第7話リーヴェントンの没落
クラリティがガルフストリーム公爵との形式的な結婚生活を受け入れ、自分なりの生活を築き始めて数カ月が経った。新しい友人たちとの交流が彼女の心を支え、以前よりも落ち着いた日々を送るようになっていた。しかし、そんな日常に突然、彼女の元婚約者であるリーヴェントン・グラシアに関する噂が舞い込んできた。
「グラシア家、大変なことになっているらしいわよ。」
ある日の夫人たちの集まりで、誰かがそう話し始めた。クラリティは思わず耳を傾けた。リーヴェントンの名を聞いても、以前ほど動揺することはなかったが、心の奥にわずかな不安と興味が湧いた。
「侯爵家の令嬢との結婚で地位を固めると思っていたけれど、どうやら新婦がとんでもない浪費家だったみたいで、財政がひどい状態らしいの。」
その話に別の夫人が続けた。
「ええ、それだけじゃなくて、彼自身も賭博に手を出しているとか。さらに、いくつかの商談で失敗して、取引相手から訴えられたそうよ。」
クラリティは静かに話を聞きながらも、胸の奥に複雑な感情が渦巻いていた。かつて彼に見捨てられたときの屈辱と悲しみが蘇る一方で、今やその彼が落ちぶれていく様子を目の当たりにしても、喜びを感じるわけではなかった。
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リーヴェントンとの再会
その数日後、クラリティは街で偶然リーヴェントンと再会することとなった。彼は以前の堂々とした姿とは打って変わり、疲れ切った表情をしていた。かつては気取った衣服をまとい、余裕たっぷりの態度で人々を見下していた彼だったが、その姿は見る影もなかった。
「クラリティ……」
リーヴェントンが彼女を見つけて声をかけてきたとき、彼女は冷静に振り返った。その瞳には、以前のような怯えや戸惑いはなく、ただ淡々とした落ち着きがあった。
「どうしましたか、リーヴェントン様。」
クラリティは静かにそう問いかけた。その言葉遣いは丁寧だったが、そこに情けや同情は感じられなかった。
「……君と話がしたい。」
彼の声には、かつての傲慢さがすっかり失われていた。クラリティは一瞬迷ったが、彼のあまりにも変わり果てた姿に興味を持ち、立ち話程度ならと承諾した。
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リーヴェントンの後悔
二人は近くのカフェで向かい合った。リーヴェントンはうつむきながら、重い口調で話し始めた。
「クラリティ……僕は君を捨てたことを後悔している。」
その言葉に、クラリティはわずかに眉を動かした。彼がこのように素直に謝罪するとは思っていなかった。しかし、彼女の中には複雑な感情が渦巻いていた。
「そうですか。でも、そのような言葉を今さら私に伝える意味があるのでしょうか。」
彼女の冷静な返答に、リーヴェントンは顔をしかめた。
「君は何も知らないんだ……。エリシアとの結婚は最悪だった。彼女は贅沢ばかりで、僕の資産を食い尽くした。僕の家族も彼女の浪費を止められなくて……今や家は破産寸前だ。」
彼の告白を聞いても、クラリティは動じなかった。かつて彼に捨てられた時、自分がどれほど傷ついたかを考えると、彼の状況に同情する気にはなれなかった。
「お気の毒ですね。でも、それはあなたが選んだ道です。」
その言葉には冷たさがあったが、クラリティの声は穏やかだった。リーヴェントンはさらに何かを言おうとしたが、彼女の毅然とした態度に気圧され、言葉を飲み込んだ。
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クラリティの心の変化
カフェを後にしたクラリティは、自分の心に驚いていた。以前ならリーヴェントンとの再会に動揺し、彼の後悔の言葉に心を乱されたかもしれない。しかし今は違った。彼の落ちぶれた姿を見ても、過去の復讐心や怒りが蘇ることはなかった。それどころか、彼女の心にはある種の安堵感すらあった。
「私はもう彼に振り回されることはない。私は私の人生を歩んでいるのだから。」
そう自分に言い聞かせると、心が少し軽くなった気がした。彼女は過去に縛られることなく、前を向いて生きていく決意を改めて固めた。
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新しい道へ
リーヴェントンの没落の噂はその後も社交界で広まり、彼の名声は完全に失墜した。しかし、クラリティはその噂に耳を貸すことなく、自分の生活に集中していった。新しい友人たちとの交流や、屋敷内での穏やかな日々を楽しむことが、彼女にとって何よりの幸せとなっていた。
ガルフストリームとの関係に大きな変化はなかったが、彼女はそれを嘆くこともなくなった。自分が作り上げた居場所が、彼女にとって十分に満足できるものとなっていたからだ。
「過去は過去。今を生きるのが私の選んだ道。」
彼女の瞳には、以前よりも確かな光が宿っていた。そして、その光は彼女の未来を切り拓く力となることを、彼女自身も少しずつ理解し始めていた。
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