持ちの鮫が別の鮫を喰うと持ち主に力が宿るのではないかと思った。目の前の男も別の鮫を喰い、そして溢れる力に酔っていたのではないかと。蓮に流れ込む力と高揚感がそう思わせた。

「凄いよ蓮! 勝っちゃったよ!」

 後ろで隠れていた結愛が蓮に駆け寄って来た。

「大丈夫? 骨折とかしてない?」

「たぶん……大丈夫だと思う」

 蓮は結愛の手を借りて立ち上がった。まだホホジロザメの尾びれで叩かれた、痛みは残っていた。

 バタンと音を立ててヤリザメを操っていた男が倒れた。その手から玉が転がり落ち、蓮に向かってきた。蓮はそれを拾い男に近づいた。蓮が男の顔を覗き込むと白目をむき、口を開け表情は硬直していた。顔から血の気が引いてさっきまでの興奮してい面影はない。蓮は男の体に触れ揺さぶってみたが反応はない。体は硬直し、マネキンのようだ。

「死んでるの?」

 後ろから様子をうかがっていた結愛が聞いてきた。

「うん、息はしてない、脈もない……」

「あの鮫が死んだのと関係があるの?」

「そうだと思う……」

 非常階段前のホールは先ほどまでの騒ぎが夢だったかのように静まり返っていた。ホホジロザメの体は崩れ、光となり、蓮の持つ玉に戻った。男の持っていた玉は蓮の持っているホホジロザメの玉と違って、黒く輝きを失っていた。

 蓮はホホジロザメが戻った玉を見ながら思った、この鮫が死ねば僕も死ぬのか――。

 地下一階からは鮫の気配が消え、地面を赤く染める血と、悪臭を放つ死体だけがデパートの異変を証明していた。


 床に倒れた白髪交じりの男の頭から血が流れだした。血は白い髪を赤く染めながら床に落ちた。

 地下二階中央ホールの光景は多くの肉片と血だまりによって地獄絵図のようだった。

 その中に倒れる白髪男の手から転がり落ちた玉を拾ったのは拓也だった。拓也は玉を拾うのに少し躊躇したが、放置するわけにもいかず結局は拾った。玉は光ることなく、青く透明なままであった。その玉を拓也は複雑な顔で見つめていた。

(俺には使えないか……)

 「おい、そいつがさっきの鮫を操っていたのか?」

 拓也に声をかけたのは先ほどまで白髪男の操る鮫に襲われていた男性だった。金髪に耳に金のリングピアスと金のネックレスに派手なシャツ、行儀のいい仕事にはついてはいないであろう風貌と態度の男だった。拓也が白髪男を襲うのがもう少し遅ければ彼は鮫の犠牲者の一人になっていただろう。

「ああ、だがもう大丈夫だ。この玉さえ奪ってしまえば……」

 拓也は蓮のことに思いをはせた。彼を巻き込んでしまったのはとても不本意なことだった。地下ではなく地上で彼に会えていればと自分の考えの甘さに葛藤していた。すぐにでも彼と合流できればいいが――自分にはやるべきことがある。

 拓也は辺りを見回しながらこれからのことを考えていた。鮫に襲われる人を助けたいが、自分にできることにも限界がある。

 すると、不意に脇腹がとても暑くなった。脇腹に手を持っていくと金属製の物に触れた、同時に痛みが体を襲ってきた。立っていることができず膝をついた。玉を落とし、手に温かい液体が触れた、そしてあの匂いが漂ってきた。鮫が人を喰っているときに漂ってきた匂いだ。拓也は脇腹に突き刺さった金属を引き抜いた。痛みと自分の肉を引き裂く嫌な感触、引き抜いたそれは彼の血で真っ赤に染まった折り畳みナイフだった。

「――この玉を使えばさっきの鮫が使えるんだろ」

 金髪男が拓也の落とした玉を拾った。その玉は光を放ち、中から鮫が出てきた。

「おお、凄え! これで俺の邪魔をする奴はいなくなるぞ!」

 痛みで朦朧とする意識の中で拓也が見たのは、彼に向かって開かれた鮫の大きな口だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る