第6話新しい友人たち

孤独な日々が続いていたクラリティだったが、少しずつ屋敷の外に目を向けるようになっていた。彼女の心の奥には「このまま黙っていては何も変わらない」という気持ちが芽生え始めていた。ガルフストリームとの冷たい夫婦生活に希望を見出すのは難しい。それならば、自分の生活を自分の手で築き上げるしかない、と。


そんなある日、使用人のメイド長がそっとクラリティに声をかけた。


「奥様、貴族夫人の集まりがございますが、いかがなさいますか?公爵夫人として出席なさることを皆様お待ちしております。」


その提案に、クラリティは少し迷った。社交界にはまだ婚約破棄の噂が残っているし、夫婦関係の冷たさを察した人々から好奇の目で見られるのは分かり切っていた。だが、何かを変えたいという思いが彼女の背中を押した。


「そうね……出席します。少しでも前向きに動き出さないと。」



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貴族夫人の集まり


集まりの場は、格式高い伯爵夫人の屋敷で開かれていた。屋敷の中には、豪奢なドレスを身にまとった夫人たちが集まり、優雅な笑みを浮かべながら談笑している。クラリティが到着すると、一瞬空気が変わったような気がした。ざわざわとした視線が彼女を追い、内心は不安に駆られたものの、外見は毅然として歩みを進めた。


「まあ、公爵夫人のクラリティ様ではございませんか。」


最初に声をかけてきたのは、侯爵家の令嬢エリシアの母親だった。エリシア自身はこの場にいなかったが、彼女の母親は皮肉めいた笑みを浮かべてクラリティを見つめていた。


「ようこそ。お一人でいらしたのですか?ご主人様はお忙しいのでしょうね。」


その言葉には棘が含まれていた。ガルフストリームが公務に忙しく、夫婦の関係が形式的だという噂がすでに広まっていることを暗に示しているのだ。しかし、クラリティは微笑みを崩さずに答えた。


「ええ、夫はいつも忙しくしているの。公爵の務めを全うする姿を誇りに思っています。」


その毅然とした態度に、相手はそれ以上何も言えなかった。だが、彼女が去った後も、他の夫人たちの間で小声で囁き合う声が聞こえた。



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意外な出会い


そんな中、一人の若い夫人がクラリティに話しかけてきた。彼女は中級貴族の娘で、名前はセリーナ・コートランドと言った。気さくで親しみやすい性格の彼女は、クラリティの噂に興味があるわけではなく、純粋に彼女に話しかけてきたようだった。


「クラリティ様、お話しできて嬉しいです。実はお会いしたいと思っていたんですよ。」


その意外な言葉に、クラリティは少し驚いた。


「私に会いたいと……?なぜですか?」


「噂なんてどうでもいいんです。お屋敷で働く友人から、あなたがとても優しくて、素晴らしい方だと聞いていたので。」


セリーナの言葉には裏表がなく、その素直さがクラリティの心を和らげた。彼女はセリーナに感謝を述べ、そこから二人は自然と会話を弾ませた。セリーナもまた、結婚生活に悩みを抱えていることを打ち明け、クラリティは初めて心を開ける友人を得た気がした。



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友人たちとの新たなつながり


セリーナを通じて、クラリティは他の貴族夫人たちとも少しずつ話をするようになった。中にはクラリティの境遇に共感を示し、励ましの言葉をくれる者もいた。彼女は「公爵夫人」という肩書きに臆することなく、同じ悩みを持つ女性たちと交流することで、新しい絆を築いていった。


また、セリーナはクラリティに刺繍や手芸を教えてくれたり、庭園でお茶をしながら日常の愚痴を言い合ったりする時間を提供してくれた。そんな日々の中で、クラリティは次第に孤独を感じる時間が減っていった。ガルフストリームとの関係に変化はなかったが、彼女は自分自身の居場所を見つけつつあった。



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噂を気にしない強さ


やがて、クラリティは周囲の噂を気にしなくなっていった。以前なら、リーヴェントンやエリシアの母親のような人物からの冷たい視線や皮肉に傷ついていたが、今は心を強く保つ術を身につけていた。


「私には私の友人たちがいる。それだけで十分よ。」


彼女は自分にそう言い聞かせ、新しい友人たちとの時間を楽しむことで、孤独な心を癒していった。形式的な結婚生活に満足しているわけではなかったが、自分自身の価値を見失わないことが最も大切だと気づいたのだ。



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未来への一歩


セリーナをはじめとする新しい友人たちは、クラリティにとって大きな支えとなった。そして、彼女自身もまた、彼女たちの支えになりたいと考えるようになった。


「私にはまだやれることがある。この関係を大切にしていきたい。」


そう決意したクラリティの心には、以前よりも少しだけ明るい光が差し込んでいた。ガルフストリームとの冷たい夫婦生活が変わるかどうかは分からない。だが、彼女は少なくとも、自分自身の力で未来を切り拓こうとしていた。それは、彼女が孤独を乗り越え、新しい自分を見つけるための第一歩だった。


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