第5話 サイレンと避難




 「…久しぶりに見たな」


 夢の話だ。最近は魔法少女という単語を聞く機会が増えたからだろうか。

 長らく見ていなかったんだがな。俺も気の弱い男だ。情けない。

  

 汗が染み越んだタオルを放る。朝飯を食べようとキッチンに行き、棚を漁る。すると賞味期限切れのカップ麺を見つけた。

 パッケージに描かれたキャラクターの絵がどこか昨日の妖精に似ていて、じっと見つめた。

  

 『…それは、でも…。も、もしかして、それが北条さんの辞めた理由ですか?』


 ああ。そうだよ。


 仕事の適性が無いと思ったから、辞めたんだ。もう耐えられなかったんだ。

 よくある退職理由だろ。


 カップ麺を置くと、机の上にあったメモ用紙に筆を走らせた。書き終えると俺は部屋を出て、妖精の元へ向かった。





*




 「え?」

 「だから言っただろ。ここに書いてある」


 間の抜けた顔を向ける妖精に、先ほど書いたメモ用紙を渡す。


 「ここに他のスカウトマンの連絡先が書いてある。俺から紹介を受けたと言やあ、お前の願いもすぐ叶うだろ」

 

 メモ用紙にはコネのある、スカウトマンの名前と連絡先がいくつか記してあった。みんな今も第一線で活躍している、その筋では有名人ばかりであった。


 「やったあ! これで私も魔法少女専属の妖精としてキャリアを夢見れるんですね!」

 「ああ」


 メモ用紙を持ちながら妖精は、天井まで飛び跳ねた。ここまで喜ばれると俺も少し嬉しい。


 「あ、でも…」

 

 急に口ごもる妖精。


 「遠慮するなよ」

 「…北条さんは? してくれないんですか?」

 「ん?」 

 「北条さんとはお仕事できないんですか?」

 

 意外な言葉が返ってきて、俺は目を見開いた。


 「…そんなに俺の好感度高いの?」


 うすら笑いを浮かべて言った。

 

 「ええ、まあ。なんでしょうね、波長が合うのかな」

 「ふっ…。気のせいだよ」

 「ですかね…」


 妖精が俺を慕ってくれてるとは意外だった。こいつの場合、仕事だけの好都合な存在だとばかり。他人を分かった気でいるのは俺の悪い癖だな。


 「まあだから他の奴に任せたよ。俺は魔法少女をスカウトしたりはしない。もう二度とな」

 「北条さん…」

 

 そう決めたんだ。あの時から。




 すると



 その時、鳴った。ウーウーと、サイレンの音が街中に鳴り響いた。



 近くに魔獣が現れた合図である。



 そのサイレンと同時に、『早急に逃げてください』という避難を促すアナウンスも聞こえてくる。それに従った住民が何人も通りすぎていく。


 「ま、魔獣が!」

 「みたいだな。向こうの公園に出た感じか」


 住民が逃げてきた地点から推測するに、たぶんそうだ。


 すると、逃げ惑う住民の中で、流れに逆らうように走る女が一人いた。

 麗花ちゃんのようだった。彼女は魔獣のいる方向に走っていった。危険だ。危険すぎる。


 「麗花ちゃん!」


 叫んだ。


 でも俺の声は届かない。そっちは危ないと注意をしたかったが、一心不乱に走り続る麗花ちゃんの後ろ姿をただ眺めるしかできなかった。


 「追いかけましょう!」


 妖精が言う。俺も賛成だ。


 すると走って追いかけている内、彼女の向かう先が自ずと分かってきた。

 

 「…確か、この近くは麗花ちゃんの自宅があった」

 「お家が? じゃあ忘れ物でも…」 

 「いや違う。お母さんがまだ避難できていないんじゃないか?」

 

 介護が必要な麗花ちゃんのお母さん。当然、一人で避難なんてできない。麗花ちゃんは家にいるお母さんを助けに行ったんだ。


 魔獣の破壊音が聞こえる。それはどんどん近付いてきていた。


 「…やべーですよ! 早く避難しないと」

 「ああ。麗花ちゃんとお母さんを連れ出してからな…。…はぁ」


 呼吸が荒くなり、肺が焼けるように苦しい。足が重く、思うように前へ進めない。


 麗花ちゃんの背中はますます小さくなり、手を伸ばしても届かないほど遠ざかっていく。


 くそっ。

 情けない。

 

 せめて、俺にも魔法が使えたらな──


 



 

 




 

 












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