第6話 トラウマと魔法少女
数分後、幸運にも怪獣に遭遇することなく、麗花ちゃんの家に到着した。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃねぇ…」
息切れを起こす。こんなおっさんを走らすんじゃない。
「…早く麗花ちゃんを避難させるぞ」
鍵が空いていたので、俺たちは普通に入った。
躊躇なく不法侵入をかました。
家へ入ると、ドタドタと麗花ちゃんが焦った表情で家を走り回っていた。「お母さん!」と大声で叫びながら、家捜しをしているみたいだった。
「どうしたの!?」
「あ、北条さん…。母が避難できていなかったので、私、見に来たんっす。避難が…で、でも!」
「落ち着いて。お母さんは?」
「母がどこにもいないんっす!」
お母さんが家にいない。
一人で避難したのだろうか。いやでもお母さんは寝たきりだって言っていたし、あり得ない。じゃあ近所の人が避難をしてくれた?
「それはあり得ません。だって家は鍵がかかってたんすよ!」
「そうなのか…。俺も一緒に探すよ」
そうして麗花ちゃんと一緒に家を探し回った。天井裏や床裏、蔵の中などを探してみた。しかしどこにもお母さんはいなかった。何の情報も落ちていなかった。
やっぱり避難したんじゃないか。お母さんのいた痕跡が無い。無さすぎる。
俺は半信半疑になりつつ、別の部屋を探していると、奥に押し入れを見つけた。たぶんそこにいないとは思ったが、一応覗いてみることにした。
すると、意外な物がそこにはあった。ゴクリと息をのむ。隣にいた妖精も同じだった。
「…これは」
「どういう意味ですか?」
「決まってるだろ」
「私の予想が当たりましたね。やっぱり、彼女はどこかおかしかったんです」
「おかしいって言うな…」
妖精と顔を見合わす。恐ろしいものを見たような、蒼白の表情。きっと俺も同じ顔をしているのだろう。
「北条さんー、どうでしたかー?」
麗花ちゃんがこちらに来る。
「どしたんっすか? そんな怖い顔して…」
俺の顔を見て、小首をかしげる麗花ちゃん。思わず俺が押し入れの方へ視線を移すと、彼女も視線を辿ってそこを見た。
中には、袋に入っていたオムツや介護食品が押し入れいっぱいに敷き詰められていた。
全て開封されていない、新品の状態で。
「…ねえ麗花ちゃん、もしかしてさ、もしかしてなんだけど、お母さんって本当に家にいるのかな?」
「へ、変なこと言うっすね…昨日も食事や排泄の介助が大変で」
「でも家の中に痕跡が一つも無いんだよ。むしろ無さすぎるくらいだ。介護ベッドや車イスとかも見当たらないよね」
「ち、違うっすよ。何を言ってるんすか、止めてくださいよ。いたんです、昨日も、そのまた昨日も、私がいつも通りお世話してたんっす!」
「じゃ、じゃあ…施設に預けてるとk」
「だから違うっていってるでしょ!!」
麗花ちゃんは声を荒げて、押し入れを力強く叩いた。
ドン!
するとその衝撃で、押し入れにある物がぐらぐらと揺れ動き、雪崩のように押し寄せてきた。巻き込まれないようになんとか避ける。誰も怪我はしていない。
だが
「…あ」
麗花ちゃんがぽつりと独りごちた。
崩れ落ちた物の中に、ほこりを被った小さな写真立てがあった。漆黒のリボンが巻かれた額縁には、一人の女性が収められていた。
にこりと笑顔を浮かべている、優しげな老齢の女性。
それはどうやら、遺影のようだった。
「あ。あぁ…。う、お、おうぇぇぇぇっ…!」
麗花ちゃんは畳の上に吐き崩れた。
びちゃびちゃと音を立てながら、涙と嘔咽だけが部屋中を静かに満たした。
「わ、私………ずっとお母さんを介護していて、本当だよ、休まずに、友達とも遊ばずに、ずっとしてたの。……でもね、あの時だけは…………違うの」
口調の変わった彼女が、震えた声で話し始めた。
「友達にカラオケに誘われて、久しぶりに誘われたから…嬉しくて…。いつも家で大変だったから、一日くらいなら遊びたくて…。行ったの。なら家の近くに魔獣が出て、急いで帰ったんだけど、も、もうお母さんは魔獣に。ぐちゃぐちゃに……うっ!」
「も、もういい、もういいから!」
それがトラウマになって、お母さんの幻を見ていたんだ。傷付いた心に蓋をして、現実を直視できずにいたんだ。
よく分かる。俺もその気持ちは。
「お母さん……ごめん……ごめんなさいっ」
もういない母親に謝りながら、畳の上でうなだれる彼女。
その姿が重なる。
「………」
『わ、私を魔法少女にしてください…!』
俺がスカウトした最後の魔法少女。
「………うぇっ…ぐすっ」
彼女の声が、脳を刺激する。
嵐のように過ぎ去る言葉の中で、自分でも正気かと疑うほど、思いもよらない単語を繋ぎ合わせていた。
「麗花ちゃん…」
そして言葉として口から出ていた。
「魔法少女になってくれ」
呟いたのは、あの時と同じ言葉だった。
「え?」
麗花ちゃんは、くしゃくしゃのまま顔を上げた。
「俺は魔法少女のスカウトマン。少女たちを魔法少女へと導き、大成させるのが俺の仕事だ」
「え、あ、な、何を言って…」
ちんぷんかんぷんといった表情をしていた。
「麗花ちゃんもきっと、最高の魔法少女になれる」
「まてーい!」
妖精が声を荒げながら、横から口を挟む。
「何を考えているんですか!? 何故この方を魔法少女に!? あり得ないでしょう!?」
「魔力の譲渡を手伝え、妖精」
「いやいや!無理ですよ! そもそもこの方では無理でしょう」
「どうして?」
「いや、精神も不安定ですし、どんくさそうで、そもそも少女じゃありません。ごりごりの成人女性ですよ!」
畳に座る麗花ちゃんを妖精は全力で指差した。
確かにそうだ。妖精の言う通り。
従来の魔法少女とは逸脱している。年齢も、適性も、魔力も。
というのに、彼女を魔法少女として選びたい。魔法少女にさせたがっている自分がいる。
たぶんこれは自分勝手で、利己的で、私情の挟んだ愚かな選択なのかもしれない。
でも、あの時の気持ちと同じなんだ。
あの時、
ようやく分かった。
「麗花ちゃん!」
「…は、はい!?」
麗花ちゃんの方を振り向くと、彼女は俺の勢いに驚いたのか、びくびくと怯えた様子を見せる。
俺は彼女の前に歩み出た。
「麗花ちゃんは…お母さんが魔獣に食われてしまったんだね。しかも君の落ち度で。そしてそれをずっとトラウマとして抱え込んでいるんだよね?」
「……は……………はい……」
彼女の声が一段と低くなる。今にも自死をするような気の落ちようだ。
「分かるよ。その辛さ」
でも
「ずっとそうしているつもりなのか? 現実から逃げて、見たくないものは見ず、じわじわと苦しんでいく日々をこれからも歩んでいくつもりか?」
「そっ…そ、それは…」
彼女たちを魔法少女にさせてやりたい。
きっと魔法には変える力があるから。
「それでも麗花ちゃんが選びとった人生なら、文句は言わない……。でもね、そこから抜け出して、トラウマに立ち向かいたいなら、勇気を持って戦っていくしかないんだよ!」
悩める子たちの、一助となりたい。
これまでも、これからも俺を突き動かすのは、それのみだ。
「それしかないんだよ…」
「………倒したい」
麗花ちゃんの方から、絞り出したような声が聞こえてくる。
「…倒してやりたい! 私も、この手で! 魔法少女になって、お母さんを殺した魔獣たちを!!」
「決まりだな」
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